そうすけ漫録

そうすけの一日の型録です。

プライムタイム

2009年02月25日 | は行

休養十分で目覚めたとき。


仕事が終わって明日が休日であるとおもったとき。


それから二時間。


いかに始動を早くできるか!?


昼寝をする

2008年12月13日 | は行

何かしようと思っても、何もすることがない。


何かをしようにも、気力がわかない。


それは、不安な自分から逃げようとしている。逃げるには体力がいる。


 


こういうときは、身体からのメッセージに従う。


太陽がふりそそぐ部屋で目を瞑る。


地球の引力が夢を誘う。


はっきり

2008年11月16日 | は行

はっきり言って


ボクは、行当たりばったりの男です。
あなたの不安は当然です。


だから、ボクはあなたを笑わしたい。
一つでも多く、あなたの笑顔をみたい。
それがボクの喜びだからです。


そうすけの走ったどぉ その18

2008年06月01日 | は行

6月1日(日)18:30~
通勤ジョギング。30分踏みました。目標に向って再スタートだ。

6月4日(水)19:00~
仕事帰りにU沼調整池にて、4km強30分走りました。
暮れ行く風景に自らが熔けるようだ。
こうもりが飛んでいる。蛙がないている。
頭の中の混乱も汗とともに流れる。
ありがたいです。

6月8日(土)8:00~
自宅からB沼公園を目指して走る。全くランニングにならない。足が前に出ない。住宅地を縫う様に庭木や花をみながらジョギングをする。B沼公園に到着(25分)。久しぶりだ。一周940m7分弱で3周しました。男子高校生たちが走っている。女子マネージャーが「さんぷんじゅうろくぅ」と声をかける。若さとは美しい。46歳の抵抗はあえぐのみ。美も同情も余地なし。
何とか6分を切るタイムで10周できる体になりたい。帰り道は全く足が進まない。(60分)歩いてしまう。燃料切れか?実力がおちたか?老いたか?近所のS公園にてクールダウンをしてかえる。

6月14日(土)
自宅からU沼調整池へ(13’46”53)走りました。
U沼は緑が美しい。
5周(11’29”59 - 10’32”87 - 10’08”43 - 10’08”50 - 8’29”38)走りました。
最後は気持ちよかった。
クールダウンをしながらホームセンターにて買い物をして歩いて帰った。きつかった。

6月21日(土)
自宅から職場まで自転車をとりに(26分)走りました。


不眠

2008年05月11日 | は行

眠れない人がいた。

眠れない人は心の支えを求めている。

不眠は怖くない。
不眠は人生でもっとも素晴しい経験にもなりえる。

そうなるかどうかは、その人が眠れないときをどう生きたかにかかっている。

すべての事物は、意識の内側で「意味」を獲得していく。

事物や世界が「存在する」とは、実はそれらが眠れない人の意識において意味を獲得していく。

眠れば夢がみられる。


変化

2008年04月12日 | は行

そうすけが死のことばかり考えているときは、「変化」を求めている。

今という5分前の自分を殺さなければ、次の今の自分になれない。

そうすけは生活をなめていた。

生きることがはずかしと思い込んでいた。そうすけは生活に復讐されたのです。

天才と狂人の間に天使が舞い降りるとき!

天使よ。踊っておくれ。


発想法

2008年02月24日 | は行

ダンボールから写本したレポート用紙がでてきた。その枚数はなんと19枚。余程に淋しかったようだ。

川喜田二郎「発想法」中公新書 ¥500
昭和42年6月26日初版
昭和61年9月10日58版

○何を問題にするかという主題をはっきりさせる。

○かならずグループ編成は小分けから大分けに進まなければならない。

天下平成になっても問題の焦点を合わすことができず、いやな感情から逃れるためにグループ編成ができない。


バターナイフ

2008年02月17日 | は行

ますます普通ではなくなってきていたのだ。時間にかまわずに呑み、これといったあてもなく歩き廻り、ようやく家に帰るために電車に乗るとラッシュにぶつかる。そしてネクタイを締めた黒い男たちに押さえつけられながら、なぜ俺はここにいるのかと情けなくなるのだ。もう苦しんではいなかった。あのひどい喪失感もなくなっていた。頭の中に感じるものは愚かしさだけだった。疾走する車両の群衆に埋もれる。とにかく滑稽でばかげたことであった。孤独の安らぎであった。

哀しみが朦朧とゆれている。冬の公園では老人が鳩に手を差し伸べている。梅が咲いた。老人は鳩の首根っこを掴みあげて紙袋に押し込むむ。紙袋は激しく揺れている。また一羽の鳩を紙袋に押し込む。さらに激しく紙袋はゆれる。老人はぼんやりと眺めていた。ぽっぽっぽはとぽっぽまめがほしいいかやらないぞこのままやいてくってやる。

それは風のため息。もうベンチにはだれもいない。
わかっているのだ。
私は野垂れ死にする。                                                                                            

どうしようもない陰険にくすぶる傲慢なるものは、突然に、すべての道理に反して肯定されためくるめくうちに歓喜させた。
いま、ここで、私は陶酔し、かつ泥酔する。
私はそれを叫ぶ。力一杯歌う。どうしようもない私の心の中で、草原を吹き抜ける風があった。
勝った!私は腕を突き上げる。

 

 


冬の公園

2008年02月03日 | は行

今日も職は見つらなかった。
高層住宅群が落陽に染まる。
どこかで、ホッとしているボクは冬の公園に佇んでいた。
からすが、カァ~と啼いた。
小学生の女子たちが、そんなのかんけいねぇ!そんなのかんけいねぇ!笑いながら走り去った。
夕べの灯りがところどころに燈り始める。
声にならぬ声で、ビンゴと言ってみた。
あの窓のむこうには老夫婦の夕餉がはじまっただろう。
無言で向かい合う二人には飯を喰う音がするだけだ。

夕暮れは、さびしい。

老夫婦が味噌汁をすすっている。
沈黙がやさしい。

夕暮れはさびしい。枯れ枝のケヤキが月を刺していた。 


春の月

2008年01月29日 | は行

今日も受け入れられることがない仕事を求めて
むなしい道を歩いていく

ちょっとコロッケを
誰もしらない賑やかな町のまんなかに
誰にも知られず薄くらい一角にある
肉屋に買いに行くように

世のむなしさがふつふつと込みあげてくる
今日も受け入れられることのない仕事を求めるふりをして 
むなしい道をコロッケを買いに歩いていく

腹はへっていないのだ
誰もしらない賑やかな町のまんなかに
誰にも知られず薄くらい一角のある獣が
出来立てコロッケをほほばる

ひしひしと
世のむなしさと
出来立てコロッケの湯気
にひたされる
今日も受け入れられることがない仕事を求めたコロッケはこんなにもむなしいコロッケだ

肉屋のおばあさんにも
吊り下げられたチキンも
売れ残りをミンチにしている眼鏡をかけた男も
それを買う若い女も
後ろに待っている学生の視線にも
一角獣がむなしく見えない

永遠に受け入れられることのない仕事を求めて
食べられることのないむなしい心にやどる
コロッケ
つかぬまの遭遇がはかない夢と映るむなしい
一角獣
あああぁぁ、、あるいていく

救いはあるだろうか



 


 

 

 


二十歳

2007年12月06日 | は行

昔の人は云った。

「十で神童 十五で天才 二十歳過ぎれば只の人」

ある父親が受験を控えた娘へのことば。

「そうやるしかないよな。まぁ勉強ができたとしても良い思いをするのも十代だけだからな。二十歳過ぎたら皆一緒だ」

「明日から二十歳だ」

眠れないで過ごした十代最後の夜。
世界を駆け回り、友だちをたくさん作りたいと願った。
夢、目標、愛。すべては手に入るものと思い込んでいた。

 

 


本能

2007年11月26日 | は行

本能から生まれる力が信頼できると他人との関わりへの苦手意識が消える。

鈴木秀子

本能から生まれる力を押さえ込まれてきた人間は他人との関わりが苦手である。
本能を抑圧することが生活の知恵となったものは、どうすれば本能を信じられるだろうか?