詞を書かせるもの
これらの詞は、すでに私のものではない。
何故ならばその一語一語は、読まれた途端にその持つ意味がすでに読み手の解釈する、解釈できる、解釈したいetc・・・・・・意味へととって変われるのだから。
「語」は、コミュニケーションの手段でありつつ、それ自体が人類の共通項でもなければ審判でもない。したがって、これらの詞はすでに私のものではない。
――といういいかたもできる。ところが同じ理由によって次のような言い方もできてしまう。
したがって、これらの詞は、ついに私一人のものでしかない・・・・・と。
はたまた、次のような言い方も。
したがって、これらの詞は、わたしのものでさえもない・・・・・。
言葉は、危険な玩具であり、あてにならない暗号だ。
その信憑性のなさへの疑心が私に詞を書かせ、
その信憑性のなさへの信心が私に詞を書かせ、
そうこうするうちに詞はやがて私を、己れ自身に対する信憑性の淵へと誘い込んでいく。
人を斬るための言葉はたやすい。己れを守るための言葉もたやすい。
黙っていても愛し合える自信がないから、もう少しだけ、私はまだ詞を書くつもりでいる。
私に言葉を教えてくれた父と母と、師たちへ。
中島みゆき
一九八六年十月
「中島みゆき全歌集」朝日新聞
〇 う~ん・・・深いですのぉ。なぜ、人類は言葉を創造したのか?