ヤンマ探索記

トンボの観察記録です。

タイトルはヤンマですが、トンボなら何でも撮ります。
勿論、ヤンマが優先です。

昭和40年代前半の鉄道写真(63・中央西線電化の記録②)

2015-11-28 | 昭和40年代の鉄道(中央線他)

名古屋・多治見間   電化前後の名古屋駅中央線ホーム

昭和40、41年の瑞浪電化前後の名古屋駅で撮影。

電化前の旅客列車は、名古屋、稲沢第一、中津川機関区いずれかのD51が牽引していた。
名古屋駅を出発する中央西線のD51は当たり前過ぎる存在で、フイルム代節約のため殆ど撮っていない。

半戦時型、カマボコ型ドームのD51- 898[中]牽引の下り長野行829ㇾ発車待ち

1966.3 名古屋駅

名古屋到着の普通DC、最後尾キハ25


先頭はキハ17

1965.11 名古屋駅

41年、名古屋・瑞浪間約50キロの複線化及び電化が完成した。
7月に営業運転を開始、名古屋・多治見間から蒸気機関車が姿を消し、旅客、貨物列車ともにEF60が牽引した。
この頃は1次量産車(3~14)の全車が稲沢第二機関区の配属であった。
一時期、一部の列車をEF58が牽引していたが、写真はない。

EF60-122牽引の下り普通列車入線風景 5次量産車(100~129)


EF60-123牽引の稲沢操車場発下り貨物列車が中線を通過する


列車は多治見で機関車付替えをしたが、電車は瑞浪まで直通した。主力は横須賀線からの70系で大垣電車区の配属。
地元マスコミは電車化の快適性を盛んに謳ったが、使い古された車両の投入であり違和感を禁じ得なかった。
勿論、所要時間は大幅に短縮。蒸気機関車時代は多治見まで1時間10分以上要したが、50分前後になった。

クハ76先頭の下り普通電車


後尾は関西から転属のクハ68形

1966.10 名古屋駅

クハ68形を先頭に入線

1967.10 名古屋駅


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