青い鳥を常に求めて

人生の理想を追求する姿勢で何事にも当たりたい。

何でも鑑定団

2005-11-13 12:53:00 | Weblog
久々にゆっくりとこの番組を見た。小諸哲哉の特製ヤマハのピャノに驚嘆。

気に入った。彼の名前と沖縄から次々と売れっ子を作り出すプロジューサーた゜と思っていた。

あのピアノで全国を回ったことは知らなかった。知っていたら、万難を排して聴きに言ったことだろう。

美術品については半分は分かると思う。実際手にしないと分からないものとに分かれるが

オモチャやコレクターものはトンと分からないが、面白い全国で人気の番組である。

あの中には夢が潜んでいるから面白いのだと思う。古い絵画、やきものなどはテレビ画面でも七割程度は判別するだろうか。

朝刊に外国人記者の日本の感想

2005-11-13 08:32:00 | Weblog
交通網、地下鉄、その他公共交通の正確さと便利さ。

町の市役所での日本語教育ボランティア。各記者の奥さんたちがここで日本語を上達させ人的交流を得ている。

一部のボランティアグループが国際交流協会と称する類の団体を組織している。

役所の職員は二、三人しか居ないのが殆どだが、それに纏わるボランティアのメンバーは相当数あるのを私の知る限りの市町村に存在する。

言葉だけではない、日本人との交流がここで最初持たれ、長く持続するのである。

関係者も、外国人も多く知る立場の私にはそれがよくわかるのである。

その逆もあって、お祭りに、外人さんたちにおみこしを担いでもらった。腰が入らずへっぴり腰で散々な苦労をした、ある町の国際交流課の職員から、相談をうけ、「われわれ団体の若者を連れて協力しよう」と話が成立した。

盛大に楽しいお祭りになる筈であった。三日もたたないうちに連絡がきて、前例のないことだから反対、許可しないと課長が言う。

係員は気の毒だがね馬鹿馬鹿しくなって、われわれも手を引いた。

役人の行動範囲はこんなものが多いのも事実だ。

話が、横道にそれたが、外国人記者たちの次の感想は騒音である。オートバイの騒音でベットから落ちた奥さん。町を歩くと呼び込み騒音は耐え切れない。

前記は暴走族。後は歌舞伎町などのことであろうか、地方からたまに上京して私が感じることと同じ東京感である。

朝の通勤ラッシュは地獄だ。歩く人の早さ。これも前の人を跳ね除け、前進するさまは戦争だ。

何か無駄なエネルギーがここで使い果たされないかと心配だ。

三番目に工事の多いことだ。道路工事の無駄は常にわれわれも感じる。水道、電気、ガスの地下の工事が別々に掘り返される無駄だと思う。

ビルの取り壊しと建設ラッシュ。これも東京の問題が主ではあるが、イギリスの記者の言う、日本の建物の耐久年数の短さを指摘していて、参考になった。

日中の気温は20度近くまで上がりそうだ

2005-11-13 08:10:00 | Weblog

霜が降りたような朝、6時台に起きたら、「昨夜遅かったのにお早いですね」と家内に言われた。

5時台に起きる彼女から見れば、私は不規則遅い面白い番組があれば、真夜中のテレビを楽しむ。

最近、面白いものが夜中に多い。

何時からか我が家は、朝一番に神棚にお神酒、お水、米と塩を毎日お供えして、参拝する。

朝炊いたご飯を仏前へ、自分たちの食事、と同じものをお供えして、お参りする。

頂き物、買ったもの、すべての食べ物は一度神前へ、次に仏前へ、そして自分たちが頂く

それほど古くからではない。私の会の役員の中に、まつりごとに詳しい人が居て、自然に教えられたことを実行している。

無宗教主義だった私は、全て自己流で行っていた。ある重大な決断に迫られたとき、何故か、滅多に人の意見に左右されない私が、素直に聞き、実行する。

その人との付き合いは5年程度である。最近である。その人は決して口にしないが、そこで働く人を救った話を聞くことが出来た。

夫が癌で数年にわたる闘病、子供二人が精神的に病んで、完全に追い詰められた婦人を日毎、夜毎励まし、最後には自宅へ引き取って親子の面倒をみたという美談を耳にした。

涙ながらに語る彼女の話に、もらい泣きした。

同時に納得した。ご主人に離婚話まで持ち出されても、面倒を見続けた人である。

女性でありながら、独特の細やかさと、男顔負けの大きさを備えた人物と私は見ていた。

そのほんの一部だけを聞いて、成る程、おもったとおりの人物と理解できた。

最近、稀な人物である。昔は沢山居たような気がする。政治家、実業家、そして巷に。このようなスケールの大きい人物が。

自分も含めて、何と、日本人は自己中心の小さい人間の増えたことに驚くのである。

これでは、子供たちの教育は出来ないと、実感した。