ピアノコンクール当日。
「あー‥クソッ」

河村亮は鏡を眺めながら、首にぶら下がった蝶ネクタイを不満気に弄んでいた。
「フツーのネクタイ頼んだのに‥どうしてもコレかよ‥。
今日のオレってばまた一段と麗しいっつのに、まさに玉にキズだな、こりゃ」

どうしても好きになれない蝶ネクタイを眺めながら、亮は溜息を吐いてふと上を向いた。
この胸をモヤモヤとさせている原因は、首元を締める滑稽なそれだけではなさそうだ。

亮はコツコツと靴先を鳴らしながら、その原因となる青田淳に思いを馳せる。
つーか‥淳の野郎‥一体何考えてやがんだろ。
気になんじゃねーかよ。マジで何かあったとか?

先日青田家に出向いた時の彼は、明らかにどこかおかしかった。
門の前で佇む彼が放つその異様な空気に、亮は気圧されてそれ以上は追及出来なかったのだ‥。

亮は磨かれた革靴に視線を落としながら、淳への対応を改めて考える。
結局コンクールの準備のせいでまともに話せてねーし‥
終わったら一回肚据えて話した方が良いな。静香もなんだかピリピリしてっし‥

そう結論づけて、亮は前を向いた。
自分の出番まであと少しだ。
ま、それはそれだ。

とりあえず、と

亮は髪をかき上げると、ニッと不敵な笑みを浮かべた。十本の指に力が漲る。
そして亮はその晴れの舞台へと、自信満々な表情を浮かべて向かって行った。

その指が鍵盤に触れると、世界は色を変える。
洪水のような音の中へ、彼は沈み込んで行く。

その鮮やかな音の波は、聴く者全てを魅了した。
聴衆が感嘆の息を吐く、その息遣いが聞こえる。

そんな雰囲気の中で、青田会長は誇らしげに胸を張り、亮のことを見つめていた。
まるで息子の活躍を見守る、父親のような表情で。

後方の席で、青田会長の姿を見つけた女性達が、ヒソヒソと話をしている。
「あの人、まさかZ社の‥」「来るかもって噂あったけど、本当だったんだ」
「あの人がこんな所に来るなんて‥」「知り合いでも出てるのかしら」

大企業の会長が、このようなコンクールに直接顔を出すことは珍しい。
亮直々の頼みだからこそ、会長はここへ出向いたようなものだった。

そしてそれに応えるように、亮は最後まで非の打ち所の無い演奏をした。
やがて曲が終わり、割れるような拍手が届く。
亮は胸に手を当てながら、聴衆に向かってぺこりと頭を下げた。


観客はスタンディングオベーションで、亮に熱い拍手を送る。
女性達からは「かわいい」と黄色い声も飛んだ。
そしてその中で一際嬉しそうな顔をしていたのは、青田会長だった。


亮はそんな会長の顔を見て、ニコッと笑った。まるで少年のように。
さながら親子のようなそんなやり取りは、亮がステージを下りてからも続く。

沢山のカメラが、亮と青田会長の周りを取り囲んだ。
次々と焚かれるフラッシュ。
その眩すぎる光の中で、彼らは本当の家族のように喜びを分かち合い、嬉しそうに微笑む‥。


その頃、会場の裏口で河村静香は一人煙草をふかしていた。
亮の演奏が終わってから、もう軽く数時間は経っている。
「あー‥終わったら早く来いっつの‥」

待ちくたびれた静香は、ぶつくさと文句を言いながら建物の中へ入るドアへと向かった。
「どんだけクソ長い挨拶だよ‥もう先にご飯行っちゃお。会長どこかなー」

そう独りごちながら歩く静香。
すると外にあるベンチに、一人の男子学生が座っているのに気がついた。

あれ?アイツも来てたの?
亮と同じピアノ科のナントカ‥

顔を覗き込もうとした静香だったが、それはかなわなかった。
なぜなら男子学生は肩を震わせ、ポスターに顔を埋めながらシクシクと泣いていたからだ。
おっつ‥

静香はそんな男子学生を眺めながら、自身の思うところを心の中で呟く。
あーあ、参加すら出来なかったんだから、
わざわざこんなトコまで来て泣かなくても‥。
「あぁボクチン悲劇の主人公!」っての?そんな自分に酔っちゃってさぁ

静香はポーチから口紅を取り出し、その形の良い唇に塗り始めた。
才能が無ければ、結局はああなるのよ

この世界に光と影があるならば、あの男子学生は間違いなく影だろう。
静香は自身の奥に沈めたその影を、唇に塗った赤いルージュで払拭した。
「マジ楽勝~」

光のステージから下りた亮の手には、沢山の花束やプレゼントで溢れていた。
その中から蝶ネクタイを見つけた亮は、廊下にあったゴミ箱にそれを捨てる。
「これはいらねー」

大荷物をガサガサいわせながら、亮は携帯を取り出し、表示される地図へと目を落とした。
「えーっと会長がメシおごってくれるっつーホテルの場所は‥と
静香のヤツ、この大荷物持ってくんねーし。一人でさっさと行っちまいやがって‥クソッ」

その不満気な口調とは裏腹に、廊下を歩く亮の足取りは軽い。
抱えた花束から、爽やかな良い香りがした。その香りを吸い込むと、なんとも晴れやかな気分になる。

「あの‥河村亮君?」

不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこに居た男は嬉しそうに亮に近付いた。
「俺、D高の‥。受賞おめでとう」「ああ!お前か」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど‥」「ん?」


男はそう切り出すと、「聞きたいこと」を口にし始めた。
彼らが何を話しているのかは、まだ明かされはしないが。

そして男の質問が全て終わると、亮はそれに対する答えを口に出す。
口元に笑みを浮かべ、どこか得意げな表情で。
「それはー‥」


そこに当たる光が強ければ強いほど、周りへの視界は絶たれ、そして同時に影が強くなる。
だから彼は踏み外してしまったのだ。
輝かしい未来へと続くその一本の道から足を滑らせ、周りを囲む深い溝の奥底へとーー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(23)ー強すぎる光ー でした。
順風満帆だった亮の未来が、だんだんと陰っていく感じがしますね‥。
なんとも不穏な雰囲気‥うう‥胃が痛くなりそう‥。
次回は<亮と静香>高校時代(24)ー陰への転落ー です。
☆ご注意☆
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「あー‥クソッ」

河村亮は鏡を眺めながら、首にぶら下がった蝶ネクタイを不満気に弄んでいた。
「フツーのネクタイ頼んだのに‥どうしてもコレかよ‥。
今日のオレってばまた一段と麗しいっつのに、まさに玉にキズだな、こりゃ」

どうしても好きになれない蝶ネクタイを眺めながら、亮は溜息を吐いてふと上を向いた。
この胸をモヤモヤとさせている原因は、首元を締める滑稽なそれだけではなさそうだ。

亮はコツコツと靴先を鳴らしながら、その原因となる青田淳に思いを馳せる。
つーか‥淳の野郎‥一体何考えてやがんだろ。
気になんじゃねーかよ。マジで何かあったとか?

先日青田家に出向いた時の彼は、明らかにどこかおかしかった。
門の前で佇む彼が放つその異様な空気に、亮は気圧されてそれ以上は追及出来なかったのだ‥。

亮は磨かれた革靴に視線を落としながら、淳への対応を改めて考える。
結局コンクールの準備のせいでまともに話せてねーし‥
終わったら一回肚据えて話した方が良いな。静香もなんだかピリピリしてっし‥

そう結論づけて、亮は前を向いた。
自分の出番まであと少しだ。
ま、それはそれだ。

とりあえず、と

亮は髪をかき上げると、ニッと不敵な笑みを浮かべた。十本の指に力が漲る。
そして亮はその晴れの舞台へと、自信満々な表情を浮かべて向かって行った。

その指が鍵盤に触れると、世界は色を変える。
洪水のような音の中へ、彼は沈み込んで行く。

その鮮やかな音の波は、聴く者全てを魅了した。
聴衆が感嘆の息を吐く、その息遣いが聞こえる。

そんな雰囲気の中で、青田会長は誇らしげに胸を張り、亮のことを見つめていた。
まるで息子の活躍を見守る、父親のような表情で。

後方の席で、青田会長の姿を見つけた女性達が、ヒソヒソと話をしている。
「あの人、まさかZ社の‥」「来るかもって噂あったけど、本当だったんだ」
「あの人がこんな所に来るなんて‥」「知り合いでも出てるのかしら」

大企業の会長が、このようなコンクールに直接顔を出すことは珍しい。
亮直々の頼みだからこそ、会長はここへ出向いたようなものだった。

そしてそれに応えるように、亮は最後まで非の打ち所の無い演奏をした。
やがて曲が終わり、割れるような拍手が届く。
亮は胸に手を当てながら、聴衆に向かってぺこりと頭を下げた。


観客はスタンディングオベーションで、亮に熱い拍手を送る。
女性達からは「かわいい」と黄色い声も飛んだ。
そしてその中で一際嬉しそうな顔をしていたのは、青田会長だった。


亮はそんな会長の顔を見て、ニコッと笑った。まるで少年のように。
さながら親子のようなそんなやり取りは、亮がステージを下りてからも続く。

沢山のカメラが、亮と青田会長の周りを取り囲んだ。
次々と焚かれるフラッシュ。
その眩すぎる光の中で、彼らは本当の家族のように喜びを分かち合い、嬉しそうに微笑む‥。


その頃、会場の裏口で河村静香は一人煙草をふかしていた。
亮の演奏が終わってから、もう軽く数時間は経っている。
「あー‥終わったら早く来いっつの‥」

待ちくたびれた静香は、ぶつくさと文句を言いながら建物の中へ入るドアへと向かった。
「どんだけクソ長い挨拶だよ‥もう先にご飯行っちゃお。会長どこかなー」

そう独りごちながら歩く静香。
すると外にあるベンチに、一人の男子学生が座っているのに気がついた。

あれ?アイツも来てたの?
亮と同じピアノ科のナントカ‥

顔を覗き込もうとした静香だったが、それはかなわなかった。
なぜなら男子学生は肩を震わせ、ポスターに顔を埋めながらシクシクと泣いていたからだ。
おっつ‥

静香はそんな男子学生を眺めながら、自身の思うところを心の中で呟く。
あーあ、参加すら出来なかったんだから、
わざわざこんなトコまで来て泣かなくても‥。
「あぁボクチン悲劇の主人公!」っての?そんな自分に酔っちゃってさぁ

静香はポーチから口紅を取り出し、その形の良い唇に塗り始めた。
才能が無ければ、結局はああなるのよ

この世界に光と影があるならば、あの男子学生は間違いなく影だろう。
静香は自身の奥に沈めたその影を、唇に塗った赤いルージュで払拭した。
「マジ楽勝~」

光のステージから下りた亮の手には、沢山の花束やプレゼントで溢れていた。
その中から蝶ネクタイを見つけた亮は、廊下にあったゴミ箱にそれを捨てる。
「これはいらねー」

大荷物をガサガサいわせながら、亮は携帯を取り出し、表示される地図へと目を落とした。
「えーっと会長がメシおごってくれるっつーホテルの場所は‥と
静香のヤツ、この大荷物持ってくんねーし。一人でさっさと行っちまいやがって‥クソッ」

その不満気な口調とは裏腹に、廊下を歩く亮の足取りは軽い。
抱えた花束から、爽やかな良い香りがした。その香りを吸い込むと、なんとも晴れやかな気分になる。

「あの‥河村亮君?」

不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこに居た男は嬉しそうに亮に近付いた。
「俺、D高の‥。受賞おめでとう」「ああ!お前か」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど‥」「ん?」


男はそう切り出すと、「聞きたいこと」を口にし始めた。
彼らが何を話しているのかは、まだ明かされはしないが。

そして男の質問が全て終わると、亮はそれに対する答えを口に出す。
口元に笑みを浮かべ、どこか得意げな表情で。
「それはー‥」


そこに当たる光が強ければ強いほど、周りへの視界は絶たれ、そして同時に影が強くなる。
だから彼は踏み外してしまったのだ。
輝かしい未来へと続くその一本の道から足を滑らせ、周りを囲む深い溝の奥底へとーー‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(23)ー強すぎる光ー でした。
順風満帆だった亮の未来が、だんだんと陰っていく感じがしますね‥。
なんとも不穏な雰囲気‥うう‥胃が痛くなりそう‥。
次回は<亮と静香>高校時代(24)ー陰への転落ー です。
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