



「受け入れ不可」の烙印が、彼女の傷跡の上に押され、抉られる傷口から、押し込めた孤独が溢れ出す。
”みんなあたしから、離れて行ってしまう”
”もう誰も残ってない”
「くくくっ‥」

机に突っ伏したままの静香は、おかしくなって笑い出した。
その様子を見ていた女は、”くるくるパー”のジェスチャーで彼女をバカにする。

瞳孔の絞られた静香の目が、女のことを鋭く見据えた。
「何よ、クソ女が」

「あたしはくるくるパーか?」

女はビクリと身を竦めた。
まるで猛獣が獲物を仕留める前に見せるような、その眼差しに射抜かれる。
「お前の頭引っ掴んで、一周回してやろうか?」

その威嚇に、警官が「止めなさい」と言葉を挟んだ。
しかし喧嘩は始まりそうにない。
静香の瞳の中に、目の前の女の姿は映っていないからだ。
「あたし‥言ったじゃんか」

「残ってるのはアンタだけって‥」

酔っ払って口にした、いつかのあの弱音。
けれど唯一の肉親である弟は、姉である自分の首に手を掛けた。
「なのにあんなことしたらダメじゃない‥」

オレはもうウンザリだ、と亮が言う。

突然発せられた謝罪に、張っていた虚勢がぐらりと揺れる。
「すまん」

「どこ行くのよ!」

何も言わず、去って行く亮。

全ての荷物を背負い、たった一人の姉を残して。
「なのにまたあたしを捨てようとして‥」

静香は思わず手で顔を覆った。
無数に付いた傷跡から、膿んだその傷口から、孤独と恐怖が溢れ出す。

気が付いたら叫んでいた。上ずった声を震わせながら。
「またあたしを!!!」

警官は彼女のたった一人の肉親に電話を掛けた。
お姉さんの身柄を、引き取って下さいと。
「あ〜ようやくちょっと酒が抜けたわ〜」


交番から出て来た静香を待っていたのは、突然の電話で呼び出された弟の亮だった。
亮は反省の色無くシャバの空気を吸う姉を、呆れた眼差しでじっと見ている。

思わず声を荒らげようとするが、
「この‥!」

「‥‥っ!」
「何よ、言いなさいよ」

亮は姉を指差した人差し指を手で掴み、何とか踏み止まった。
溜息を吐きながら、ただその場で目を閉じる。

「行くぞ‥」

亮と静香がこの場を立ち去ろうとしたその時、静香と揉めた女が捨て台詞を吐いた。
「すっ転んじまえ!そのコート一昨年流行った型だっつーの!」
「お前マジ‥!」「止めろ!」

亮は静香の手を取ると、女の方へ身を乗り出す静香を引っ張って歩き出す。
「行くぞ」

弟は姉に向かって背中越しに口を開いたが、その表情は窺えない。
「オレが示談で稼いだ金、お前の示談金で全部無くなっちまったよ。はは‥ったく‥」

「お前よぉ‥」

静香はこの後振り返り、ブチ切れるであろう弟の姿を想像した。
「頭おかしいだろ?!マジで死にてぇのか?!
んなクソみてーなことあるかよ!?おい!このビッチがっ‥!!」

聞き飽きた弟のいつもの説教。
この後静香は「うるさいなぁ」と顔を顰めながら口を尖らせ、亮はまだまだガミガミやるだろう。
普段通りの姉弟のやり取りを想像し、無意識に静香は頬を微かに緩ませる。

けれど。
「前にオレが話した件だけど‥心の整理はついたか?オレの考えとしては‥」

亮は怒らなかった。
冷静な口調で現実をなぞり、静香の元から去って行こうとしている。
姉の姿を、チラとも見ようともせずに。

膿んだ傷口から溢れ出す。
孤独が、恐怖が、悔しさが、焦燥が。
亮は強張る静香の表情に気付かない。
「いや、いい。行こう」


亮はそう言い終わると、無言で静香の前を歩いて行った。
一歩、また一歩と。

溢れ出したドロドロとした感情が、静香の身体をジワジワと蝕んだ。
”みんなあたしから、離れて行ってしまう”
”もう誰も残ってない”

不可の烙印が傷口を抉った。
その傷口から、止めどない孤独が溢れ出す‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼女の傷跡>でした。
静香の孤独が描かれた回でしたね。
暴れることで周囲を巻き込み、心配されることで生きてる意義を見出している、というか‥。(雪とは正反対ですね‥)
静香の望む生き方と現実があまりにも乖離していて、どうしようもないという印象を受けます。
どうにか折り合いの付け方を佐藤先輩あたりから学んで欲しいですが‥どうなるでしょうね。
次回は<面の皮10cm>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました


