30年前に戸隠の鏡池で収録した複数のビデオテープでBGVを制作しました。
六月の新緑、紅葉と朝霧の10月、冬の気配の11月、そして再び6月。
今朝エンコードして YouTube にアップロードしました。
最後の6月は実際は前年で、時系列はループしています。
カメラは鏡池で定番の位置ではなく独自に割り出したポイントです。
この映像は鏡池を素材にした、私の心象風景。
据えっぱなしのカメラが見つめた風景は、一瞬を捉える写真では絶対表現できない重みがあります。
私自身、カメラの横でこの風景を見続けてはいませんが、カメラは律儀でした。
今回は前作「遠い道」に続いて BGM を積極的な意味で使いました。
客観的に見て映像と音楽は時間軸があるという意味で実に相性が抜群です。
一度に全体が把握できない点も共通しています。
幸い YouTube にはオーディオライブラリがあって様々な曲があるので映像の中身を引き出す曲を選びました。
私に作曲の才能があればもちろんオリジナルの曲を作るんですが、残念ながら持ち合わせていません。
しかし逆に音楽家が映像表現の才能を持っているかと考えると恐らく少数派でしょう。
昨今のテレビは、いや、ネットの分野でも当然のように、安易に、 BGM を多用しています。
作り手は音がないと耐えられない、あるいは音がないことに対する恐怖心があるんでしょうか。
自身それに対して辟易していることと BGM を使うことは内部矛盾していますが。
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