夢地蔵

田舎の映像作家の備忘録

無間ループ

2024-04-30 10:46:58 | Weblog

今日も "線路端の猫戯子" からの抜粋です。

本心では長編の切り売りみたいなことはどなんだろうと思うんですが。

(私の YouTube チャンネルは収益化の基準を満たしていないので一銭も入りません。)

あの長編には公的私的両面で様々な要素をぎっしり詰め込んであります。

こうして重要な要素である中身の一部をお見せするという方法もいいじゃないですか。

今回のシーケンスのテーマは無間ループです。

構成内容は順番に

①善光寺白馬電鉄、通称善白(ぜんぱく)鉄道

②国鉄信越本線

③北陸新幹線

④長野電鉄屋代線

これらを客観的ではなく私的な視点、主観で捉えた社会風刺です。

工事中の新幹線高架の橋脚から善白の跡に今も残る裾花川の橋脚へオーバーラップしたのは強烈に皮肉ったつもりです。

大正の時代に鉄道を誘致した感覚と信越本線、新幹線を誘致した感覚、更にリニア新幹線を誘致した感覚。

無間ループです。

昨日はまた新潟の山奥へ。

最初に行ってすっかり気に入って何度か訪れた棚田は放棄されて一面の草でした。

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鉄道のクロスオーバー空間を短編にまとめた動画をアップ

2024-04-29 16:37:46 | Weblog

今回も長編「線路端の猫戯子」からの抜粋です。

メインワークステーションの Premiere Pro2.0 はあの長編作成で使った Canopus DV コーデックを認識しません。

そこをなんとか、とコーデックをダウンロードしたのですがやはり認識しませんでした。

ところが後日ファイルを読み込ませたら何の問題もなく認識するじゃありませんか。

原因は追究しません。読めればそれで良し。

長編から今回はこれを短編で書き出すことにしました。長野市稲田にある鉄道のクロスオーバー地点です。

1995年に撮った映像も使ってあります。

これが北陸新幹線、長野電鉄長野線、しなの鉄道北しなの線(JR飯山線と共用)のクロスオーバー空間です。

クロスオーバー地点に向かうしなの鉄道の正面車窓です。

長野電鉄長野線の車窓から。

高架を走る長野電鉄長野線の電車。

クロスオーバーに向かって来るJR飯山線の気道車。

正面車窓です。

飯山線の気動車が北長野駅に向かいます。

下から見上げる長野電鉄高架とその上に工事中の北陸新幹線高架。

車載カメラでクロスオーバー地点に向かいます。

見えてきました。新幹線の高架と下にしなの鉄道。

そこを左折します。

線路の横です。

昔乗った長野電鉄の乗務員室の映像をインサート。

長野電鉄は土手の上です。

線路脇に浅川が流れています。

字幕は「天井川」と続きます。

浅川上流に建造中の浅川ダムです。

このダムは田中知事が「脱ダム宣言」をして関係者の猛反発を受けた曰く付き。

その後2019年10月13日の台風19号による豪雨で千曲川が各地で氾濫、大きな被害が出ましたがこのダムは何の役にも立ちませんでした。

工事中の新幹線と下のしなの鉄道北しなの線(JR飯山線と共用)の線路を長野電鉄の電車から。

1995年の映像に当時天井川だった浅川の堤防が一瞬写っています。

我ながら面白い映像を撮ったものだと感心します。

アップロード完了。

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春爛漫の北信濃

2024-04-28 13:38:31 | Weblog

毎年写真を撮る自分だけのポイント。一面りんご畑の丘です。この上も広大なりんご畑。

振り向くと素晴らしい眺め。ウグイスの声が聞こえていました。

いいづなコネクトEAST 。廃校を活用してお店や事業所が入っています。各種イベントも。

南斜面の中腹、素晴らしい場所です。あの一帯は昔と比べて雰囲気が見違えるように明るくなりました。

そろそろワラビが出ているかと様子を見に行ってみました。町内ですが秘密の場所です。

信濃町へ湧き水を汲みに行く前に寄り道。右から新潟の妙高、真ん中は黒姫、左は飯綱。ほぼ南北に並んでいます。

広角いっぱいの17mmでも山が全部入りません。黒姫の左に見える残雪の山は高妻山。右奥は焼山でしょうか。

"飯綱山"は当地の表記、長野市方面では"飯縄山"と書きますが読みはどちらも「いいづなやま」です。

高妻山は戸隠連峰の北端で長野新潟県堺。

ちょっと山道を上るとこんな雄大な景色に出会えるというのは最高の贅沢ですよねえ。

今日は黄砂が薄くて眺めは最高でした。

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サブワークステーションに繋いだアンプ不調

2024-04-27 15:39:07 | Weblog

以前使っていた古いワークステーションが2台あります。

全く同じ機種ですが右がたまに使う方です。

このワークステーションは増設したHDDに長野電鉄木島線と屋代線関係で撮影したデータが全部入っています。

ここ何日か、この中から抜粋したシーケンスを書き出していますが、セットしてあるスピーカーから音が出ません。

Premiere 6.5 のタイムラインにはオーディオの波形が出ているし書き出したデータも正常なんですが。

音が出ない原因は外付けのオーディオアンプしかありません。

ずいぶん古いアンプです。

FUNCTION 切り替えスイッチの動きが変で切り替わらないことがあります。

各入力のRCAソケットに細いドライバーを突っ込んでハム音が出るか確認したら接触不良のようです。

特にプレーヤー(PHONO)にドライバーを入れると凄い音! アンプ自体は大丈夫です。

これの出番です。

FUCSTION スイッチは接点がむき出しみたいなので構わず隙間からスプレーしちゃいました。

切り替え操作もスムーズにできるようになって音も出ました。

これでしばらくは使えるでしょう。

長編作品からの抜き出しは元データがCanopusのコーデック。

それをMocrosoft DVで書き出さないとメインのワークステーションでは読めません。

サブマシンは古くてファンの音がうるさいので面倒臭いけど一旦書き出して後処理はメインマシンを使います。

メインマシンはファンが回っているのかと思う程静かでCPUもXEONなので快適です。

数日気になっていた音が出ない件が解決して良かった良かった。

 

黄砂で空が黄色い!

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新作「或る矛盾」をアップしました

2024-04-26 11:22:20 | Weblog

「線路端の猫戯子」から抜粋した動画を今朝アップしました。

ラストカットで仁王様が「あれ!」。


この短編は本編の一部で、

 リニア新幹線に絡む映画「大鹿村騒動記」のロケ地

 北陸新幹線全線開業

 JR飯山線に44年ぶりに復活した蒸気機関車

主にこの3項目で構成してあります。

私に言わせればリニア新幹線は無駄の象徴。

リニアは将来東京大阪間を1時間ちょっとで走るそうですがなぜそんなに急ぐんでしょう。

あれは超電動を利用して空中に浮いて走るために大量の電力が必要で、原発が不可欠という説があります。

北陸新幹線開業から9年、飯山市は経済的に「発展」したのでしょうか。

駅前には各種施設を誘致する予定だった空き地が目立ちます。

それらに対して2016年11月、飯山線に復活した蒸気機関車は信じられない程の人が見物に訪れ、乗客も満員。

その賑わいの脇で飯山駅の新幹線改札口は誰も居ませんでした。


この変な現象を皮肉たっぷりに構成しました。

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リニア新幹線と北陸新幹線とJR飯山線

2024-04-25 21:28:02 | Weblog

「線路端の猫戯子」の話の続きです。

あの作品に組み込んだ様々な要素の中からあれを短編で切り出そうと考えました。

他にも宝石のような項目がありますが、それは追々に考えるとして。

今回のシーケンスは大鹿村まで出掛けて撮影した映像と北陸新幹線が金沢まで開通した日の飯山駅。

続いて44年ぶりに飯山線に復活した蒸気機関車。

この3項目を皮肉を込めて構成したものです。このタイトルは今回の短編のために作成。

トップは2016年11月の大鹿村。原田芳雄さんの遺作「大鹿村騒動記」の舞台。2016年11月6日

映画のタイトルバックと同じ場所です。季節は映画と同じ秋。

「大鹿村騒動記」はリニアが村を通ることで騒動が起きる話です。

リニア新幹線に関係する工事が始まる頃を待って当時乗っていたレガシィB4で行きました。

ここは映画の中で使われた食堂。不定期に営業していたはずですがお休みでした。

村人が大勢エキストラで村歌舞伎を見物していた神社も訪れて撮影。

大鹿村は中央アルプスを抜けるトンネルが一部地上に出る場所です。

まあリニア新幹線は様々な問題を抱えて完成するかどうか、微妙です。

個人的には全く無用の長物と考えていますが。

なお、リニア新幹線に関しては飯田市の長野県駅予定地も撮影しました。

大鹿村の次の項目はJR飯山線飯山駅です。

新幹線飯山駅は工事中から撮影しました。

駅の完成を待って撮影した位置が工事中と全く同じだったのは偶然です。2015年3月14日

2015年3月14日は飯山駅で北陸新幹線開業記念行事が盛大に行われました。

この日はこれに先立って丘の上から下り新幹線E7を撮影。

続いて2016年11月19日。なんと44年ぶりに飯山線にSL復活!。大騒ぎでした。

予想は的中、新幹線のり場はご覧の通り、閑散としていました。

吹奏楽の演奏に送られて発車したSL。汽笛を鳴らして北に向かいました。

この後走るSLを見に来た車で混む国道を車で追い、栄村近くで先行して小さな川を渡る姿を撮影することができました。

先行きが怪しいし無駄なリニア新幹線と閑散とした北陸新幹線鋭飯山駅。それと対照的なSLを見に集まった多くの人々。

実に面白い現象じゃないですか。

編集は終わりましたが今日はここまでにしてアップするのは明日にしましょう。

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往復1000㌔走ってあれを撮影した加悦SL広場は

2024-04-24 13:27:03 | Weblog

平成24年5月13日、京都の「加悦SL広場」へ車で往復1000㌔の旅。

その前にも訪れて確か2度目でした。

目的はあそこに動態保存されていた4号機関車、古いSLの撮影です。

私が2001年から日常の風景の一部としてビデオカメラで撮り続けた長野電鉄木島線。

その中で木島線開業時に使われたSLが京都で保存されていると知りました。

知ったときはまだ愛好家の手で修復作業中。

修復が完成して展示されたと知り、小型ビデオカメラを持って日帰りの車旅。

そのとき撮った映像はイマイチで再びの長旅。

今度はそれなりに撮れてあの作品に組み込みました。

映像による長編叙事詩「線路端の猫戯子」。

2002年4月1日廃止された長野電鉄木島線と10年後に廃止された屋代線を骨格に様々な要素を組み込んだ作品です。

木島線は大正14年開業ですが、工事から4号機関車が使われ、翌年の電化まで走りました。

その後紆余曲折を経て加悦SL広場が安住の地、のはずでした。

それが2020年3月31日で閉園と知って唖然!。

作品の中に組み込んだそのシーケンスを見ると感無量です。

では書き出した静止画を紹介しましょう。このシーケンスの全カットです。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

ここから本編に戻ります。ロケ地は木島線赤岩駅の北、夜間瀬川沿いの線路です。雄の雉が線路を渡って行きました。

 

 

加悦SL広場で撮った4号機関車はインサートとしては生きたと思います。

このシーケンス部分を書き出してアップしました。

あの長編は知り得た情報を元に木島線と屋代線に関わる映像を各地で撮影、21世紀初頭の世相を立体的に校正しました。

骨格は廃止される鉄道路線で、それがテーマに見えますが鉄道は時系列で組み立てる材料に過ぎません。

木島線を追い始めてから23年。

自身は人並みの出来事があっただけですが、この間世界も日本も大きく変化しました。

でも決して人間は進歩はしていないとつくづく思います。

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唱歌「故郷(ふるさと)」の旧豊田村

2024-04-23 16:27:28 | Weblog

長野市の東、須坂市に生まれ育って40年、引っ越した先は旧牟礼村です。

あれから35年が経過しました。歳をとるはずですね。

引っ越した当時、田舎の風景が新鮮でランクル40、その後は三菱ジープJ53で手当たり次第に見て回りました。

その頃フィルムカメラで撮った写真のネガは今も保管しています。

その中でこれはアルバムに整理してあった物。1990年夏の終わり又は秋の始まり、或る日の飯山線替佐駅です。

花壇の赤い花は彼岸花でしょうか。

替佐駅の入り口。歩いている子犬は一歳の愛犬ポチ。

彼は兄弟5匹で段ボール箱に入れて捨てられていた中で一匹だけの生き残り。牛乳で育ててその後12年生きました。

今日の替佐駅です。

写真を撮り初めて間もなく上り列車が入ってきました。

発車。二両編成で後ろはおいこっとの車両です。

2005年から2006年にかけてこの駅のカットは四季折々に撮ってあります。

これは昔の上今井駅。撮影はデジカメで2005年11月12日 10:18

今の上今井駅を見てきましたがすっかり変わっていました。2024年4月23日 14:24

デジカメで撮った写真はその後も見つかっていまのところ714枚、その中から選んだ物が計163枚。

1990年代のフィルム時代とデジカメに移行した2005年。2006年の写真からベストアルバムを作って動画にしようなんて、酔狂ですよね。

でもその中には今は更地になった山の分校や味のある渋い旧街道、替佐駅の駅長さんも写っています。

陽気なお店の親父さんや山の田んぼ道で話した気さくなおばさんたちも。

山の上の蕎麦畑は満開の秋と雪景色をビデオで撮ってあります。

どれも今のように閉じていなかった明るく懐かしい時代が記録された貴重な記録です。

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越後の山あいは春爛漫

2024-04-22 16:39:01 | Weblog

ガソリン補給を兼ねて越後へ。

途中、いつものように国道を避けて脇道へ。

この風景を撮らない手はありません。

ガソリン価格は信州と¥10/ℓ 違いますから長い眼でみると大きいんです。

買い物の付き合いをしてから何度も訪れている山道を奥へ。

ここ数年何度も見てきた田んぼの風景ですが、ここも以前とは様子が違います。

何度も通った道を進むと崩れかかった小屋が。豪雪地ですからやがてこうなってしまいますが

なんとも言えない感覚です。いつかこれを絵の素材にしようと記録しました。

前にも通ったと思った道は今日が初めてでした。

谷に掛かった橋の上から見えたのはカモシカ。画面中央に居るでしょ。

拡大すると

彼はこの後急斜面を駆け上がって去りました。全景はこうです。

カモシカ自体は北信濃から越後の山では珍しくありませんが遭遇するのは運。

ふと見ると斜面一帯にあれが。

私の大好物コゴミ。シダの若芽ですがこれはもう伸び過ぎです。

春の山里の風景を堪能して帰路につきましたがここでも寄り道です。

ここは隣りの信濃町の北の端。去年の秋にも寄ってすっかり気に入った所です。

これも絵になりそう。

次は気になっていた同じ信濃町の閑貞桜の様子を見てきました。

事情があってこの古木は枯れ死寸前。専門家の手で治療、根元から伸びた幹が徐々に成長しました。

これは10年前の姿です。

あの幹は今

枝を伸ばして元気な姿になりました。

お見事!

なお、親から作ったクローンたちも皆元気に育っています。

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面白い写真が出てきました

2024-04-21 16:34:36 | Weblog

2005年から撮りつづけてきたデジカメ写真から写真構成の動画に使える物を探しています。

本題は中野市、旧豊田(とよた)村のJR飯山線沿いの街道筋の情景です。

一旦どのフォルダにあるか、全データを調べてみました。まだ数えていませんが一体何枚あるんでしょう。

データが含まれるフォルダを書き出しました。

秋と冬がメインですが他の季節もありました。

何処もそうですが2008年から2006年ですから今とは様子が違います。

これはデジカメで撮った物ですが更に前の時代、1990年代に撮ったフィルム写真も。

他に山の手で撮った写真も同じ位あります。

そちらは追々に樽本の写真同様全部集めてなんとかするとして、この過程で気にしていた写真が見つかりました。

地元三水地区の田んぼの間の道路脇にあったバス停です。撮影日は2006年11月1日。

通り掛って目に入った名前が面白くて思わずカメラを向けまたんです。

このバス停はずいぶん前に廃止になってしまいました。

でも付近に民家も無い所になんでバス停?

この写真は撮った記憶はありましたがどこに保存したか忘れていた物です。

私は根っからだらしない性格ですがよく保存しておいたものだと感心しました。

スマホだとそのうち飽きて削除しちゃうことになるんでしょうね。

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