☝升本の弁当☟ 孫の誕生日の日の六人の食事に。 幸い亀戸の「升本」の配達エリアに入っているので配達してもらった。
浅草橋 岩槻屋星野の「あられ」 関西では「おかき」だが この店のおかきは本物で何とも旨くて好きだ。
亀戸中央通り商店街の「松月」の山菜おこわとお赤飯
伊勢の赤福 頂きもの 名古屋出張時のお土産品
頂きもの やはり 別の日の名古屋出張時のお土産 カエルまんじゅう
同じく 名古屋出張時のお土産 天むすと味噌串カツ
日常の六人分の食材や飲料水、トイレットペーパーなど日用品全ての買い物は相方がネットショッピングで日夜奮闘してくれている。
生協、西友、楽天、ヨドバシカメラにアマゾンと各サイトにアクセスして毎日毎日キーボードを叩いている。
そして商品は全て配達されてくる。
そのキー先の品目の中に阿智胡地亭の酒のオーダーも入れてもらっている。
免許証をとっくに返還した身には アルコールの瓶は持ち帰るには重いので家まで配達してくれるのがネットショッピングのありがたさだ。
この二本の日本酒は誕生日のプレゼント
おいしい刺身を食べさせる店を総武線沿線の近場でネット検索していた相方が両国によさそうな店があったよと言う。 5月某日その店へ行って見た。
出る皿すべて旨かった。手練れの板さんが料理を造っているなと思った。年配の女性たちが接客していて 店内も広くて気持ちがいい。
テーブル席と掘りごたつ式の畳席が奥にある。我々はテーブル席に案内された。
盛り合わせの刺身皿には本当に大満足だった。
めひかりの天婦羅も旨かった。
焼きタケノコとマイタケの天婦羅にも満足した。
撮り忘れたがイワシのつみれ汁は絶品だった。
日を置かず勝どきに住む元居た会社時代からの友人Mさんを誘って再訪した。
回転すしチエーンの「スシロー」が新たな業態として居酒屋「杉玉」を始めたが、そのうちの一軒が両国にあるのを知って出かけた。
店は両国駅東口を出て横綱横丁を通ると5分の場所にある。
店名をメニュー名につけたポテサラの「杉玉」も当然オーダーした。開けると真ん中に卵の黄身が入っていた。
5時の開店と同時に予約なしで入店したが 客はカウンターの一人客から男女二人連れ、家族と次々入って来た。
どの料理も全て及第点が採れるレベルの店だったが、客あしらいは回転ずしチエーンのホール係マニュアルに沿っている
ような居酒屋らしからぬ雰囲気を感じたのが可笑しかった(笑)。
某日 図書館の帰り道 遠出せず 近くの「マニマニ」で昼食にした。
コロナ禍のあと同じ韓国系の店だがオーナーが変わったようで メニューが増えて 味も一段と上がった。
相方はこの店でも「石焼ビビンバ定食」
私はミニ冷麺 チジミのハーフに生マッコリ
調理人が変わって 以前より本場の味を感じる。
韓国食堂マニマニでランチ
図書館で予約本をピックアップして京葉道路のバス停で都営バスに乗り亀戸に出た。
目指すのは「カマル2号」だ。この店も日本人の舌に合わせた調理ではなく コックが暮らしていた現地のままの味付けの店だ。
店は3回目?だったがこの店のうま味やコクが好きだ。サイドオーダーの茄子のアチャールclickは2回目だが辛くてうまい。
click
240430亀戸のカマル2号店のインド料理は本物でまことにおいしかった。
歩行数 4322歩 歩行距離 2.6km
この日借りた本
店の日本酒のリストを見たら なんと「梅錦」があった。この酒は愛媛県新居浜市にある割烹「丹羽click」で初めて飲んで知った優れた日本酒だ。
click梅錦山川株式会社 (umenishiki.com)
神戸在住時は冷酒など蔵元からクール宅急便で取り寄せてよく飲んでいたが東京に引っ越してからは 縁遠くなっていた。
早速ぬる燗を頼んだ。やはり何とも言えない旨さに感動した。店の人に聞くとオーナーが四国の人だった。
帰ってから店のサイトを見たら
「香川(観音寺)生まれ、愛媛育ちの店主が自信を持って、お出しする讃岐うどんをメインとした、季節の食材を使った創作の和食料理をお出し致しております。
お酒は和食にマッチする日本酒・変わり焼酎・変わり梅酒などを豊富にご用意。」とあった。この店に来るといつでも「梅錦」が飲めるのだ。嬉しい。
〆はもちろんうどんだ。喉ごしがよく、コシが強くて噛めばもちっとする食感の麺に
味わい深いイリコの出汁とくれば 高松でよく食べたうどん専門店そのものの風味だった。
過去の高松のうどんのエントリー こちら
出されたどの料理も神経が行き届いていておいしく、客筋も若きから年配者まで多様だった。贔屓客が多い店だなと思った。
先代が亡くなったあと普通の蕎麦屋になってしまったと聞いていたが このところ後継者の息子さんの腕が上がったと口コミで読んだので
亀戸天神のフジを見に行った日に入店して見た。噂はその通りで旨いそばを食べることが出来た。
しかも店の日本酒のメニューの中に「真澄click」があって嬉しかった。昼に飲む蕎麦前の「真澄」は極楽だった。
亀戸天神を出た後は 亀戸駅に戻らず 同じ距離の錦糸町駅に向かい途中のオリナスで一休みして帰宅した。
亀戸天神は亀戸駅と錦糸町駅のほぼ中間にある。
歩行数 7063歩 歩行距離 4.3km
総武線の浅草橋駅で地下鉄浅草線に乗りかえて「東銀座駅」へ。最寄駅から乗り換え時間を入れて26分で着いた。
「町中華」ならぬ「町ロシアン」料理の店 ❝マトリ キッチン❞ は東銀座の古びたビルの2階にあった。
かしこまったレストランではなく この辺りのオフィスビルに勤める人たちが普段使いに使っている店だ。
ランチメニューの中から相方はピロシキとボルシチをオーダー
私はポークカツレツを。スープのボルシチはセットでついていた。カツはパリっと揚がっていて旨かった。
グラスワインの赤もおいしく飲んだ。
帰りは銀座をぶらぶらして和光堂の前を通り 山手線の有楽町駅まで歩いたが 土曜日もあったかも知れないが
外国人観光客も含め モノ凄い人出で往時の縁日もかくやと思わせた。
歩行数 5421歩 歩行距離 3.2㎞
4月の中旬のある日 図書館から足を伸ばして店が開く17時に店に着くように家を出た。
トワイライトの空の下を歩いて京葉道路にかかる中川新橋を渡って江東区に入った。
中川新橋の上からのショット。
ランチタイムには頼めない(忙しくないときは作りますよと、言ってはくれているが)サモサやマライティツカなどを楽しんだ。
カレーはマトンピアザ
カレーにジーラ(クミン)ライスをつけたがおいしかった。
サービスに出してくれた突き出しもおいしくてジントニックは2杯になった。
神田の「四川一貫」でいつも旨いと思って飲む紹興酒は市中の酒屋で見かけたことがないブランドだった。
先日この紹興酒はタカラの輸入しているブランドだと「四川一貫」の主人から教えてもらったので
ネットで検索したらすぐ見つけることが出来て 即ネットでオーダーした。
二日後に届いてまずはぬる燗で・・うまし。
そして翌日 ロックで・・うまし。その次の日 ストレートで・・うまし。(笑)
いい酒を知った。切らさないようになりそうだ。
神田小川町交差点近くの四川一貫でタンタンメン
神田小川町交差点近くの四川一貫でタンタンメン
現在の店の住所は神田美土代町になった中華「四川一貫」は先代の店主が台湾で修行して始めた店だ。
自分が昭和50年代の初めに店を知った時は、神田錦町の今は北千住に移った「東京電機大学」のすぐそばにあった。
昭和62年に東京から大阪淀屋橋の支社へ転勤になった時は 幹事に頼んで移転前の錦町の店で送別会をしてもらったものだ。
店が美土代町に移転してもうかなりになるが 移転しても神戸在住時代から上京するたびによく寄っていた店だ。
今回はひさしぶりに行ったが 昭和50年代の最初の頃と全く同じ風味のますますの旨さの向上で嬉しかった。
それにしてもほぼ50年間 同じ店の同じ「担々麵」を食べているので このブログに掲載している「食べる飲む」カテゴリーでも最多登場回数の店になっているだろう。
「からしそば」下さいと言ったら ああ錦町当時からのお客さんですね、と言われたのも嬉しかった。
この店では 残念ながら5,6年前に亡くなった先代とも よくお喋りしたものだ。
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2006年4月16日 初めて本ブログに登場した「四川一貫」のエントリー;
神田司町に「みますや」があります。日曜日はやっていませんが店の場所を教えるために案内して久しぶりに行ってみました。
今は本や雑誌で老舗の居酒屋と紹介されて有名店になったようです。
24,5年前には昼の定食と夜の一杯とで一日2回行ったりしていました。
最後に行ったのはもう4年ほど前(クリック)になります。
この店から50mほどの所に東京電機大学のすぐ近くにあった中華料理店の「四川一貫」が移転してきました。
この中華の店はやはりその頃、週に一回は通って、「坦々麺」を食べていました。親爺さんが台湾で2年ほど住込み修行したとかで、
この「坦々麺」のうまさを日本の他の店で超える所はまだ知りません。大阪へ転勤の時に幹事から希望を聞かれたので、この店で貸切で送別会をしてもらいました。
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2007年6月22日のエントリーから;
4月の中ごろ神田の「四川一貫」でいつもの辛しそば(坦々麺)を食べ終わったころ、ご主人が調理場から出て来てくれて「今度は久しぶりですね。
このあいだ四国のどこだったかからお知り合いが来られてましたよ」と言いました。「新居浜の松岡さんですか」と聞くと
「そうですそうです、新居浜だ、新居浜と言われていた。確かお名前は松岡さんと言われていました。
孫の宿題で大人にインタビューというのがあって、孫に捕まってインタビューを受けてくださったのでお名前を知ったのです」と言いました。
つい一ヶ月ほど前に新居浜で松岡さんとお会いしていたので少し驚きました。
ご主人とはもう27,8年の付き合いです。ということはこの店の坦々麺をそれだけの間、飽きずに食べていることになります。
しばらく四方山話をしてからJRお茶の水駅まで歩きました。小川町の交差点から駿河台の坂を登ると、
駅の手前にギリシャ正教の教会ニコライ堂があります。ひさしぶりだったので携帯のカメラで写してみました。
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2013年8月14日のエントリーから;
夜の「四川一貫」は何年かぶりでした。頼んだ料理は「陳麻婆豆腐」
「青菜炒め」
「紋甲イカのうま煮」と、この夜お付き合い頂いた森哲雄さんお勧めの「魚香茄子」。
酒は陳年紹興酒をボトルで。初めての「魚香茄子」は病みつきになるうまさでした。
親爺さんは厨房を後継者に任せたのか、店の小椅子に座っていて、途中で席の我々二人の話に参加してくれました。
東京から大阪へ転勤になるときに錦町時代の「四川一貫」で送別会をしてもらいましたが、それ以前から昼に通って
よく食べていた「担担麺」を〆に頼みました。
一人前を小鉢に分けて二人に出してくれました。この店独特の出汁の坦々麺は30年食べていますが、それでも飽きることがありません。
某日 図書館で借り出し期限がきた本を返却した後 京葉道路をインドネパール料理店「フルバリ」に向かっていたら広い道路の向こう側にある薄暮のビルの窓に
前から気になっていた窓の掲示が目についた。「釜めし 天ぷら」の文字に、釜めし愛好者の相方の行ってみようという一言で 道路を渡りビジネスビルの3階にある店に入った。
カウンターと小上がりのあるこじんまりした店は初老の女将が一人でやっていた。
天婦羅一人前と釜めしを頼んだ。ぬる燗一合のお銚子も。
突き出しの新鮮さと味からすぐに この店はほんまもんやとわかった。
材料の良さと調理は本物だった。味はどこに出しても通用する内容だった。
聞くと地元で60年やっていて もともと二人でやっていたお母さんの看護をしながら今はお店を一人でやっているとのこと。
支払いはお銚子2本分と合わせて 合計4000円だった。
ちょっと遠いが 歩いていける範囲にこんな店があったとは!もっと早く来ればよかった。
時々寄ることになりそうだ。
歩行数 4924歩 歩行距離 3.0km
おいしい釜めしを食べたいとあちこちネットで検索して見つけた「魚釜」
あいかたは大満足だった。
私はカマ焼きを頼んだ。
それにしても我々の前に入店したのは少年も混じった外国人五人家族だった。スマホで場所を探してたどり着いたようだった。
今や 魚料理専門店のランチタイムに欧米系外国人家族が来る時代なのか??