ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2014.7.8 七夕を過ぎて想うこと

2014-07-08 21:43:57 | 日記
 昨日の七夕は、織姫と彦星にとって残念ながら年に一度の逢瀬が叶わないあいにくのお天気だった。
 だからこそ、人は、毎年七夕の日に雨が降りませんように、と願うのかもしれない。天の川を挟んでなかなか会えない2人だからこそ、梅雨の時期、会えたときにはその嬉しさがより一層増すものなのだろう。

 昔は、誰かと待ち合わせという時、お互いに一旦家を出たら、辿り着くまではなかなか連絡が取れなかった。が、今や、殆どの人たちが携帯電話を持ち、リアルタイムでメールやLINEを操り、待ち合わせ場所でうまく会うことが出来ないなどというアクシデントはほぼ無くなっているのではないか。
 そういえば、冗談のような本当の話。今を遡ること60年くらい前(?)、父と母がまだお付き合いしていた頃のこと。どこかの駅で待ち合わせ、とても太い柱を挟んだ改札口の反対側でお互い30分だか1時間だか待ち続け、結局、気の短い父が怒って帰ってしまったという話を母から聞いたことがある。

 そう思うと、家人に隠れて家の電話で話す苦労もなく、テレカ(これももう死語ですね。)を持ってこっそり公衆電話をかけに出ていくということもなく、24時間、電源さえ入れていればどこにいても連絡が取れる(実際、これは疲れて大変!以外の何物でもないけれど・・・)今の時代には、そうした“やっと逢えたね”という気持ちの高揚などはあまりないのかな、と思ったりもする。
 今の若い人たちにとって、“すれ違い”とか“逢えないストレス”などがモチーフになった恋愛ドラマや小説は、もはや身を持って体験することが出来ないから、共感できないし、そもそも成り立たないものなのかもしれない。
 まぁ、Skypeのように顔を見ながら話をするための小道具があったとしても、リアルに逢うことが叶わない遠距離恋愛が、かつてのそのもどかしさに一番近いのかもしれない。

 けれど、“逢いたくてもなかなか逢えない”という障害こそ、ある意味、恋愛のスパイスというか醍醐味だろうから、便利になったことでそういう思いを一切せずに、すんなりと物事が進むことが、果たして本当に良いことなのかどうなのか。私にはちょっぴり気の毒に思えてしまうのだけれど、いかがなものだろう。

 とはいえ、時代とともに進化した色々なツールに恩恵を受けるところは大きい。何よりネット環境のおかげでこうしてブログの発信も出来るわけだ。ひいてはこのブログがなければ、お互いに一生お目にかかることもなく終わったに違いない全国各地の沢山の方たちと友好を深められていることについては、本当に感謝以外の何物でもない。

 今日は朝から夏の日差しが照りつける一方、湿度が高く、何とも消耗する天気だった。
 昨年の夏に購入し、1年弱使っただけで(と言っても、殆ど毎日お世話になったのだから十二分にペイしている、と夫は言うけれど)すっかり焼けて色褪せてしまった黒地の晴雨兼用日傘を、サンシールド地を使ったベージュのものに新調して、気分一新だ。

 沖縄地方では広域にわたって避難勧告が出るほどの大型台風到来とのこと、どうか被害が少なく済みますように、と願いたい。
コメント (5)
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