ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.12.9 旅は叶わなかった・・・Sさんとのこと

2017-12-09 17:39:40 | 日記
 患者会で知り合い、8年半もの間お付き合いをさせて頂いていたとても大切なお友達が、5日、亡くなった。

 同い年で誕生日が20日も違わなかった。享年56歳。再発はほぼ同時だったけれど、初発は私よりも大分早く、闘病は18年半近くの長きに及んだ。もうすぐ術後10年で逃げ切れると思った矢先の再発転移。ショックは想像するに余りある。
 
 2009年7月。今でも最初にお目にかかった時のことは鮮明に覚えている。当時、休職明け間もなかった私は、都心まで一人で出かけたのが本当に久しぶりで、患者会の集まりだけでグッタリしてしまった。駅までの帰り道に「お茶でもいかがですか?」と誘って頂いた。
 その時、彼女が“年女”で、お誕生日を迎えたばかりの同い年だと分かったのだった。「私たちはまだまだこれから。やりたいことは沢山あるし、行きたいところも沢山ある。へこたれてはいられません!」と笑顔で手を振る彼女の姿がとても眩しく、頼もしかった。
 彼女というお友達が出来たことで、患者会に入会した私の目的は殆ど達成されたといってもいい。

 気配りがどこまでも細やかで几帳面。センスが良く、とにかく筆マメで贈り物上手で、素敵な女性だった。
 50歳という節目の誕生日、彼女から誕生日の贈り物が届いた。
 以降、私たちにとって重みのある一年一年を過ごし、また無事に齢を重ねることが出来たことを確かめ合うように、毎年誕生日プレゼント交換を続けてきた。部屋のあちこちにある心尽くしのプレゼントを見ながら、今、私は途方に暮れている。
 この8年半の間、貴女にどれほど助けられ、どれほど励まされてきたことか。

 月1度のペースで集ったプチ虹のサロン自体は、3年前、2年前と相次いで2人のメンバーが旅立ち、殆ど解散状態になってしまっていた。けれど、彼女とだけは定期的に食事をご一緒させて頂いていた。お会いすれば必ずや昼から夕食時間近くまで話し込んだ。今度はやっぱりお泊りでね、と2人の55歳を記念して“Go!Go!旅行”と称して1泊旅行を企画していた。
 けれど、お互いの家族の状況や体調などから、実現が叶わぬまま2人とも56歳を迎えることになった。

 我が両親と1歳違いのお父様、お母様がご健在だ。そんな高齢の親を抱える長女として、様々な悩みは共通するものがあった。
 しっかり者の大黒柱の長女としてご自身が入退院を繰り返しながらも、昨秋、手術を受けるため長期休暇に入られる迄30数年フルタイムで働き、体調を崩し入退院を繰り返す高齢のご両親を支えられていた。
 私達が出会ってまもなくの頃、ご自宅がもらい火で全焼するという悲劇に見舞われた。そこからようやく立ち直られたというのに、更にまた過酷な出来事が襲った。今度は、単身赴任していらした弟さんが2年ほど前に突然の病に倒れ、以降今年の秋、職場復帰を果たすまで、引越しからリハビリのための転院、会社との調整、何から何まで彼女の細い肩にかかっていたのだ。

 昨年の患者会の大会に少しだけ顔を見せてくださった彼女は、すっかり痩せてしまっていた。その姿を前に涙がこぼれそうだったけれど、この夏には久しぶりに一緒にゆっくりランチをすることが叶った。時間をかけてしっかり完食して、お店を移して「やっぱりデザートは別腹だね。」と笑い合ったのが最後になった。あの時の彼女の笑顔や声が忘れられない。

 その時も、何か私に出来ることがあれば・・・と申し出たものの、地元の幼馴染の友人たちがチームを組んで両親ともども色々助けてくれて・・・、と言っておられた。これも彼女の人徳ゆえだろう。
 とはいいながら、それ以降もLINEで入る連絡を読むにつけ、本当に大変そうで、彼女自身が倒れてしまうのではないか心配でならなかった。情けないことに心配するだけで具体的に何の役にも立てず、歯痒い思いを繰り返すのみ・・・。

 「命を懸けて弟を守る」と言っていた彼女は立派にその任務を果たし、弟さんは復職された。
 そして先月、落ち着かれたら年内にお会い出来そうですか、と連絡したところ、実は食事が摂れなくなり入院しました、との返信を受けた。お見舞いに伺いたいのはやまやまだったけれど、迷惑にならない時はいつだろう、とタイミングを見計らっているうちに、先月末、LINEが既読にならなくなった。

 気になりつつも、お母様とは直接お目にかかったこともないし、ご自宅にいきなり電話をかけるのも・・・、と躊躇っていた矢先の悲報だった。
 今日は告別式に参列し、最後のお別れをさせて頂いた。愛娘に先立たれたご両親、彼女が文字通り命を懸けて守った弟さんのお姿を初めて拝見した。顔色もなく半ば茫然とするお父様、気丈に手配をされるお母様、男泣きする弟さんの姿を目の当たりにし、胸が潰れそうになった。
 
 Sさん、18年半もの間、本当にお疲れ様でした。
 昨日のお通夜は皆の涙雨だったのでしょう。冷たい雨がそぼ降っていたけれど、今日は打って変わってお寺の大銀杏の黄色が眩しく映る真っ青に澄み切った青空のもと、貴女は旅立っていかれました。
 貴女と過ごすことの出来た8年半は、私にとって何よりも大切な宝物です。お会い出来て本当に良かった。
 どうかゆっくりお休みください。私もなるべくゆっくりと、細く長くしぶとく粘ってからそちらに伺います。
 “Go!Go!旅行”は叶わなかったけれど、そちらに行けばまたエンドレスでおしゃべり出来ますね。
 本当にどうもありがとうございました。
 合掌。
 
 (追伸)今日は告別式の帰りに、貴女が親しくされていた病院の患者会のお友達と、一緒にランチをさせて頂くことが出来ました。
  貴女が繋げてくださったこのご縁をこれから大切にしてまいります。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする