ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2018.4.20 女だから、男だから・・・ではなく人として

2018-04-20 22:59:59 | 日記
 朝日新聞のデジタル記事で、目に飛び込んできたものがあった。
 そして我が身の来し方を省みて、胸が熱くなった。以下、紹介させて頂く。

※  ※  ※(転載開始)

「女は大学に行くな」女子大の車内広告、その真意は(2018年4月18日11時03分 朝日新聞)

「女は大学に行くな、」。一見目を疑う書き出しの広告が話題を呼んでいる。神戸女学院大学(兵庫県西宮市)が今月、JRと阪急電車の車内に掲示したメッセージだ。

 文章は続く。

 という時代があった。専業主婦が当然だったり。寿退社が前提だったり。いま、女性の目の前には、いくつもの選択肢が広がっている。そのぶん、あたらしい迷いや葛藤に直面する時代でもある。「正解がない」。その不確かさを、不安ではなく、自由として謳歌(おうか)するために。私たちは、学ぶことができる。この、決してあたりまえではない幸福を、どうか忘れずに。たいせつに。(一部略)

 大学は昨年6月に「学問は就活か」、今年3月には「人生は、いつだって途中だ。」という車内広告を出した。3月分は卒業生へのはなむけだったが、その候補の中に「女は大学に行くな、」があった。魅力を感じた学長室課長の樽本裕見子さんは、予定になかった新入生向けとして提案。インパクトの強さゆえに誤解されるのではと懸念する声も出たが、斉藤言子(ことこ)学長がゴーサインを出した。

 日頃、学生がよく使う阪急電車やJRに出した直後から、ツイッターに書き込みがあふれた。「胸と目頭が熱くなった」「何度も何分間も読み返した」と感想が書き連ねられていた。

 反響の大きさに樽本さんは「ただただ驚いています」。長く就活生を支援し、悩む学生に接してきた。「いまは失敗を恐れる学生が少なくないが、人生を自分で決められることは幸せなんだと、前向きに受け止めてほしい」

 人間科学部の新入生、沢井由里香さん(18)は「大学に行きたくても行けなかった友達もおり、過去の問題ではない。理科の教師になりたい、そう夢見られること自体が恵まれていると実感した」と話す。

 大学は70年前、戦後初めて認可された新制12大学で唯一の関西の女子大。斉藤学長は「女性差別はいまも残るし、出産などのライフイベントもあり、女性の道はまっすぐではない。でも、迷いながらもひたむきに取り組むことが人生を生きる養分になる。私たちからのエールです」と語った。

 広告は阪急電車での掲示は既に終了。JRの関西各線の普通電車で4月いっぱい掲示されている。(机美鈴)

(転載終了)※  ※  ※

 今を遡る40年近く前、都立の進学校を卒業した。生徒の第一志望は国公立大が大半で、教師たちも1年浪人すればみな希望のところに行きますよ、みたいな、今思えばかなりいい加減な進路指導しかしていなかった。とにかく3年間はバッチリ部活や課外活動に頑張った青春の煌き一杯の高校生活。結果、滑り止めの私立にはいくつか合格したけれど、当時の担任が、「本当にそこでいいの?もう1年頑張ったら」というコメントをくださり、浪人することにした。

 既に某私大に入学金の数十万を支払済みであり、何十年経った今でも、「あの時、あんな無駄なお金を使わなくて済んだのに・・・」と折りに触れて言われたりする。
 専業主婦だった母には、女の子だし、受け入れてくれるところがあったのだから何も浪人までして、という感情はあったと思う。
 それでも予備校時代は日々充実していて沢山の友人が出来(今でもつぼみの会として緩いお付き合いが続いている)、あの1年は私の人生にとって必要なものだったと思う。

 けれど1年後、関西地方の国立という希望は「一人暮らしなんてとんでもない!」と受け入れてもらえず、残念ながら自宅から通える国立大学からはお呼びがかからず、マンモス私立大学に進学することになった。

 旧制の地方国立大出身の父が言ったのは「せっかく浪人までさせてやったのに、結局私立か。」だった。今思えば立派なパワハラ、モラハラである。結構長いこと国立コンプレックスから抜け出せず、トラウマだったように思う。
 母も「女の子だからあなたが選んだ(バンカラの)大学ではなく、こちらの(女子大生受けする)方がいいのでは、」と言ったと記憶している。これもセクハラである。
 専業主婦の母、一馬力の父と一人娘の3人家族。奨学金を借りなければならないほどの家計状況ではなかったと思うけれど、それほど余裕綽綽であったわけではないと、二馬力でも地方の私立大学で5年目を迎えた息子を持つ親として、今でこそ思う。

 当時ほぼ全員が大学進学する高校(冷静に思えばかなり特殊な状況である。確か女子100名ほどのうち4大受験に失敗して短大に進んだのは1人か2人だったと思う。)に在学していたので、今ほど大学進学率が高くなかった〔私が高校を卒業した1980年の4大進学率は、男子4割弱、女子1割強、男女合わせて4分の1ほど〕にも関らず、私自身は大学進学が当然、と思い込む世間知らずであった。
 家の事情等で大学に行きたくてもいけない、という優秀な高校生がどのくらいいるか、自分がそういう心配をせずに浪人までさせてもらえた、という恵まれた環境にあるということに思いを至らすことの出来なかった馬鹿で能天気な高校生だったわけだ。

 それはさておき、今日のお題のように男だから、女だからというよりもまず人として・・・、と言ってみたところで、雇用均等法施行後30年以上経っても相変わらず就活では男子学生にアドバンテージがあることは否めないようだ。就職してからはどうかと言えば、結婚はまだしも妊娠・出産というライフイベントを直接体験するのは女性だけだから、その都度、何かを捨てて何かを選ぶ選択をする機会はやはり女性の方が多いのでは、と思う。哀しいけれど。

もちろん今は仕事も出来て、イクメンで家事もOKといったスーパー男性がウエルカムとされているようだから、男性側のストレスも相当なモノだろうと思う。やはりお互いが人として助け合いつつ、ワンオペにならないように支えあって生きていかないと生き辛い世の中であるに違いない。

 そんな中、件の事務次官のセクハラ発言で世は喧しい。セクハラもパワハラもモラハラもアカハラも、ハラスメントのない世の中にしていくために、男だとか女だとか言わずに人として恥ずかしくない行動をしていかなければいけないのではないだろうか。

 女は大学に行かなくて良いなどとはいわれない今の時代は、かつて涙を飲んだ先輩たちを思えばどれほど恵まれたことなのだろう。ほかでもない、自分の人生である。悩みながらも自分自身が納得のいく選択をし、自分で自分の人生を切り開き、欲しいものを努力しつつ選び取っていけるのは女性も男性も変わりないものだと思う。

 記録のために。一昨日届いた今月2回目のお花は赤、ピンク、淡いクリーム、オレンジのガーベラが2本ずつ、いちご草が2本、かすみ草とブプレリュウムがそれぞれ1本。
 花言葉は「神秘」、「友情」、「清い心」、「繊細な美しさ」だという。硝子の花瓶にすっくと立ったみずみずしい花たちを見て、自分も背筋を伸ばして日々を送りたい、と思う週末の夜である。
 
コメント
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