kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

高槻市・中畑 「 大神宮社 (だいじんぐうしゃ)」

2008年06月30日 | 大阪・滋賀・奈良 他
2008年6月22日 祭神は豊受姫命 (とようけひめのみこと)
田能の神宮寺と同様で、ここを本拠として中畑村宮座の仏事、神事が行われていました。
鳥居左下側に、水をたたえた池(弁才天の龍神池なのでしょうか?)がありました。

神事が守り伝えられているんですね~ 右奥方向に見えていますね・・・。
左写真には、当社では毎年二月に祈年祭、十月に秋祭、十二月には新嘗祭(にいなめさい)
などが行われ、今も伝統の儀式に基づく神事が守り伝えられている・・・と書かれています。

赤銅をまいた鳥居と拝殿が、山村らしい静かなたたずまいをみせていますね。

この左道の正面に弁才天の龍神池?がありました。 モリアオガエルの卵と、卵の落ちるのを待っている蛇がいました。
約1万平方メートルの境内には、本堂のほか、愛宕山地蔵・山王権現・三宝荒神・十五童子が
そして「氏神弁財天宮」も、ここに鎮座していた「村の氏神様」でした。

しかし、明治三年に中畑村が亀岡藩に提出した社寺調書によると・・・
「弁財天」は「伊勢内宮の女神豊受姫命」に、「弁明神社」が「大神宮社」となって
明治四十四年の大神宮社改築の頃には、境内は今の姿になっていたそうです。
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あの日から・・・1年経ったのですね~

2008年06月29日 | 大阪・滋賀・奈良 他
kosumosuさんのブログ に訪問させて頂くと
私も行った事のある「杉・五兵衛」さんの記事が書かれていました。


これは、私が昨年の6月8日に 杉・五兵衛 さんへ行った時の画像です・・・
もう1年です・・・早いですね! この画像も思い出の画像になったのですね (^_^;)

杉・五兵衛さんのホームページは ここ をクリックしてご覧下さい。
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徳島県の 「やまもも」

2008年06月28日 | 食楽
今日は、一息入れて美味しい記事を書いてみたいと思います。


上の画像は、今年の5月に神服神社を訪れた時に撮った「やまもも」の木です。

今朝、Tさんから「やまももを食べる勇気がありますか?」と、連絡を頂きました (^^♪
ウ~ン?「やまもも」を食べるのに勇気がいる?と思いましたが「やまもも」を頂く事にしました。
そして、昔は実が生っていたといわれる神服神社の立派なやまももの木が思い出されました。


Tさんは「あまり美味しいものではありませんが」と言われていましたが・・・
徳島県の木にも指定されている「やまももの実」は、甘酸っぱい独特の味と歯ざわりが
初夏の味覚で美味しかったです・・・ご馳走さまでした (甘酢っぱいは、初○の味?)

この「やまもも」は、神服神社の「やまもも」からご縁を頂いたのかな・・・(^^♪
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高槻市「二 料 山 荘(にりょうさんそう)」

2008年06月27日 | 大阪・滋賀・奈良 他
二料山荘は、元造り酒屋「大西家」の酒蔵と母屋でした。
二料山荘は、元造り酒屋「大西家」の酒蔵と母屋を改修した研修・宿泊施設です。

昭和五十七年に憩いの場所としてオープン みそ、梅干し、サンド豆、よもぎ餅等が販売されていました。
大西家では、明治時代中ごろから「福久泉(ふくいずみ)」「共栄(きょうえい)」などの
地酒を醸造していましたが、戦時統制によって昭和十八年頃に閉鎖しました。

同家の好意により昭和五十七年に、当時の面影を残す憩いの場所としてオープンしました。
元酒蔵では、お食事ができて、産地のお野菜等のおみやげ品が置いてありました。

江戸時代末期の建築。 母屋から見た庭先です。
ここが母屋です・・・4人以上で1組だけの宿泊ができます。
二料山荘のお問い合わせは・・・TEL(072)688-9514  地図
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高槻市「樫 田 駐 在 所」

2008年06月26日 | 大阪・滋賀・奈良 他
樫田駐在所は、平成17年度に58代を迎えています。
樫田駐在所は、明治20年4月1日に田能村に開設されました。

駐在所とは、警察署の下部機構で巡査が駐在して(写真に住居の2階が見えています)
受け持ち区域内の警備や、事務処理を扱う所だったそうです。
いま高槻にある駐在所は、「樫田駐在所」と、原の「清水北駐在所」の2ヶ所だけだそうです。
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高槻市「樫田で見たドクダミ」

2008年06月25日 | 大阪・滋賀・奈良 他
ここが門前に見えますか~?
神宮寺近くのN家の門前に、ドクダミ(左下)が小さな池の端いっぱいに咲いていました。

ドクダミの花ってかわいいんですね~
ドクダミはハート型の白い4弁が花のように見えますが、総包片で花びらではありません。
その上の黄色く見えるのが、小さな花の集まりなのです。

ドクダミ
・開花時期は、 5月20日~6月末頃。
・毒を止める効能があるところからの命名。
・葉、地下茎は漢方薬になる「どくだみ茶」というのがあります。
・別名 「十薬」(じゅうやく)
 馬に与えると10種類の効能があるところから言われたそうです。
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高槻市「のろしを上げる場所だった城山(田能城跡)」

2008年06月24日 | 大阪・滋賀・奈良 他
のろしが見えるような気がしませんか・・・?
昔、田能城があったといわれている「城山」です。   地図
亀山城主であった明智光秀が「のろし」を上げる場所として、この城山を使っていたそうです。
(亀山城は、明智光秀が信長に反逆し本能寺に向かった時のお城で、今の亀岡城です。)
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高槻市「神宮寺(じんぐうじ)」

2008年06月23日 | 大阪・滋賀・奈良 他
2008年6月22日 神宮寺
神宮寺は、この近くにあるゴルフ場の敷地内にありましたが・・・
ゴルフ場ができる時に、この場所に移転された田能地区の守り仏である 神宮寺 です。

神宮寺(聖観音像・大日如来像)
神宮寺では、神は仏の仮の姿であるという神仏習合思想が生まれた 
神仏混合 時代に、神主とお坊さんが二人で八日薬師の行事を行っていました。
(神宮寺というのは、かつて神社を運営していた寺院のことだそうです。)

この道は、神宮寺への道だったのでしょうか?
移転される前の神宮寺に通じる道だったのでは・・・と案内して下さった方が言われていました。
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高槻市「樫船神社(かしふねじんじゃ)」

2008年06月22日 | 大阪・滋賀・奈良 他
樫船神社(大明神=大山喰命・女体御前)
ここは、田能の 樫船神社 です。

 
小雨の中、高槻のええとこブログの人達に高槻北部を案内して頂き取材してきました。 地図

知る人ぞ知る「奥の谷池」です
ここが奥の谷池です。
樫田支所から歩いて15分。樫船神社東へ100メートルのところです。

田能盆地の有名な景色です。
樫船神社に行く道から田能盆地が見えました・・・すばらしい景色です!   
奥の谷池から一番近くのこの田んぼに水が入ってから、下の田んぼに水が入っていきます。


* 明治時代の町村合併により、田能村・中畑村・出灰村・杉生村が合併し、樫田村が発足した。地域にある樫船神社の「樫」と、母体となった村の一つ・田能村の「田」を組み合わせて「樫田」の村名が名付けられたそうです。
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七夕さん

2008年06月21日 | 大阪・滋賀・奈良 他

ここは高槻センター街の入り口です・・・もうじき七夕さんですね~ 
近くの幼稚園児が作られたそうですが、短冊にどんなお願いが書かれているんでしょうね(^^♪
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