クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

無理をしないで

2010-05-05 10:07:41 | Weblog
今朝の続き、旅徒然。
逗子駅に降り立つのは始めてである。鎌倉より観光客は少ないが、葉山や三浦半島西海岸に向うバスはそこそこの乗り。1電車見送り横須賀へ移動。横須賀は戦前からの軍港の街。駅を出ると目の前には巨大な日本の軍艦が。そして徒歩1分でヴェルニー公園の入口。天気も良くベンチで1服し、ゆっくりと散策を始める。公園の真下の海は澄み、海草の間からは小魚の姿も見える。その反対側の花壇には沢山のバラが植えられ、後1ヶ月もすれば訪れた人の目を楽しませるだろう。ゆっくりと歩き、京浜急行の横須賀中央駅迄歩いた。途中の駐留米海軍横須賀基地は広い。中央駅近くでは、名物海軍カレーの食欲をそそる香も漂っていた。若い頃なら一気に歩ける距離も、腰を痛めている身では、何回もベンチで休みながらとなった。横須賀中央からは京浜急行に乗って久里浜へ。ペリー公園近くに住む、従姉妹のA夫婦を尋ねた。6ニャンと暮らすA夫婦とニャンズの話しは、明日、明後日に。
帰りはJR久里浜駅から横須賀線乗車。久里浜駅前のには数千本のチューリップ植えられ、蕾も沢山有り、これから2週間位目を楽しませてくれそうだ。逗子で湘南新宿ライン宇都宮行きに乗換え、鎌倉でラッシュ並みの混雑になり、そのまま新宿に。
京王線準特急高尾山口行きに乗ると、発車間際に電動車椅子に乗った若い女性が、若い男性に介助されて乗って来た。介助の男性は直ぐに降り、その女性のみ。1つ目の明大前で僕は都営線からの急行に乗換えで下車。車椅子の女性も下車したが、10数センチの段差で引っ繰り返る寸前。ハラハラし見ていた。急行電車にも乗れず、最後部なので車掌に僕が話し乗せようとしたが、重量のある電動車椅子では無理で、電車のスピーカーで駅係員に渡り板を持って来させて乗る事が出来た。その間3分以上停車した。発車後僕はその女性に「電車に乗る時には恥ずかしがらず応援を頼みなさい。先程の事で電車は遅れてしまい、この電車も後の電車のお客さんも多くの方が迷惑を受けます。迷惑を掛けたくなかったら、介助を頼んで下さい」と話し掛けたのである。僕は車椅子の方も外に出る事には賛成である。しかし自分一人で全て行おうとすれば無理が出る。そして逆に多くの方に迷惑を掛ける事に。無理をせず遠慮なく応援を頼んで欲しい。それと、電動車椅子はもっと軽量化出来ない物であろうか。電気メーカー、車体メーカー等が協力し軽量のリチューム電池やカーボンロットの車体で作れば、我々も手助けが出来ると思うが。我々だって何時電動車椅子の世話になるやも知れぬのだから。

いざ鎌倉へ

2010-05-05 06:30:19 | Weblog
今日のブログは猫の話ではなく、旅日記である。
昨日の早朝ブログを投稿し、朝食を食べ、バスで三鷹駅に。みどりの窓口でホリデーパス(1日乗車券・途中下車自由)を2300円で購入し、武蔵野線との交差点の西国分寺に。鎌倉に行くのに方向違いだがこれで良い。大宮始発武蔵野線経由のホリデー快速鎌倉号に乗るのが目的の1つ。8時40分定刻に列車は入って来た。車内は家族連れで一杯。所々に乗り鉄・撮り鉄のおじさんとお兄さんがいる。多摩川鉄橋を渡ると多摩丘陵のトンネルに。府中本町から鶴見迄の区間は、普段は貨物線で旅客電車は入らぬ。僕も始めて乗る区間だ。京王相模原線稲城駅を下に見ると、この区間最長のトンネルに入った。トンネルの上は川崎市西武の生田丘陵で住宅地。空が見えると梶ヶ谷貨物駅で東急田園都市線と交差する。構内には川崎市のゴミ専用コンテナも。駅を過ぎるとまたまた長いトンネルに入った。出たのは新鶴見信号所と言うよりも、横須賀線新川崎駅。横須賀線と併走する。家族連れの父親が?を沢山付けた顔をしていた。貨物線は僕が定年迄勤めた工場の脇を通り、鶴見駅のホームの無い場所で停車。ここで乗務員が交代し、東海道本線に合流する。どうやって旅客線に入るのかと興味津々で見ていると、ありました、貨物線を何本も越えて本線に入るポイントが。異常発生時対策のポイントを活用したのである。これを見たかった。
40分以上無停車で横浜に到着。しかしあまり降りない。北鎌倉駅では前の電車で下車した方がまだホームに残っている。係員が必死で人の整理をしている。建長寺のトンネルを抜け、臨時快速は定刻に鎌倉に到着した。
駅前はホームから見ただけでも、人・人・人であり、僕は5分後の列車で逗子に向かったのである。
続きは本日昼頃迄に投稿する。明日は遊んでもらった、久里浜の従姉妹のニャンズの話しを。