クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

そっれー

2009-04-20 06:54:47 | Weblog
晴天に恵まれた昨日の午後、我が一家はまもなく生後3ヶ月になる、マーを連れてお宮参り(教会)に出掛け、みんなでマーの誕生を感謝し、健やかな成長を祈った。
帰宅後は、久しぶりに一家揃っての夕食。ご馳走は無いが楽しく賑やかな一時。しかし、Q&Ⅽにとってはこの上なく迷惑な事である。コーの姿を見たクーは、「そっれー」と冷蔵庫の上に避難。ココは廊下で箱座りし、居間の様子を窺がう。
息子一家が引上げると、クーとココは「やれやれ」と言う表情で家内の足元に擦り寄り、カリカリをおねだりしたのである。

素直に

2009-04-19 06:49:53 | Weblog
ココは自分の心を素直に出すニャンコである。少し気温の下がった昨晩、抱いて部屋に連れて行き「寒いから布団においで」と布団の端を捲ると、素直に布団の中に入り、僕の腕を枕にして寝たのだ。深夜12時、今度はお腹が空いて来ると、部屋中を走り回り「ウー」と声を出し、僕が起きないと分かると、顔を舐め、腰にジャンプし、腕にガブリして無理矢理起す。台所迄走って行き、カリカリ容器を手で引き、床に落とす。
昨晩もクーは、扉を開けても暫らくしないと台所に来なかった。居間に入っても、台所の様子を良く見て、僕が「クーちゃんご飯ここにあるよ」と茶碗を振ってから静々と茶碗の前に進む。暫らくしてお代わりが欲しくなり、パソコンの前に居る僕の太股に手を掛け「ミャャー」と言う。お代わりを入れても、ココの様子を見てから食べ始めた。
甘えたい時もココは写真のような事を平気でする。しかしクーは、昨日の写真のように静かに家内の膝に乗ったりと。自己表現が全く好対照の2ニャンなのだ。先程投稿した、藤の花とつつじのように。

甘えたいの

2009-04-18 05:52:20 | Weblog
大人のニャンコのクーも時々甘えん坊になる時がある。それがニャンコの良い所だが。昨日のクーは一日中甘えモードであった。朝は、僕が読んでいる新聞の下に潜り込み、ココがこれを見付け、チョチョイと手を出すが、全く動かずに居た。
雨模様となり、温風器を点けると、ソファーでうたた寝をしている、家内の膝に登り、目を閉じてまったりとしていた。クーが本当に甘えたい時は、家内の膝に乗って目を瞑っている。これは、我家の子供となった当日から続いていて、もっと甘えたい時には、家内の胸にフミフミをし喉を鳴らす。昨日は暫らくして、家内の上から降り、家内の横でネコ丸になって、夕方近く迄昼寝をしていた。
一方ココは、クーと反対側の僕の席で丸くなって寝ていた。頭を撫ぜたり、テレビから大きな音が流れても、目を覚ます事無く、爆睡状態であった。

眼鏡

2009-04-17 06:18:18 | Weblog
昨日の午後、新調した眼鏡が出来上がり、隣町の店に取りに出掛けた。2週間程前、花粉症で目がシュクシュクし、たまらず眼科治療を受けた。その折、眼鏡が合わないので検眼もした。老眼が強くなり、強度の近視であったのが、近視が弱くなったのだ。今迄の眼鏡では車の運転等では、頭が痛くなり、外して運転する事も多かった。今度はバッチリOK。眼鏡をしたまま電車に乗り、遠くの風景を見ても、違和感は全くなし。遠くも近くも良く見える。
家に帰ると、好奇心の塊りのボンが、早速眼鏡を置いたテーブルに上がり、鼻を付けて匂いを嗅いだり、覗いたりしていた。お嬢もテーブルに上って来たが「なーあんだ眼鏡新しくしたの」と大して関心を示さず、台所に行ってしまった。

お昼寝は一緒

2009-04-16 06:24:51 | Weblog
昨日の昼食後、雑誌を読んでいた僕は眠くなり、ソファーに横になった。暫らくすると、背中がモゾモゾ撫ぜられる。大して気にもせず寝ていた。1時間半位寝ただろうか、目を覚ますと僕の足元にはココが。「やっぱり」。背中をモゾモゾしたのは、ココが僕の横に入ろうとしたのだ。ココはオチビの頃から、夜は僕の布団で並んで寝る子だ。昨日も「お父さん寝たよ。ぼくもお昼寝しょうっと」と横に来たのに違いない。昨日は熟睡していた。カメラのフラッシュを光らせても起きず、頭を撫ぜても起きなかった。
ココが目を覚ましたのは夕方、クーがお腹を空かせて、居間に戻ってからだ。二人は台所で座り、家内が来るのを待っていた。勿論食後は恒例の運動会。ココは嫌がるクーを容赦なく引き釣り込んだ。

思い出の品

2009-04-15 07:26:17 | Weblog
今日はネコの話ではない。悪しからず。
今月亡き母の15回目の命日を迎えた。
母は大正時代甲府市に生まれた。関東大震災を知っている世代だ。生前、地震の後東の空が真っ赤に燃えていたと話していた。この年代の多くの方々が経験したように、空襲により全ての財産を失った。その上、母は、結核によって、肺の4分の3を切除した障害者となった。また、50歳代前半に未亡人となり、学生の僕を世に出す為に、働きにも出た。しかし境遇に負けては居なかった。貧乏ながらも生活が安定してくると、趣味の世界を楽しんでいた。皮細工に人形作りなど等。その作品の幾つかは今も我家にある。皮細工を張った小箪笥は、居間に置かれて重宝しているし、タルのスツールにはニャンが良く座っている。今日載せた、農夫の親子の人形も母の作品で、僕のお気に入りの1品である。
しかし歳月の経つのは早いものだ。母が亡くなった当時中学生だった息子が、今は2児の父となっている。人形も皮細工も何れ息子や孫に受継がれ、家の宝になるのだろう。
天国の母が安らかに憩うように祈るのである。

今朝も痛ーい

2009-04-14 06:24:30 | Weblog
今朝も腰は一寸体を動かすだけで、グビ・グビっと電気が走る。物を食べても美味しくない。そんな時パソコンの上に座ったクーは、僕がしかめっ面をする度に「大丈夫?」と優しい目で見てくれる。一方ココは「そんな事ぼくには関係ないよ」とばかりに、寝ている僕を実力行使で起こしに来た。
何はともあれ、2,3日外出を控え、静かに養生しようと思っている。