和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

麻生首相所信演説。

2008-09-30 | Weblog
麻生首相の所信演説全文が9月30日の新聞に掲載されております。
私が見たのは読売新聞と産経新聞。
どちらも全文掲載。ありがたい。
ほんとはテレビで演説中の様子を見れれば、その時の臨場感も味わえて
ベストなのでしょうが、いつもいつも見れるとは限らない。
それで、昨日のNHK夜9時のニュースを見たのですが、
これが、とんと演説の中身が分からないニュースでした。
それをどういったらよいのかなあ。と思っていたら
スポーツの実況中継で、試合が終わった際にインタビューする
アナウンサーのことが思い浮かびました。
息を切らしてゴールに到達した選手にむかって、次を質問する。
そうじゃなくてもいいのでした。試合途中の選手に
解説者が終わった次のことをあれこれと語っている。
ついこないだのオリンピックでも、そんな解説者がおりました。
その試合をテレビで観戦しているものにとっては
これが、まことにハタ迷惑な言葉の羅列に思える。
ところで、首相の所信演説でした。
その演説のニュースというのが、内容を視聴者に示す本分を忘れて
次の解散総選挙のほうに向いているのですね。
そして、その総選挙の方から、演説を解説しているありさま。
おそらく、首相の言葉など、信用などしようとはせず、
はなから、ていねいに要約する気などないのでしょう。
どうして、マスコミは、自分たちが腑分けする言葉が、
視聴者に信用されていないのだと、想像力できないのか?
内閣支持率をたかだか1000人ぐらいに聞いては
首相の所信演説内容を紹介するよりも、大きく取り上げているありさま。
こちとらは、まず所信演説の詳細を聞かせてもらいたいというのに。
そんなのは、はなから分からないだろうと、視聴者を操作する態度が、
NHKのニュース構成の振る舞いに、よく現われているのでした。
マスコミの言葉を、まずは信用できない私にとって、
国会議員のヤジを前に、演説する首相の姿は、
それこそ、ヒノキ舞台に立った役者の姿とダブルのでした。

思い出すのは小渕恵三氏。
内閣総理大臣談話にこうありました。
「私は、この度、内閣総理大臣の重責を担うことになりました。
内外ともに数多くの困難な課題に直面する中、
わが身は明日なき立場と覚悟して、
この難局を切り拓いていく決意であります。」
(光進社「小渕恵三の615日。」)

その小渕氏と比べれば
麻生氏の所信演説のなかの
「内閣総理大臣の職務に、一身をなげうって邁進する所存であります。」
というのは、言葉不足なのかもしれませんが、
それでも、選挙を見据えた高みから
ああでもない、こうでもないと語るマスコミより
よっぽど、所信演説の全文は読み応えがありました。

そう思いませんか、ご同輩。
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相手目利き。

2008-09-28 | Weblog
洲之内徹に「セザンヌの塗り残し」という単行本で9ページほどの文があります。
そこにこんな箇所がありました。
「この頃、目の修練ということを考えている。絵から何かを感じるということと、絵が見えるということは違う。・・私が身にしみて感じる実感なのだ。・・・絵から何かを感じるのに別に修練は要らないが、絵を見るのには修練が要る。眼を鍛えなければならないのだ。この頃になってやっと、私はそれに気が付いた。・・・」

先頃読んだ中島誠之助著「『開運!なんでも鑑定団』の十五年」(平凡社)には、
そういえば、眼にまつわるいろいろな言葉が登場しておりました。

「目利き」

「プロが目利きと呼んだ場合は、ただ単に真贋が分かる人という意味ではなく、優れた審美眼の持ち主で美の発見が出来る人のことを指しています。ですから、目利きイコール商売巧者という図式は成立しません。昔から骨董業界では『目利き儲からず』といって、目利きが発見した良い品物を、資本力のある業者が吸収して大きな利益を上げることが多いのです。むろん目利きでありかつ商人の素質を充分に兼ね備えているに越したことはありませんが、美の発見は『独断と偏見』に満ちた仕事ですから、狷介固陋(けんかいころう)な職人芸に陥りやすいのです。」(p62)

ほかには「自分目利き」「合い目利き」「他人目利き」(p71~73)。

興味深いのは「相手目利き」というのでした。
そこを少し長く引用してみましょう。

「その道のプロである骨董商のすごさは、ホンモノもニセモノも分かるということです。当たり前のように聞こえますが、これがなかなか至難の技なのです。骨董界の場合、プロとは商取引を生活手段として行っている人を指します。いかに高名な専門学者であっても、いかに感性の優れた蒐集家であっても、彼らはアマチュアなのです。プロの怖さは、ホンモノもニセモノも同じように売り買いするところにあります。アマチュアはそういうことをしませんし、またその能力もありません。多くのアマチュアが持っている特徴は、ホンモノが分かる人ほどニセモノに引っ掛かる。ニセモノに埋もれる人は、ホンモノを分かろうとしない。・・・・・
アマチュアである客は、したり顔で自分の知識をいひけらかせて『これはこういうモノだ』と自信を示す。このような図式の場合、値段を聞いてみるとホンモノであるべき相場よりも、かなり安いはずです。客は掘り出し物だと勘違いして、まんまと取引が成立するのです。これを『相手目利き』といいます。相手の見識に異論を唱えず『はあ、さようでございますか』と、とぼけたふりをしてニセモノを売ってしまうのですね。
近年のインターネットに登場する多数のニセモノは、まさに形を変えた相手目利きの取引です。せいぜい気をつけてくださいよ。」(p74~76)

修業時代のエピソード「モノのあり方」(p199~202)が一読して忘れられません。

ほかにも、「目筋(めすじ)」とか、目にまつわる言葉が並んで、
これが骨董界なのだなあと、思うのでした。
ちなみに、井伏鱒二著「海揚り」を私は感銘を受けて読んだことがありました。
これも、機会があったら、読み直してみたいと思ったわけです。
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何に感動する。

2008-09-25 | Weblog
たとえば、小林秀雄著「ゴッホの手紙」の序。
上野のゴッホの複製画を見て愕然とし
「たうとうその前にしやがみ込んで了つた。」
というご自身のエピソードから始まっているのでした。

そういえば、
「追悼・赤塚不二夫さん」読売新聞8月4日。
そこに筒井康隆氏が書いておりました。
「キャラクターの中でも、マジシャンの手品に驚いて
『偉い人なのだ』とストレートに感動するような
天才バカボンのパパが素晴らしかった。」
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イメージ操作の露骨。

2008-09-24 | Weblog
産経新聞に週一回連載の花田紀凱(かずよし)「週刊誌ウォッチング」があります。その9月13日でした。こうはじまります。

「黒バックに麻生太郎氏の顔のドアップ。
その顔もニコヤカな笑顔ではなく、誰が見ても怖い表情。
『AERA』(9月15日増大号)と
『週刊朝日』(9月19日号)の表紙、
まるで事前に相談でもしたかのようにそっくりだ。
でタイトルがどーんと
『自民党壊れる』(AERA)、
『総裁選の茶番』(朝日)。
ちょっと露骨過ぎるイメージ操作では・・・・」


電車などの週刊誌広告に、これらが花盛り。見ようとせずに見てしまう。
こういう場合、新聞でも、週刊誌広告を見せられてはたまりません。
ですから、私は朝日新聞を購読しません。
なんせ、私は広告に弱い。新聞記事よりも、写真に目が行くほうですから
AERAと週刊朝日の、広告を見るだけで、コロッとイメージ操作に乗っかっちゃうタイプが私。
こういう場合は自己防衛のためにも、他紙を購読して免疫をつくっておかなければなりません。

そして朝日新聞系列の記者は、
大臣への、総理への質問に、まずこう語ります
「自民党壊れるとか、総裁選が茶番劇だと、よく耳にしますが。そして私もそう思うのですが・・・」という切り口で、その方面の質問を浴びせます。
もう広告によるイメージ操作は完了しておりますから、あとは新聞記者が、それを繰り返してゆけば相乗効果はバツグンです。

あとは、この効果に染まっている方を、捕まえて街頭質問し、テレビで放映すれば誘導尋問より簡単に、さらなる相乗効果を生み出せます。

日本では、こういうイメージ効果に相対するのに、口頭戦闘はゆるされておりませんので、自主防衛のみで対処しなければなりません。イメージ効果の垂れ流しに、どのように各自が自己防衛策をとりうるのか。防災訓練のようにして、対処法をわかりやすく示したハウツウ本が今こそ必要な時なのですが、その時期は、とっくに来ていると思うわけです。

私がまず一番にした簡単・単純な方法、
それは、朝日新聞を購読しないこと。
どうです。単純でしょ。
「僕の苦しみは単純なものだ」とは、詩の一行。
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新聞整理。

2008-09-23 | Weblog
たまっちゃった古新聞を整理。
そしたら、読売新聞2008年8月31日の「顔」欄に
多田富男さんが紹介されておりました。
第七回小林秀雄賞に決まった。とあります。
「国際的な免疫学者は7年前に脳梗塞で倒れ、声と右半身の自由を失う」
その人が
「小林秀雄は僕の美学体験の原点。本当にうれしい。光栄です」
とよろこびの声をキーボードで打った言葉が音声変換されるトーキングマシンで発したのだそうです。
選考委員の橋本治氏は
「文章を書くには、思考の持続力が必要だと教えられた」と絶賛したそうで、受賞作は「寡黙なる巨人」(集英社)。
なんともジーンとくるのは、次でした。
「『妻が命綱』との言葉に内科医の夫人が
『暴君だった人が優しくなり、家族が一体になれた。
文章で闘う姿勢を尊敬しています』と応じる・・・」


私の新聞紙切抜きは、
簡単単純で、一ページまるまる手で切り取り。
読みたい箇所を折り紙よろしく折畳むだけ。
鋏なんかめんどう。
でも、せっかくとっといても、どこにあったか
発見できなくなるのが難点。
なにやら自己満足のために保存しているだけ。
そして、たまにとっといて良かったと思うことがあれば
ニヤリ。
というわけで、保存しても、
何がどこにあるかもわからずに、
ゆくゆくは棄てることになります。
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机上整理。

2008-09-22 | Weblog
机上整理。
お菓子の箱とか、葡萄の箱とか。段ボールの小さいの。
それを使って本の整理をする。今日は机上整理。
そんなことをしていると、もらったお菓子の箱などが気になります
(そういえば、ミカンの段ボール箱が丈夫で、引っ越し整理に重宝でした)。
これなら文庫が十冊ぐらいはいるとか。
これなら新書が五冊ぐらいはいるとか。
段ボール箱の小さいのがあると、単行本が入りそうかどうかと
つい値ぶみしている私がおります。
たとえば、新書10冊。
渡部昇一編「ローマの名言一日一言」(到知出版社)
上田篤著「庭と日本人」(新潮新書)
武村雅之著「地震と防災」(中公新書)
養老孟司・竹村公太郎著「本質を見抜く力」(PHP新書)
谷沢永一著「古典の智恵生き方の智恵」(php新書)
谷沢永一著「運を引き寄せる十の心得」(ベスト新書)
内山節著「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(講談社現代新書)
魚返善雄著「漢文入門」(教養文庫)
高島俊男著「座右の名文」(文春新書)
ドナルド・キーン著「明治天皇を語る」(新潮新書)

以上が「巨峰」の箱の中に並びました。
ひとつだけ、困ることは、箱に入れると、読まない。読み直さない。
まあ、それは今に始まったことじゃなし。
でも、今はいちおう箱に入ったままで机上にあります。

そういえば、谷沢永一著「モノの道理」(講談社インターナショナル)に
こんな箇所がありました。
「蔵書を見ればその人の器量がわかるという話もあります。
私から言わせれば、そんなのは真っ赤なウソである。
蔵書を見て、その人のレベルがわかるはずがない。
しかし大雑把ではあるけれど、判定法がないわけではありません。
ご本人の背後の書棚にどっしりした本がきれいに並んでいたら、
その人はスカタンです。
何やら得体の知れない汚い本が出たり引っ込んだり積んであったら、
その書棚の主は勉強家であると見てまず間違いありません。
教養とは外観(みてくれ)ではなく徹頭徹尾自家用であり自家製ですから、
本を並べてあるだけではダメなのです。」(p102~103)

う~ん。本を箱に入れるスカタンの私ですが
もう少し、つづけます。
週刊誌ぐらいの大きさの雑誌とか本のたぐいは、始末に困ります。
本棚には収まりにくいし、雑誌なら、すぐよりかかって曲りだす。
どうしてもそのサイズの大きさの物はいっしょに箱に入れるに限ります。
ということで、すこし深めの段ボール小にいれた雑誌類。

 新潮社「考える人」3冊
 季刊文芸春秋スペシャル4冊
 週刊現代ムック「栗林忠道からの手紙」(講談社)
「石井林響をめぐる画家たち」(千葉県立美術館)
 別冊太陽「柳宗悦の世界」
「須田剋太『街道をゆく』とその周辺」(朝日新聞社)
「創立百年史」千葉県立安房南高等学校
「鎌倉大仏と阿弥陀信仰」神奈川県立金沢文庫
 文芸春秋臨時増刊「向田邦子ふたたび」
 サライ2008年1月3日号「諸国68州『一宮』詣で」
 本朝三字経

これらも、段ボールの蓋をしてしまうと、視界から消えてしまう。
机上には置くスペースはなし。

伯母の法要があって、曹洞宗のお経本「修証義」を声に出して読んでから、
気になっているのがお経本なのですが、道元禅師の正法眼蔵は、ちょっと読む前から腰が引けてしまうので、

  正法眼蔵随聞記(岩波文庫ワイド版)
  松本章男著「道元の和歌」(中公新書)
  飯田利行著「高校生と正法眼蔵随聞記」

を読み直してみたい気持ちだけはあるのですが、
そういえば、飯田利行には良寛の本があったなあ、と気持はズレてゆきます。
そういえば、道元よりも親鸞の方が、入りやすいのじゃないか?
と思ってみたりします。

  山折哲雄著「親鸞をよむ」(岩波新書)

によると、親鸞は歎異抄よりも、和讃・教行信証から入るべきだとある。
うん。こっちの方が入りやすいかもしれない。
などと、歎異抄も読んだことない癖して、
道元でも親鸞でも、お経でしょうし。などと素人のブンザイで思ったりして。
とても

  古田武彦著「親鸞」(清水書院)
  「教行信証」(岩波文庫ワイド版)
  「親鸞和讃集」岩波文庫

には手がでないだろうなあ。
なあに「棒ほど願えば針ほどかなう」というではありませんか。
願いを書きつけておけばよいのですよね。
ということで、願望の整理もかねて、机上の整理。
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又、引っ掛かった。

2008-09-21 | Weblog
中島誠之助著「『開運!なんでも鑑定団』の十五年」(平凡社)を読んだら、そういえば、小林秀雄の文に「真贋」というのがあったなあと思い浮かびました。ちょうど、講談社文芸文庫の小林秀雄著「栗の樹」をひらくと、そこに入っておりました。
その文は「先年、良寛の『地震後作』と題した詩軸を得て、得意になって掛けていた。」とはじまるのでした。
「何も良寛の書を理解し合点しているわけではない。ただ買ったというので何となく得意なのである。・・・」
そこにある晩、良寛の研究家の吉野秀雄君がやってきて、黙って見ている。
少しの会話があって吉野君はこう答える
『・・越後に地震があってね、それからの良寛は、こんな字は書かない』。
ここで小林君は、どうしたかって
「糞ッいまいましい。又、引っ掛かったか・・
一文字助光の名刀があったから、縦横十文字にバラバラにして了った。」
そして次の日、すこし冷静になった小林君は、考えます。

「私の軸には又別の専門家の箱書があるから、無論世間にはそれで通る。私はただ信頼している友人にニセ物だと言われた以上、持っている事が不可能であるとはっきり感じたまでだ。・・・・ともあれ、さっさと売ればよい。助光の名刀なぞと飛んだ話だ。世人を惑わすニセ物を退治したと思いたいところだが、一幅退治している間に、何処かで三幅ぐらい生れているとは、当人よく承知しているから駄目である。要するに全く無意味な気紛れだ。気紛れを繰返していれば破産する。」
「ニセ物は減らない。ホン物は減る一方だから、ニセ物は増える一方という勘定になる。需要供給の関係だから仕方がない。例えば雪舟のホン物は、専門家の説によれば十幾点しかないが、雪舟を掛けたい人が一万人ある以上、ニセ物の効用を認めなければ、書画骨董界は危殆(きたい)に瀕する。商売人は、ニセ物という言葉を使いたがらない。ニセ物と言わないと気の済まぬのは素人で、私なんか、あんたみたいにニセ物ニセ物というたらどもならん、などとおこられる。相場の方がはっきりしているのだから、ニセ物という様な徒に人心を刺激する言葉は、言わば禁句にして置く方がいいので、例えば二番手だという、ちと若いと言う、ジョボたれてると言う、みんなニセ物という概念とは違う言葉だが、『二番手』が何番手までを含むか、『若い』が何処まで若いかは曖昧であり、又曖昧である事が必要である。そんな言葉の綾ではいよいよ間に合わなくなって来ても、イケない、とかワルいとか言って置く。まことに世間の実理実情に即した物を言っているところ、専門文士の参考にもなるのである。」

「糞ッいまいましい、又、引っ掛かったか」
と小林君はいっているくらいですから、どれだけ引っ掛かったことやら。
この「真贋」という文を読み直すと、これが「狐つき」が落ちるまでの顛末記となっているじゃありませんか。いやはや。
それでもって、まわりまわって書画骨董界に流れる循環の機微を、
身銭をはらって体得したんでしょうね。なんせまっしぐらの体当りです。


あらためて、私は思うのですが、小林秀雄の批評というのは、
一文字助光の名刀じゃないけれど、その対象への魅力的な切り口にあるのじゃないでしょうか? 「あっ」という間もあらばこそ、十分に間をとってからの、有無をいわせない切り口(まあ、このような感想を述べたくなることからして、もう小林秀雄の術中にはまってしまっているということになるのでしょうけれど)。


そういえば、ちなみに小林秀雄著「ゴッホの手紙」の序では、
上野のゴッホの複製画を見て愕然とし「たうとうその前にしやがみ込んで了つた。」というエピソードから始まっているのでした。

ところで、小林秀雄の「真贋」の文はまだつづくのですが、
その途中にこんな文句があります。
「では美は信用であるか。そうである。純粋美とは比喩である。鑑賞も一種の創作だから、一流の商売人には癖の強い人が多いのである。」
これじゃ、小林君。批評をダシにして自分の創作についを語っていると、ついつい思うのは御愛嬌。
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仕事してますね。

2008-09-19 | Weblog
中島誠之助著「『開運!なんでも鑑定団』の十五年」(平凡社)を読みました。
各雑誌に掲載された短文。それをまとめた一冊なので、ちょっと読み通すのに時間がかかりました。けれども、読後感の手ごたえは十分。注文原稿でも、手をぬかずに、一回一回丁寧に書かれているため、思わず『いい仕事してますね』と声をかけたくなります。

この本をどう紹介すればよいのでしょう。
テレビ番組『開運!なんでも鑑定団』の初回から登場している鑑定士中島誠之助です。その鑑定士が、もしもいい加減だったとしたら、あの番組はどうなるか。と思ってみればよいのかもしれません。たとえば、私は思うのです。
テレビ番組に水戸黄門というのがありますね。毎回ドラマがあり、最後にカクさん、スケさんが印籠を出して、この紋所が見えないかと提示するのでした。その印籠がニセモノで、そもそもの水戸ご老公さまもニセモノならば、どうでしょう。現実にはありえる話です。
そんなことを思う、その参考になりそうな箇所があります。
鑑定書を紹介しているくだりでした。
「『鑑定書が付いています』と言われた場合、その事実が真贋の判定にとってはマイナス要因の一つとなります。それは(すべての鑑定書がいい加減な代物であるとはいえませんが)品物に添えられている鑑定書の多くが、信憑性に欠けるものだからです。・・・鑑定書を付けることにより、評価と信頼が跳ね上がるからです。そこにニセ判定の付け込むスキが生じます。程度の低いニセモノほど、かえって仰々しい鑑定書が添付されています。真贋かまわずに片っ端から鑑定書や箱書を乱発した学者や画家もいました。彼らは酒代が欲しかったのですね。」(p76~78)

ここに出てくる鑑定書というのを、鑑定士と言葉をかえてみてもよいのではないでしょうか?さまざまな鑑定書があるように、さまざまな鑑定士もいるはずです。そして、そういうさまざまなスキが生じないように、いま現在、ここに中島誠之助が重要な位置を占めているのだなあ、と思ってみたりするのです。

本に「美術鑑定の展望」という6ページほどの短文があります。
はじまりは、こうでした。
「美術品を鑑定するようになって四十年以上になる。とはいうものの、そのほとんどは人に鑑定を依頼されたのではなく、自分が入手しようとしている品物の真贋を鑑定してきたことにほかならない。そのために鑑定をあやまれば、即自己の金銭的な損失につながってくる。だから真贋の判断がつねに真剣勝負になってくるのだ。」
そしてこうもあります。
「困ったことに美術品を売り買いするプロたちも、鑑定を依頼された時に真贋をはっきりと回答しないことが多い。彼らは鑑定料を貰おうなどとは決して考えてはいないが、見せられた品物がニセモノだった場合に、真実を告げたがために敬遠され、商売のポイントを一点失うことをおそれるのだ。かりに見せられた物がホンモノであった場合でも、廉価で引き取れば商売として利益が上がるために、あいまいな鑑定結果しかいわないものだ。これはプロとして当たり前のことで、その道何十年苦労して磨き上げてきた鑑定眼を、そうそうたやすく素人に提供するわけにはいかないのだ。・・・・私は自分個人の範囲の中では、決して真贋の判定を公表していない。・・・そこで考えて欲しいのだ。私がレギュラーを務めているテレビ番組『開運!なんでも鑑定団』の素晴らしさを。だれも教えてくれない真贋の真実を、ずばりと腹蔵なく判定するのは、あの番組をおいてほかにはないのだ。私はプロを返上し、番組の中では真実の追求に邁進している。・・」(p94~99)


ちょくちょくと、テレビをつけては、そそくさとチャンネルを移動して、雑読ならぬ、雑見している私ですが、鑑定団の番組は、意外と見ていたことに気づきます。その魅力のありかをこの本は教えてくれています。「いい仕事してますね」と語る男のうしろ姿をご覧になりたければ。これは、またとない一冊となっております。読者対象がちがうさまざまな雑誌に掲載された短文の集成でとまどうのですが、なあに、読み終ってみれば、さまざな角度から中島誠之助の姿を浮き彫りにしている、またとない貴重な一冊。
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動物詩集。

2008-09-17 | 詩歌
秋ですね。詩などどうですか?
室生犀星著「動物詩集」。各詩についている挿画は恩地孝四郎。表紙もそうです。 分かりやすい詩が並びます。 詩の下に、恩地孝四郎の挿画が描かれております。 恩地孝四郎といえば、版画ですが、版画家らしい 律義な虫の描き方が伝わります。 ということで詩を二つ引用。

   ぶんぶんむしのうた

 だいじな
 ぶどうの葉はたべるし
 おにはをうんこだらけにする
 ぶんぶんむしのかなぶんぶん。

 木をゆすると
 ぽとぽとおちて
 あながあればあなに

 草のかげにかくれてしまふ、
 どうにもしょうのない
 やんちやん ぶんぶん。


   こほろぎのうた

 こほろぎは
 いつもかなしくなると
 口からお茶のやうな
 しるをはきます。
 くろいづきんをかむり
 馬のやうな口で、
 もぐもぐ何かたべてゐる。
 秋がくると
 すぐ
 秋がくるのをしらせます。
 そして山に雪の見えるまで
 晩はないてなきやむことがない。
 こほろぎのうたは
 いつもおなじです。



単純な詩なので、私はそこから数行を繰り返したくなります。

「秋がくると
 すぐ 
 秋がくるのをしらせます。
 そして・・・
 晩はないてなきやむことがない。」

室生犀星著「動物詩集」は昭和18年初版です。
初版は、恩地孝四郎の絵もあるので高いのでしょうか。古本で一万円以上します。現在の復刻版は2520円。以前の復刻版である、ほるぷ出版の古本なら、古本屋で送料もいれて1000円以下。この詩集は、ちなみに室生犀星全詩集には載っておりません。少年少女のための詩ということでかもしれません。そういえば、小野十三郎の作った少年少女のための詩も、小野十三郎全詩集には掲載されていなかった。むやみに現代詩が難解になった原因もその一端は、全詩集の編集方針にあるのかもしれないなあ。と私はコオロギの音を聞きながら愚考するのであります。

あと、私が推薦なのは岩崎書店「美しい日本の詩歌③ 室生犀星詩集・・」。小学生用の図書としてシリーズのように思われます(ですから案外小学校の図書館に置かれているかもしれませんね。普通の図書館にはないかもしれない)。そこに北川幸比古氏の解説があり、よかったなあ。

「動物詩集」には室生犀星の「序文」があります。
むろん少年・少女に語りかけているような口調なのですが、
これが戦争中の昭和18年に出たことを思い描きながら、読むとよいかもしれません。

「・・・いのちといふものを動物のなかに見てゐると、どういふ下等な動物でもいのちを大切にまもるために、飛んだり逃げたりすることが分ります。私はこの『動物詩集』でどういふふうに詩といふものが生まれたり、書かれたりするものであるかを、この沢山の詩のあらはしやうによつて、お話したやうな気がします。・・・脚のとれたいなごの、面白い歩き方をしてゐるのを書いてみても、それだけでも詩になります。なんでもないことで、それが実際にあつたことなら詩になります。詩といふものは一等書きやすいものです。うそを書かうとしたり、見ないで考へたことを書かうとしたら、詩はむづかしくなるのです。こんがらがるのです。・・・私がもつと少年のやうに若かつたら、面白い詩が書けたであらうと、そう思つたほどです。それほど詩は小さい時分に書くと面白いのが出来る気がします。これらの詩は四、五篇をのぞいては、みんなあたらしく書いたものです。」
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お経本。

2008-09-15 | Weblog
伯母の四十九日法要ということで、兄弟で出かけました。
精進落としの際に、話好きの坊さんに伺うと、
坊さんはもともとは漁師で、陸に上がって都会で勤めていたそうです。
奥さんがお寺の娘さんで、四十過ぎてから、坊さんになったそうなのです。
まあ、気さくに尋ねると話好きな住職でした。
曹洞宗。あの永平寺。もっとも、坊さんが修行したのは東京で3年間。

法要では、集まった方々にお経本が置かれてあり、修証義(しゅしょうぎ)の第一章から第三章まで
「みなさん、ご一緒に」ということで、声を出して読んできました。
第一章「総序」はこうはじまっておりました。

「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」
「人身得ること難し、仏法値(お)うこと希(まれ)なり」
「最勝の善身を徒(いたずら)にして露命を無常の風に任すること勿れ。
無常憑(たの)み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、
身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、
紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡(しょうせき)なし、
熟観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し、・・・」

こういうお言葉を声に出して読んできました。
お経本には、ちゃんと漢字に振り仮名がついており、
はじめての人にも読めるようになっておりました。
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弔辞と悼詞。

2008-09-13 | Weblog
京都市にある編集グループSUREより、新刊案内が届いておりました。
なかに、10月中旬発売の鶴見俊輔著「悼詞」(¥3675)の予約注文パンフあり。そういえば、最近新聞掲載された、鶴見俊輔の追悼赤塚不二夫の文が印象鮮やかで「鶴見俊輔氏いまだ健在なり」と思ったのでした。
パンフレットによると「悼詞のあとがきより」という短い引用があり。

「私の今いるところは陸地であるとしても波打際であり、もうすぐ自分の記憶の全体が、海に沈む。それまでの時間、私はこの本をくりかえし読みたい。これほど多くの人、そのひとりひとりからさずかったものがある。」

目次を見ると、最後の方に赤塚不二夫の名前ありました。亡くなった方々への鶴見俊輔氏の追悼文。その集成であります。

そういえば、丸谷才一著「挨拶はたいへんだ」(朝日新聞社)のあとがき代わりの対談で、こうありました。

【井上】これは伝記として素晴らしいんじゃなきですか。
【丸谷】あ、そうですか。なるほど、弔辞は伝記なんだ。
【井上】辻さんという、日本人ではじめてのことを成し遂げた人がいたわけですけど、その人の小さな伝記として、とてもいいなと思いました。朝日の人物事典とか、いろいろ開いて、較べてみました。もちろんそっちもいいんですよ。でも、こういうものでたくさんの人の伝記があったらいいなと思うくらい、いい伝記ですね。
【丸谷】たしかに、弔辞は一種の総決算ですからね。


弔辞と追詞と。
鶴見俊輔氏ご自身が、ご自身の文を繰り返し読みたいという文はどんなものか?という興味。

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こほろぎ忌。

2008-09-12 | 詩歌
「菜の花忌」といえば、司馬遼太郎の命日(2月12日)をいいますね。
ここ数年、わたしはコオロギが鳴く頃になると思い浮かべる詩があります。
それは詩人田村隆一をうたった追悼詩。
毎年、身近でコオロギがわずらわしいほど鳴く頃になると、
自然と、思い浮かぶ追悼詩なのです。
こう毎年思い浮かぶならば、いっそ今日から、
田村隆一の追悼日を「こほろぎ忌」と、私は命名いたします。
こういうのは、早い者勝ちですからね。
田村隆一が亡くなったのは1998年8月26日。
そういえば、今年我が家にコオロギが訪れたのは8月10日でした。
毎回、まずゴキブリかと間違えます。クモでもない。
なあんだ、コオロギか。という気持ちで訪問を受けいれる。というわけです。

おっと。話がそれました。
追悼詩は大岡信。題は「こほろぎ降る中で  追悼 田村隆一」。
この詩がいいのは、いちいち田村隆一の詩を思い出さなくてもよいことです。
まあ、そんなことはいいですね。
では、最初と、それから肝心な箇所とをピックアップして引用。

 田村さん 隆一さん
 あんなに熾(さか)んだつた猿滑りの花の
 鮮かなくれなゐも 薄れてしまつた
 蝉時雨に包まれてあんたが死んだ1998年も
 たちまち秋に沈んでゆく

 ・・・・・・・
 ・・・・・・・
 ・・・・・・・

 田村さん 隆一さん あんたが
 好き嫌ひともはつきり語つた二十世紀も了る
 こほろぎがばかに多い都会の荒地を
 寝巻の上へインバネス羽織つただけのすつてんてん
 あんたはゆつくり 哄笑しながら歩み去る

 ・・・・・・・
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奇妙な参議院。

2008-09-12 | Weblog
古新聞からの引用をしてみます。
読売新聞2008年2月17日の一面「地球を読む」は岡崎久彦氏でした。
そこに、
「・・・今の事態は、占領時代の憲法制定に際して、米側は一院制を主張し、日本側はチェック機能のある任命制の上院を主張して米側も一たん同意したが、今度は極東委員会のソ連などがその民選を主張し、結果として、衆議院と重複する強い権限を持ちながら、6年任期で、政府側には解散権がないという、奇妙な現在の参議院を作ってしまって以来内在する問題が、参院選の自民党惨敗のために顕在化したものであり、短期間で解決できるものではない。
憲法改正すれば良いと言っても通常の法律さえロクに通らない現状では容易に改正できない。政党人の意識改革で国家の重要な事項については超党派の合意ができれば良いが、テロ特措法の審議状況から見ればそれも望めない。・・・・」

この岡崎氏の文が掲載されてから、半年たちました。
この「奇妙な現在の衆議院」を長期間で解決する方法とは?
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秋蝉(しゅうせん)。

2008-09-11 | 詩歌
東京新聞9月7日(日曜日)のサンデー版に北見けんいち氏のマンガ「元気くん」が連載されております。その日は赤塚不二夫を追悼して想い出を描いておりました。

今日は、曇りで風すこしあり。
蝉が一匹鳴いておりました。
東京新聞9月7日の東京俳壇に

 囚はれの蝉のひと鳴き書道塾  板橋区 小林菊枝

鍵和田柚子(柚の左は禾)氏の選評は
「途中で捕えた蝉を持ち込んだ子がいたのか。静かな書道の最中なので、蝉の一声が抜群の効果。如何にも夏。」

小澤實選の最初の句は

  油蝉短く鳴いてそれつきり  世田谷区 山桂子

  
  空蝉は終の形でありにけり  江戸川区 梶原安之


ちなみに、岡野弘彦の東京歌壇選の最初は

 米作る人のなげきの聞えくるラジオ間近に引きよせて聞く
             埼玉県 町田正之助

読売歌壇(9月8日)の岡野弘彦選の最初は

 幾重にも木霊となりてひびきあひ朝森とよむひぐらしの声
            横浜市 水口信静

そこの読売俳壇。森澄雄選の最初は

 西行の小夜の中山秋の蝉  厚木市 山本啓介

小澤實選の最初は

 仰向ける秋蝉の脚うごきけり  東京都 日下部宏士郎


室生犀星に「動物詩集」(昭和18年刊)というのがありました。
そこの詩

    かまきりのうた

 みなさんさようなら、
 せみも
 ばったも
 とんぼうも
 みんなさようなら。
 びっこをひいたかまきりが一ぴき
 まだいきるつもりで、
 草の上で手をふってよんでいる。
 じぶんだけがまだたっしゃで
 あたたかい
 ひなたの土地をたびしている。
 そして
 せみよ
 ばったよ
 とんぼうよ
 みんな来年までさようなら。







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セリフなのだ。

2008-09-10 | Weblog
今日9月10日の読売新聞の「緩話急題」文化部石田汗太氏が写真入りで文を寄せておりました。そこに、昨日のブログに書いた続きが読めるのでした。
最後の方にこうあります。

「赤塚さんが食道がん手術を受け、退院した99年、『早くからペンを握ってなかったそうですが・・・・』と、インタビューでおそるおそる聞いたことがある。赤塚さんはうなずき、『オレのギャグの真髄はセリフだから』と言った。赤塚さんの本来のタッチは、アッコちゃんやバカボンのママのようなかわいらしい絵だったという。だが、それでは理想のギャグを表現できない。赤塚さんは高井さんをパートナーとし、古谷さんらのアイデアを借り、自分はネームに専念することで、唯一無二の『赤塚印』漫画を完成させたのだ。高井さんにあえて聞いてみた。自分の作ったキャラクターが、赤塚キャラとして知れ渡っているのは、どんな気持ちですか?『いいものですよ。僕は、友だちとして彼に協力したんだから』研ちゃんお願い、と言われるとなぜか断れなくてね、と高井(研一郎)さん。今よりずっとおおらかな時代、若き漫画バカたちが手を取り合った作品こそ『赤塚不二夫』だった。」

こうして、「セリフだから」という赤塚氏を思い描きながら、文芸春秋10月号のタモリの追悼文を読むと一層感慨深いものがあります。ちょっとその雑誌から引用しておきましょう。

「赤塚不二夫は、いつもギャグの事ばかり考えていました。喉の手術の直後もベッドの上でうれしそうに、面白い話を例の無邪気な笑顔で語っていました。意識不明になる前も、新しい漫画の構想を語っていました。物事の本質を突くするどい事を言うかと思えば、バカかと言いたくなる事も同時に言っていました。」


文芸春秋2008年10月号の、タモリの「追悼これでいいのだ、赤塚不二夫」は、いつかまた再読したい文なのだ。
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