ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

那覇「おもろ」新都心 <東京・IT 記>

2010-06-20 | Weblog

 那覇市の北部に再開発地区・新都心ができたそうです。1987年に米軍から返還された跡地を造成した。わたしは長年、沖縄には行っておりません。先日、東京の友人ITさんが訪れ、レポート・メールを送ってくれました。彼は日本はもとより、アジアをさまようフーテンの寅さんのようなひと。時々の寄稿が楽しみです。寅さんの虎之児レポート続編でしょうか。紹介します。[ 片瀬 ]

  2年前と同じように6月某日夕刻、那覇新都心おもろまちにある新聞社の応接室にいた。8階の窓からは、この辺一帯が見下ろせる。日々変わりゆく新しい街だ。立派な日銀沖縄支店、美術館・博物館、ホテル、DFS、シネコンもある巨大なショッピング・センター、放送局、新聞社、高層マンション・・・・。

 東京の感覚でいうと「お台場」だが、ここは高台だし、海沿いではないから、そういう形容は似合わないが「開発」という匂いは共通である。勢いはあるが、どこか味わいに欠ける、要するに殺風景なんである。土地の歴史が感じられない。が、実際は琉球王国の時代から、どっしり「歴史」のある土地だった。

  戦後、1953年に米軍によって強制接収され、将校、下士官、軍属の住宅地になった。学校やゴルフ場もあったという。実際、広大な土地である。占領者、植民者というのは異国にあっても、たいてい嗅覚鋭く、その土地の人が「いいところ」だと思う場所を自分のものにするものである。 30数年前に初めて沖縄に来た私には、この辺りの事情は知る由もない、知っていたとしても、日本人オフ・リミットだったわけで、見ることもできなかったろう。70年代に条件付き返還が日米で合意され、1987年に全面返還された。そして再開発が始まった。 目の前には、2年前と同じように巨大な貯水タンクが見える。

 数時間前、訪れた田園書房のレジで見つけた「未来」というPR誌を読んでいたら、目次の中に「沖縄からの報告3 シュガーローフの戦い」という一文があり、私は移動中の車の中でたまたま読んでいた。 この辺りが軍用地であったことは、数年前、モノレールで新都心に来た時には知っていたが、この巨大タンクがそびえる丘にまつわる話は不覚にも知らなかった。情けないほど無知なナイチャーの典型である。 沖縄戦の激戦地だったのである。壮絶な肉弾戦が繰り広げられ、多くの日米軍人、そして民間人が死んだ。 かつて、この丘からは慶良間諸島が望めることから、地元では「慶良間チージ」(慶良間が見える丘)とよばれていたという。戦争中、日本軍はこの丘を「すりばち丘」、米軍は「シュガーローフヒル」と呼んだという。おびただしい戦死者たちの場所なのだ。そんなに昔の話ではない。

  風景が一変すると、その土地の「記憶」まですっかり消えてしまう。

<2010年6月20日 東京・IT発>

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宇宙の「虎の子」 <片瀬五郎 記>

2010-06-20 | Weblog
 7年もの間、宇宙をさまよった宇宙探査の小舟「はやぶさ」MUSES-C。オーストラリアのウーメラ砂漠に予定通り、無事に着陸帰還しました。6月13日のことです。この地は原住民アボジリニの聖地であり、だれも住んでいない。あえて無住の地への着陸許可を、宇宙航空研究開発機構JAXSAはアボジリニの皆さんと打ち合わせていたのではないでしょうか。万が一の杞憂人身事故をも配慮した、周到な帰還計画だったのでしょうか。

 満身創痍、ボロボロになりながら、はやぶさは何度も迎えた危機にもめげず、地球からの操作にこたえ続けた。健気な姿には、ほとほと感心してしまう。
 いつも行く百万遍のガソリンスタンドのおやじさんは、「男の鏡ですなあ。感激しました。はやぶさの一途な勇姿には、励まされます。たいした奴ですねえ」
 はやぶさの航行距離は60億キロ。地球と太陽の距離の40倍に相当するそうです。宇宙で迷子にもなりながら、寅年に無事帰還した本当にたいした奴です。
 ところで「はやぶさ」の本来の名は「虎之児」。「虎は千里行って千里還る」と、山頭火からとった。「此機宇宙翔百億里」、開発初期時点からの名だそうです。また佐賀県嬉野市の井手酒造の銘酒・虎之児にちなむ。井手酒造からは命名祝い、成功帰還祈願に日本酒「虎之児」が飲みきれぬほど、JAXSAにプレゼントされたそうです。<参考ホームページ:宇宙航空研究開発機構JAXSA>

 はやぶさ、すなわち大切な虎之児は大気圏に突入し、役目を終え燃え尽きました。TVでも使命を果たし、炎を放つ探査機の映像をみましたが、彼の勇姿には涙が溢れそうになりました。しかし血も涙もないわたしです。溢れそうでしたが、こぼれませんでした…
 核のカプセルは、ウーメラ砂漠にパラシュートを開いて落下しました。ラーメン鉢を2枚重ねたような型です。はやぶさトラの愛児、虎之児之子は直径わずか40センチほどの、胎内秘蔵だったかわいい赤子です。カプセルは、径500メートルほどの極小惑星イトカワの砂を持ち帰ったのでしょうか。結果は数か月先に発表されますが、入っていなくともいいと、思います。おみやげは、宇宙のロマンで十分です。夢を無事に持ち帰ったのですから。

 ところで、虎之児の後継機「はやぶさ2」ですが、文部科学省が申請した開発費17億円が、例の民主党の予算見直し、事業仕分けでわずか3000万円に削られてしまった。これでは虎之児の子どもは産まれない。科学技術や文化事業の仕分けは、もっと柔軟に対処すべきだと思います。今回の快挙を評価し、追加予算を潤沢に復活追加しても、国民のほとんどは決して異をとなえないのではないでしょうか。

 話しはかわりますが、京都の岡崎動物園で、トラの子が3頭産まれました。「虎之児」帰還の3日後の16日から3日間、まいにち1頭ずつの出産でした。母のアムールトラ「アオイ」は、愛児の虎の子をネコかわいがりしています。こちらも大切な虎の子です。すくすく育つことを願います。子どもの1匹には「はやぶさ」と、命名してもらいたいですね。
 それから銘酒「虎之児」。宇宙の「はやぶさ」とアオイ母子のことを想いながら、一献やりたいものです。どこの酒屋で売っているのでしょうか。
<2010年6月20日 片瀬五郎>
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