水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

疲れるユーモア短編集 (61)待つ

2021年04月12日 00時00分00秒 | #小説

 待つは、人を待つ、物事の始まりを待つ・・という場合に分かたれる。物事の始まりを待つ場合は、決まった物事に対して自(みずか)らが勝手に待つ訳だから疲れる度合いも小さく、疲れるとしても、まあ仕方ないか…くらいのものだろう。例えば、列車の遅延とかがそれに当たる。そこへいくと、人を待つ場合は相手がいることだから些(いささ)か事情が異なってくる。相手が待たせれば、待つ当人はイライラして疲れる度合いも大きくなる。これもまあ仕方がないと言えば仕方がないのだが…。^^
 一人の男がとある駅ホームで新幹線の到着を待っている。
「間もなく◇番線ホームに○○時△△分発、ドコソコ行きの列車が入ります。危ないですから黄色い点字ブロックの内側まで下がってお待ちください…」
 流暢(りゅうちょう)で声色のいい若い駅員のアナウンスが流れた。それはいいとしても、列車が濃霧の関係で半時間以上遅れ、男はイラついていた。イラつけば当然、気分も疲れる訳で、男は少し腹を立てていた。
『フンッ! 別に黄色い点字ブロックまで下がって待たなくてもいいだろっ! 俺はこのままベンチに座ってるっ!』
 男の内心だから他人に聞こえる訳ではない。やがて、列車が少しずつ速度を落とし。静かにホームへ停車した。ドアがスゥ~~っと開く。だが、男はまだ怒りが治まっていなかったから、そのまま駅のペンチに座っていた。しばらくして、流石(さすが)に男も乗り遅れる危険を感じたのだろう。まっ! これくらいにしておいてやろう…と、勝手に納得してベンチを立とうとした。ところが、である。そのとき男が着ていた長裾(ながすそ)のコートがどういう訳かペンチの片隅に引っ掛かってしまったのである。男は必死に外そうと焦った。
「ドアが閉まります…」
 ふたたび流暢で声色のいい若い駅員のアナウンスが流れ、ドアが静かにしまった。ついに男のコートはベンチから離れなかった。コートを脱ぎ捨てて乗る訳にもいかず、男はコートと運命を共にしたのである。早い話、乗れなかったのだ。^^
「ぅぅぅ…勝手に行っちまえっ!!」
 列車がホームから消え去ったあと、男は独りごちた。
 待つ場合は、気分的なゆとりを持たないとイライラして疲れるから注意する必要がある。ただし、気の長い人は関係ない。^^

                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする