することもなく街に出てみようか…と、太月(たづき)は春の陽気の中、のんびりと商店街へ入った。人通りは多くも少なくもないようで、いつもと変わりがないように思えた。
しばらく太月が商店街を歩いていると、前方にかなり大きな人だかりが出来ているのが見えた。なんだ? と瞬間、思えた太月は早足で近づいていった。
「なにかあったんですか?」
人だかりの外側の一人に、太月はそれとなく訊(たず)ねた。
「いや、私もよく分からないんですよ…。あの、なんなんですか?」
太月が訊ねた男は、背を向けて覗(のぞ)き込む内側の男にもまた訊ねた。
「さあ…なんなんですか?」
その内側の男は、背を向けて覗き込むそのまた内側の男に訊ねた。
『さあ… …』
そのまた内側の男は、そのまたまた内側の男に訊ねた。ドミノ伝達である。もはや太月には答える男の声が聞こえなくなっていた。それも当然で、かなり大きな人だかりのガヤガヤした喧騒(けんそう)が、そのまたまた内側の男の声を消したのだ。結局、太月は人だかりの後ろ姿を見るばかりで、その騒ぎが何なのか知り得ず、立ち去ろうとした。そのときだった。人だかりの内側から小さな声がした。その声は徐々に大きくなり太月めがけて近づいてきた。逆ドミノ伝達である。太月は足を止めた。
「ああ、そうですか…。ここで、昨日(きのう)撮(と)られた宇宙人の写真ですか。…だ、そうです」
前の男は振り返ると、訊ねた後ろの男に返した。
「ここで、昨日撮られた宇宙人らしいです」
「ああ、そうですか…。ここで昨日、捕(と)らえられた宇宙人の写真らしいです」
その後ろの男は振り返り、そのまた後ろの男に返した。
「ここで捕えられた宇宙人の写真らしいです」
そのまた後ろの男は振り返り、そのまたまた後ろの男に返した。さのまたまた後ろの男は太月だった。
「ああ、そうですか…」
太月は宇宙人なんかいるかっ! と馬鹿馬鹿しく思え、その場から立ち去った。
長いドミノ伝達はそのまま伝わらず、内容を変化させる場合が多い。
完