水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -6- いやだいやだ…

2022年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 スーパーでゴチャゴチャと買物をしてお釣りをレジで受け取ったまではよかった田神だったが、そのあとがいけなかった。というのも、買物篭から袋へ入れ替えたとき、手にしていた硬貨を数枚、落としてしまったのである。しまった! と思ったときは、時すでに遅し・・だったが、それでも下に落としたのなら拾えばいい訳だ…と考えることもなく身体を屈(かが)めていた。
 収納台の下の屑篭(くずかご)をずらすと、1円硬貨があった。なおも田神はフロアを探したが、他には見つからなかった。まあ、落としたのはこれだけだったんだろう…と田神は中途半端に納得して、自転車で帰宅した。ところが、である。レシートを見ると、お釣りは8円だった。当然、5円硬貨1枚と1円硬貨が3枚なければならない。だが、5円硬貨がどうしても見つからない。繊細な田神は、ああ、いやだいやだ…と、テンションを下げた。さて、どうしたものか…である。田神は腕を見た。まだ、昼には35分ばかりあった。幸か不幸か、買い忘れた白菜があった。サバ缶と白滝の白菜煮・・これは、まったりと心が和(なご)む和風の一品である。洋食ばかりで、少しそういったものも欲しい頃合いだったから、白菜の買い忘れは主役抜きのようなものでキャスト不足となる。よしっ! もう一度、収納台の下を探すか…と思えた。一石二鳥でもあった。そう閃(ひらめ)いたとき、田神の足はすでに動いていた。
 スーパーへ着くと白菜をまず買った。カードをレジで出そうとすると、「100円以上です…」と言われ、田神は小恥ずかしくお釣りの16円を受け取った。問題はここからだ! と田神は思った。落とした収納台の下に5円が落ちているか・・それが問題なのである。白菜を袋に入れ、さて…と屈んでフロアを探したが、残念なことに見つからなかった。まあ、寄付したことにしよう…と諦(あきら)めかけたとき、老婦人が「どうかされましたか?」と訊(たず)ねた。田神は瞬間、「いえ、いいんです…」と小さく言って立ち去った。よく考えれば。何がいいのか分からないのだが…。少し、いやだいやだ…の気分は解消されたが、少し寂しい思いがした。

                    完

 ※ 田神さんの話によれば、レジに並んでいたとき、何も買わずにレジを通過した者がいた・・という経緯はあったようです。^^ それが関係しているのか? は別として、目に見えない出来事は怖いですね。この世の警察では分かりませんから…。^^


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