世の中で人と対するとき、自分の置かれた立場、例えばこれは地位とか名誉とか裕福な資産がある場合なのだが、対等であるにもかかわらず、知らず知らず相手に対し、いつのまにか見下(みくだ)して話している。そのことを話している当の本人は知らないから、余計に具合が悪い。こうなると相手は、話しているというより、よく語るな…、あるいはよく講釈をたれるな…などと、少なからず腹が立つことになる。
「なかなかいい陽気になりましたが、一昨日(おととい)の季節外れの雪には参りましたよ、ははは…」
隠居の裾岡(すそおか)は垣根越しで隣りの隠居、向峰(こうみね)と話していた。
「この冬はエルニーニョとかで暖冬でしたからな。ほほほ…北条は侮(あなど)れません」
向峰は口髭(くちひげ)を指で撫(な)でつけながら、達観したように少し偉(えら)ぶって返した。
「はっ?」
意味が分からず、裾岡は訝(いぶかし)げな顔つきで向峰を見た。
「いやなに…テレビの大河の話ですよ、ほほほ…あなたには、お分かりにならんようですな」
相変わらず見下しぎみに話す向峰は、達観したように、また口髭を撫でつけた。裾岡は、この言われように少しカチン! ときた。一体、何さまのつもりだっ! と怒れたのである。
「分かりますよっ! ええ、分かります。太閤殿下の北条攻めで北条は絶えますっ!」
興奮した裾岡の口は、思わず禁句を発していた。
「絶えはしないでしょうがな、ほほほ…」
程度の低い人だ…とでも言いたげに、向峰は裾岡を見下した。
「ちょっと、急ぎの用を思い出しましたので…」
見下された裾岡は、罵声(ばせい)になるのを避けるように、垣根から引っ込んだ。
見下すような物言いは、どのような場合でもよい結果を生じない。
完