水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -10- 検索

2022年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 世の巷(ちまた)にパソコンが蔓延(はびこ)るようになって幾久しい。思えば、1998年、某社のシステム・ソフトが発売されるに及んで、黒山の人だかりが起こり、世界は物流の大きな転換期を迎えた。そして現在、パソコンは人々にとって欠くことの出来ない存在となりつつある。なんといってもパソコンを利用した検索は便利で、情報を容易に得る手段として格好の機能となっている。
「課長、調べときましたっ!」
 市役所、商工観光課の高岩(たかいわ)は、まるで鬼の首を取ったかのような大声で唸(うな)った。課内に響き渡るような声に、課員一同が高岩のデスクへ一斉(いっせい)に視線を走らせた。
「…」
 課長の押花(おしばな)は一瞬、なんのことだ? と、返答できなかった。
「いやだなぁ~、動物園ですよ、動物園」
「あっ! ああ…アレな? そうそう、動物園。アレ、どうだった?」
 新しく市営動物園が開設されることになったのだが、事業展開の予算執行が始まる来年度までに、市の総合開発計画の一環として、商工観光課はその中心的存在に祭り上げられていた。去年までは、窓際(まどぎわ)族とまではいかない程度の者達が島流しのようにショボく勤めていた職場だった。それが俄然、脚光を浴びるようになったのは市の活性化策を盛り込んだ予算が議会で承認された直後からだった。今や、高岩を含む商業観光課の全員は一躍(いちやく)、英雄的存在だった。
「いやぁ~、維持費、減価償却費、管理費など、どの自治体でも、いりますねぇ~」
「そら、いるだろう…」
 押花は、当たり前のことをいうヤツだな…という顔で高岩を朧(おぼろ)げに見た。
「大都市圏では、それなりに五十歩百歩で潤(うるお)ってるようですよ。まあ、景気がよかった頃に比べると今一みたいですが…」
「その検索、間違いないんだろうな?」
 そのとき、バタバタと音がして、出張から帰った安川が課へ入ってきた。
「課長、甘かったですね。二、三、回りましたが、どの市も採算が…。もう一度、計画は一から見直した方がいいようです。展開してからでは遅(おそ)いですから」
「やはり、そうか…。部長以上にはそう言っておく。安川君、ごくろうさん」
 押花は渋面(しぶづら)を作り、高岩を見ながらそう言った。現実を直視しない電子システムの検索は、時折り、想定外の間違いを結果とするのである。

                    完


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