蒼辺(あおべ)は春の陽気に誘われ、のんびりと自転車を漕(こ)いでいた。ギコギコと走らせていると、ああしてこうして…と、これからの予定が浮かんでくる。まずは、久しぶりに昔からある公園にでも行ってみるか…と蒼辺は思った。長い間、寄っていなかった・・ということもある。記憶に残るのは数十年前で、当時はよく親子連れもいた小奇麗な公園だったが、その後どうなったかまでは知らない蒼辺だった。公園でしばらく時を過ごし、小腹が空(す)いたところで、近くにあるはずの洋食屋、マロンで美味(うま)いステーキを食べる。確か…¥1,600ばかりでブランド牛の安価で柔らかい、舌が蕩(とろ)け落ちそうな絶品味が賞味できるはずだった。そして、腹が満ち足りたところで、その隣(となり)の珈琲専門店、楽園で食後の至福の一杯を味わう。カプチーノがいいか…と蒼辺は思った。そしてそのあとは…。まあ、そのとき考えれぱいい。蒼辺はそんな、ああしてこうして…を頭に思い描き、自転車を漕ぎ続けた。
公園へ入ると、公園は案に相違して人っ子一人いなかった。そればかりではない。荒廃した佇(たたず)まいは、もはや公園と呼べるものではなかった。座り心地のよかった木製ベンチも足の一本が朽(く)ち果てて折れ、僅(わず)かな傾斜角で傾いていた。しばらく時を過ごすつもりの蒼辺だったが居たたまれず、洋食屋のマロンへ向かった。ところが着くと、店は定休日で閉まっていた。蒼辺が思い描いたああしてこうして…は、二つまでも思いは果たせなかった。仕方がない…と蒼辺は隣の楽園前で自転車を止めた。そのとき、である。
「すみませんねぇ~、今日は臨時休業なもんで…」
店主らしき男が出てきてシャッターを閉じ始めた。
「ああ、そうですか…」
仕方なく、蒼辺は元来た道を戻(もど)り始めた。このままかっ! と、蒼辺は無性に腹が立った。いつの間にか知らない道を辿(たど)っていた。すると妙なもので、見たことがない和食の料理屋が目の前に現れた。蒼辺は店に入った。すると、メニューに美味(おい)しそうな写真入りの品書きがあった。蒼辺はそれを注文し、満足げに食べ終えた。すると、オーダーしていないのに、和菓子と抹茶茶碗を盆に載せ、店主が持って現れた。
「初来店のお客様への開店記念のサービスでございます…」
「ああ、そうですか…」
ああしてこうして…は果たせなかったものの、気分よく蒼辺は帰宅した。それ以降、蒼辺は、ああしてこうして…と考えるのはやめている。
まあ物事は、考えず動くと失敗して上手(うま)くいかないものだが、ああしてこうして…と考え過ぎるのも上手くいかない場合が多い。
完
物事には、しまった! と気づき、やりなおしになる場合がある。早く気づけばいいが、今一歩のところで…というときに、しまった! と気づくケースは、いただけない。すべてが水泡(すいほう)に帰す・・とは、まさにこのことで、初めからまた始めなければならないからだ。ほんのごく短い時間とか、そんな大して手間取らないならいいが、数年を費やしてやってきたこととか、かなり長期に及ぶ場合だと、投げ出したくなる・・というものである。
二日の行程で羽崎(はざき)は山を縦走し、下山する帰途を辿(たど)っていた。山小屋を今朝出た計算で行けば、あと小一時間で麓(ふもと)へ着く計算である。そう急ぐ必要もないと、羽崎はのんびりと歩をゆるめていた。ところが、である。さて、この辺りで休憩しようか…と思ったとき、とんでもないミスを犯していることに気づいた。それは、この登山目的の根幹を揺るがしかねない事態で、軽く笑って済むような話ではなかったのだ。こんなポカミスをなぜっ!! と羽崎は自分自身に腹が立った。というのは、このままでは下山できないミスだった。パンフレットに載せる写真を撮ったネガフィルムの袋を今朝、出た山小屋に忘れたことを思い出したのである。さあ、どうする! …と羽崎は冷や汗を流し、うろたえた。締め切りは幸い、三日後だったから、下りてきた道を山小屋まで取って返せば、なんのことはない…と気づいた羽崎は、休憩をやめ、また下りてきた道を逆に登り始めた。今日中には山小屋へ着くから、山小屋で一泊し、明日(あす)の朝、下りればいいさ…と思いなおし、うろたえた気分も消え去った。
「あの…お預けしておいた袋は?」
山小屋へは昼前に戻(もど)れ、羽崎はさっそく山小屋の従業員に預けたフィルム入り袋を返してくれるよう話した。ところが! である。
「えっ? 朝、お返ししましたよっ。嫌だなぁ~」
山小屋の従業員は、キョトン! とした顔で羽崎の顔を窺(うかが)った。羽崎としては返してもらった記憶がなかったから当然、従業員の言葉は解(げ)せなかった。
「そんな馬鹿なっ! 返してもらってませんよっ!」
「いやいやいや、下山されるというので、会計をしたとき確かにお返ししました」
話し合いは数十分に及んだが、水かけ論となり、いっこう消えたフィルム袋は出てこなかったのである。羽崎は、これでは埒(らち)が明かん! と、やりなおしを考え始めた。
「あの…フィルムは売ってますか?」
「ああ、はい…。普通のフィルムなら」
「それで結構ですっ!」
羽崎は山岳写真家だったから使用しているフィルムは専用フィルムだったが、そんな贅沢(ぜいたく)を言っている場合ではなかった。フィルムを購入したあと、羽崎は撮りながら来たルートを逆縦走し、最初に登り始めた地点へ無事、下山した。締め切りは明日だったが、それでもまあ、間にあうことは間に合ったのである。
やりなおしにならないよう注意しないと、苦労することになるが、まあ、人が上達するいい薬にはなるようだ。
完
※ 紛失したフィルム袋は山小屋の前に落ちていたそうで、後日、郵送されたとのことです。しかしそのときは締め切り後で、結局、羽崎さんの苦労は無駄ではなかったということです。よかった、よかった。^^
うっかり、朝寝坊した浅見はカップ麺で、遅(おそ)めの朝食を済ませた。時の流れの、なんと早いことか…と有名な文学者にでもなった気分で思ってみた浅見だったが、よくよく考えれば、寝坊しないよう目覚ましをセットし、○時には起きるぞっ! と意を決して眠ればよかったのだ。単にもうこんな時間か…と寝たものだから、迂闊(うかつ)といえば迂闊だったのだ。そんなことを思っている間に、カップ麺は出来上がっていて、すっかり伸(の)びてしまっていた。浅見は腰のない軟(やわ)い麺をズルズル…と口へ運びながら、ああ、俺の人生もこんなものか…と侘(わ)びしく思った。気づけば、何もない人生の2/3以上が過ぎていた。浅見は、早い…と、また思った。
ようやく食べ終え、今日は何もすることがなかったな…と巡っていると、昨日(きのう)やり残した修理が残っていたのを、ふと浅見は思い出した。これは急がないとっ! …と腕を見れば、すでに1時を回っていた。慌(あわ)てて浅見は、やり残しの修理に取りかかった。修理は殊(こと)の外(ほか)手間取り、浅見が終わって腕を見ると、すでに5時前になっていた。休憩する間(ま)もなく、楽しみにしていたコーヒーの一杯も飲めない恨(うら)めしい気分で浅見は修理道具を収納し終えた。思わず、時の巡りは早い…と浅見は思った。だがまあ、これからひと息いれればいいか…とインスタント・コーヒーの粉を入れたマグカップに湯を注いだとき、ピンポ~ン! と玄関のチャイムが鳴った。なんだっ! と、浅見は少し怒り気分で玄関へ急ぎ、「はい!」とひと声かけた。するとすぐ、『書留ですっ!』と返ってきた。浅見が以前、受けた入社試験結果の返信の封書だった。結果は合格していた。早いなっ! と思ったが、その早さは浅見にとっては他の早さと違い、いい意味で早かった。
早い…と感じる場合も、良い悪いと、いろいろある。
完
行楽の春が近くなると、冬眠を決め込んでいた角吹(つのぶき)も、さすがに家を出たくなった。雲雀(ひばり)の声が賑(にぎ)やかで、早く目覚めた・・ということもあったが、暖気のせいか、いくらか気分が花やいだ・・というのが実のところだ。
「やあ、角吹さん。お出かけですか?」
「ええ、まあ…」
隣りの鹿山は、珍しそうな顔で角吹に声をかけた。角吹は内心、俺だって出かけることはあるさっ! とムカついたが、そう言う訳にもいかず、思うに留(とど)めた。
しばらく歩くと、見馴れた山裾(やますそ)の畑が見えた。春先には恒例の野焼きが行われる畑は、枯れ草で茶色っぽかった。枯れ草を焼くことにより、地はアルカリ質の肥料を得(え)、しかも害虫の消毒ともなる一挙両得の策だ。しばらくこの辺(あた)りに足を向けたことがなかった角吹は、ひと巡りしてみるか…と、ふと思った。のんびりと歩くつもりで出た家だったから、とり分けて急ぐ必要もなかった。
通ったことがある細道を進んでいた角吹だったが、しばらく行っところで見かけない家に出食わした。こんなところに家なんかあったか? と訝(いぶか)しく思った角吹だったが、まあ最近、新しく建ったんだろう…くらいに軽く思い、見過ごすことにした。ただ、家が近づいたとき、その家がそれほど新しい家でもなかったのが少し解(げ)せなかった。ところが、である。またしばらく歩くと、まったく記憶にない光景が展開し出した。そんなことはない! と角吹はまた訝しく思え、一端、足を止めて辺りを見回した。だが、やはり一度も通ったことがないところのように思えた。角吹は道を間違え、知らない土地に迷い込んだか…と思った。そう思うと気も漫(そぞ)ろとなり、のんびり歩いている相場の話ではなくなってきた。角吹は焦(あせ)り始め、当然、足は早くなった。そしてまた、しばらく行くと、ようやく見馴れた光景が開けた。しかしそれは、出たはずの角吹の家だった。一周したのか…と、最初、角吹も合点がいった。ところが、である。
「やあ、角吹さん。お出かけですか?」
「ええ、まあ…」
隣りの鹿山が珍しげに言葉をかけ、角吹は思わずそう返していた。そのとき、おやっ? と角吹は思った。確かに数時間前、この状況はあったぞ! …と。角吹は慌(あわ)てて腕を見た。不思議なことに朝、出かけた時間だった。出たのに、また出たのである。怪(おか)しい!! と角吹は怖くなった。そのとき、目覚ましの音が祁魂(けたたま)しく角吹を襲い、角吹はハッ! と目覚めた。雲雀の声が賑やかに聞こえ、麗らかな春の朝日が窓から射していた。角吹は夢を見ていたのだった。どう考えても、出たのに、また出るという現実はない。
完
下岸は買い物に出かけた。取り分けていつもと違うということはなく、ごく有りきたりの買い物をして帰宅した。
買い物袋を置き、ふと外を見ると、軒(のき)の雨樋(あまどゆ)に落ち葉が積(つ)もり、詰まっているのが見えた。恐らくは昨日(きのう)の激しい豪雨で流れ積もった・・と思われた。このままにしておけば、次に雨が降ったとき、雨水は下へ流れず、溢(あふ)れ落ちることは確実に思えた。このままには、しておけない! と、思う間もなく、下岸は動いていた。脚立(きゃたつ)を物置から出して雨樋の下で立て、上へ昇ると雨樋の落ち葉を少しずつ手で下へ掻き落とし始めた。しばらくすると、詰まっていた雨樋は、すっかり落ち葉がなかった状態へ戻(もど)っていた。下岸は幾らかの達成感を得て、満足げに脚立を元どおり物置へ収納した。さて! と買い物袋を手に家へと入り、買った物を出した。そこまでは何事もなかったように思われた。ところが、である。昼にするか…と、昼用に買って帰ったはずのチラシ寿司のパックを探したが見当たらない。買い物袋の物はすべて冷蔵庫へ収納したのだから、どこへも行くはずがない。買ったはずが…妙だ? と下岸は首を傾(かし)げた。レシートを確認すると、確かにチラシ寿司は買われていた。と、いうことは…と、もう一度、外へ出た下岸は、買い物袋を最初に置いた場所を確認した。だが、やはりチラシ寿司は落ちていなかった。となると…と、茫然(ぼうぜん)と視線を遠くに向けると、パックらしきものが畑の向こうに見えた。下岸が近づくと、食べられたあとのチラシ寿司のパックだった。カラスがカアカアカア…と嗤(わら)う声が聞こえた。してやられたかっ! と下岸は思った。つい、手抜かった失敗だった。どうも、雨樋を掃除している間に運び去られた形跡があった。やはり黒いだけのことはあるな…と下岸は失敗を反省し、油断ならないカラスの周到さに感心した。買ったはずが…と失敗しないためには、油断は禁物なのである。
完
(99)のブービーより下の最下位、これがラストだ。最終を意味する和製英語で、この短編集も、実は(100)となり、残念ながらこのお話でラストとなる。誰が(100)をラストに決めたか? だが、私が勝手に決めたのだから、どぉ~しようもない。^^ ラストは、そのあとがなく、なぜか暗い気分にさせる感は否めない。それに比し、最初のファーストは、これから始まっていく楽しみで、なぜか明るい気分になる。新年、第一回etc.いろいろとある。ただ、歌舞伎なんかでは、♪さぁ~~て、どんじりに、ひけぇ~しはっ!♪の南郷力丸さんの口上となる明るいラストもある。^^ この場合は、啖呵(たんか)のよさに聴衆は明るい気分にさせられるようだ。
とあるプロ野球の試合が行われている。2-1で負けが濃厚な9回2アウト走者2塁、後攻チームの打者が打席に立っている。3ボール2ストライク・・まさに究極の手に汗握るラストだ。どうなるっ! …どうなるっ!! 観客の興奮は頂点に達しようとしている。まさにクライマックスのラストなのである。ここで三振か? シングルヒットかっ!? 長打かっ!?
そして、運命のときは静かに訪れる。ヒ、ヒットだっ! は、走れ走れっ!! 球が返球されるっ! 本塁に滑り込むランナー、し、審判の手はっ! 片手が上がりかけて止まり、両手が大きく開くっ! セ、セーフ!!サ、サヨナラ逆転である! 観客が興奮の坩堝(るつぼ)と化す。
ラストは暗くない、こんな興奮を与える一面もあるのです。もちろん、明るくなりますよねっ!^^
※ むろん、期待ハズレで暗くなる場合もあるのですが…。^^
完
ブービーという言葉がある。最下位より一つ上のランクを意味する和製英語だ。日本風に分かりやすく言えば、お尻(しり)より二番目っ! ということである。^^ 結果が最悪で暗いにもかかわらず、どういう訳か賞が頂戴でき、明るい気分になる不思議なランクだ。
とある町役場である。、この男、職員の蕗川(ふきかわ)も、どういう訳かブービーが多い男だった。上司の仕事の評価も悪く、そうかといって同じ課で最悪の土筆(つくし)よりは、いつも少し出来がいい評価だった。課ではブービーさんで通っていた。
「あっ! ブービー君、ちょっと!!」
課長の猪豚(いのぶた)に呼ばれた蕗川は課長席へと歩んだ。
「君に頼んだアレは出来てるかい!?」
「アレというと、ナニですねっ?」
「そう! そのナニだよ」
「ナニは出来ました。今、土筆さんに仕上げをしてもらっています」
「ああ、そうか…。おいっ! 土筆君っ!」
「はいっ!! 何でしょう、課長!?」
「ナニは出来てるかいっ!!?」
「えっ!? ナニというとアレですかっ!?」
「そう、アレだっ! いや、そうじゃない、ナニだっ! …んっ? どっちなんだ!? もういいっ、ナニでもアレでもっ! とにかく出来てるかっ!!」
「出来てません…」
蕗川はニタリと明るく笑った。蕗川は、やはり最後に笑えるブービー男だったのである。^^
完
コレッ! といったアイデアが長時間浮かばなかったときの気分は、さすがに暗いだろう。そんなとき、パッ! っと、思いもよらなかったアイデアが閃(ひらめ)けば、間違いなく気分は明るくなるはずだ。とある大学の付属研究所でも、まさにそれが現実になろうとしていた。
「き、教授ぅ~~!! つ、ついに、で、出来ましたねっ!!」
「ああ、狸崎(まみざき)君、つ、ついに出来たよっ!!」
新しい万能薬が完成し、狐山(こやま)教授は助手の狸崎を思わずハグした。
「く、苦しいですよっ、教授っ!」
「ああ、すまん、すまんっ! だが、数年前に、なぜこの研究方法が閃かなかったんだろっ!?」
「教授、閃きっていうのは、閃くときに閃くものですよっ!」
「そんなもんかねぇ~?」
「ええ、そんなもんです。 現に最近、僕に閃いた通勤方法なんですがね」
「通勤方法? 何だい、それは?」
「鯖尾(さばお)駅から乗るより、一つ先の焼鰯(やきいわし)から乗った方がお得だってことです」
「何だい、それは? ますます、分からんっ!」
「大した距離じゃないんでね。自転車で五分差なんですよ。それで運賃が50円安いんですっ! ひと月の定期ですと、すごいですよっ!」
助手の狸崎は明るい顔で説明した。
「ああ、そう…」
狐山教授は、大した閃きじゃないぞ…と、暗く思ったが、万能薬の完成に水を差すと思い、そうとは言わず笑って暈(ぼか)した。
閃きに対する評価は人それぞれで、明るくも暗くも思えるのである。^^
完
見透し・・この言葉は、ただ単に表面を見通すのではなく、奥底までスキャンして見透すことを意味する。漢字が違うだけで同じじゃないかっ! とお怒りの方もおられようが、ここはひとつ、ひな祭りの甘酒でも飲んでいただいて、ご容赦をお願いしたい。甘いものがダメな方々は、適当に飲み食いして下さい。ただし、あなた方がグデングデンに酔おうと、当方は一切、責任を持てないのでそのつもりで…。このご注意は、自動的に消滅します。^^
先の見透しが効けば、これはもう気分が明るくなる。なんといっても、先々のアアナル、コウナルが分かっているからだ。未来が分かれば、手の打ちようもあろうというものだ。この男、金崎(かねざき)も、とある私的情報機関を利用し、先の見透しが分かる男だった。
「なにっ! 亜才(あさい)グループが阿桜(あさくら)ホールディングスの傘下に入った、だとっ!! それは本当かっ!」
明るい気分で秘書の淹(い)れたブルーマウンテンを味わっていた尾駄(おだ)会長は、俄(にわ)かに暗い顔になった。
「はっ! 機関の情報は間違いのない事実かと考えられます…」
会長付専務の志旗(しばた)は低姿勢で尾駄に進言した。
「あれだけ硬い約定を交わしておきながら…。おのれっ、亜才っ!!」
「会長っ! 如何(いかが)いたしましょうっ!?」
「イカがも、タコがもないわっ!! ここは、ひとまず撤収じゃぁ~~!!」
「と、申されますとっ!?」
「亜才グループに放った執行役員達を、すべて本社へ戻(もど)せ、と申しておるのだっ!」
「ははっ! ただちに役員会にてそのように…」
「頼んだぞっ、志旗っ!!」
「ははぁ~~~!!」
「わしは、ひとまず、隠居じゃ隠居っ! さらばっ!」
尾駄会長は会長室を出ると、屋上に常時、待機させている会長専用機のヘリコプターに飛び乗り、秘書室長の欄間(らんま)の先導で保養地の別荘へ明るく飛び立った。
こういうこともあろうかと…という明るい先の見透しを用意周到に準備しておけば、暗い失着はない訳である。^^
完
理(り)が無ければ無理となる。無理なことをしても成就(じょうじゅ)せず、心は暗くなるばかりだ。ということは、成そうとする行為に理があるかどうかを、冷静に見極める力が必要となる。そうすればコトは首尾よく運び、明るい結果が展望できる訳である。軍師、参謀・・などといったお偉(えら)い方々は、その先見性の能力に長(た)けている方々だろう。私なんか、さっぱりだ。^^
とある町に住む、その日暮らしの鶉(うずら)も、時々の行動に理があるかどうかを探りながら日夜、暮らしている男だった。会社にリストラされ、もう彼是、二十年以上が過ぎていた。そうなれば、生活をやっていけるコツといったようなものが自(おの)ずと鶉の頭脳に備わってくる。その潜在能力は進化と呼べるものだった。
『待てよ…ナニはアレになりそうだから無理だな。ならば、コレでいけば理が有るかも知れん…』
鶉は、こうして日々を暮らしていたのである。そんなことで失敗が少なくなるにつれ、自然と気分が明るくなった。
そして、その日もコトは順調に推移し、失敗は自然と未然に防(ふせ)がれた。^^
『よしよし…』
鶉は明るい気分で、浴室のシャワーを弄(いじ)りながらそう思った。思った途端、シャンプーを切らしていたことに、気づいた。鶉の気分は暗くなった。鶉が洗髪を続けることに理はなかった。
理の継続には油断が禁物で、明るい気分でも暗く変化しやすいですから、呉々(くれぐれ)もご注意をっ!^^
完