②今回のシリーズは、石田三成についてお伝えします。
三成は巨大な豊臣政権の実務を一手に担う、才気あふれる知的な武将です。
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しかし、水の勢いが激しくてなかなか治まらない。秀吉はいら立った。脇にいた三成に、「三成、何とかしろ」と命じた。三成は水勢をじっと見つめていたが、やがてこういった。
「水を静めるのに、お倉の米俵を拝借してもよろしゅうございますか?」
秀吉は、眉を寄せた。
「米俵を何に使うのだ?」
「土俵の代わりに使います。今から土俵を作らせても、到底間に合いません」
「なるほど」
こんなことをいい出されたら、普通の人間だったらいきなり、「何をバカな!」と目をむくに違いない。「いかに何でも、大切な米俵を、土俵の代わりに使うとは何事か!」と怒るだろう。
しかし、秀吉の器量は大きい。同時に三成を信頼していた。秀吉は即座に、(なるほどこいつは頭がいい。土俵の代わりに米俵を利用するなどというのは、なかなか他の人間には思いつかない)そう思ったから、「わかった。使え」といった。
三成はすぐ部下を動員して、「城のお倉や、京橋口のお倉に保管されている米俵を運びだせ。そして、労務者たちを動員し淀川の決壊場所に積め」と命じた。みんな驚いた。
「土俵の代わりに米俵を? もったいない話だ」そう思ったが、三成のきびしい表情を見ると急いで次々と倉から米俵を担ぎ出した。
臨機応変の才覚によって、決壊場所に米俵が積まれ水は治まった。秀吉は三成の才覚に感心した。
しかし、三成の才覚はそれで終わった訳ではなかった。川の流れが静まると、三成は高札を立てた。
高札には、「丈夫な土俵を一俵持ってきた者には、ここに積んだ米俵と交換してやる」と書かれてあった。つまり、「新しい土俵を持ってきた者には、川の決壊場所に積んである米俵を一俵与える」
ということだ。
付近の住民たちは、「本当かよ?」と顔を見合った。しかし、試しに土俵を担いでいった住民が、すぐ濡れた米俵一俵を担いで戻ってきたのを見ると、みんなは、「本当だ」と目を輝かせ、次から次へと土俵を作った。
しかし、石田三成は、住民たちが担いできた土俵をすぐ米俵と交換した訳ではない。かれが先頭に立って、土俵のでき具合を十分に調べた。いいかげんな作り方をしてきた者には、「こんな俵では役に立たぬ。作り直してこい」と命じた。住民たちは、「石田様はいいかげんな土俵では米俵をくださらない。オレたちも腹をくくってしっかりした俵を作らなければダメだ」といった。いいかげんな土俵を持ってきた者に三成はこういった。「丈夫な土俵を求めるのはオレではない。おまえたち自身が、洪水から自分たちを守るために必要なはずだ」
このいい方は説得力を持った。住民たちも考え直した。
「欲得ずくで俵を作ってもダメだ。自分たちの村は自分たちで守るという考えがなければダメだ。それを石田様は教えてくださった」
こうして濡れた米俵は全部新しい丈夫な土俵に代えられた。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
---owari---
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