⑱今回のシリーズは、石田三成についてお伝えします。
三成は巨大な豊臣政権の実務を一手に担う、才気あふれる知的な武将です。
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翌三年、秀秋は小早川家に入った。隆景は安堵し、毛利家の養子については自分の末弟にあたる穂田元清の子の宮松丸を入れて事をおさめた。
秀吉の小早川秀秋に対する愛はなおもつづき、第二次朝鮮出兵では、この秀秋を自分の名代として総大将にしている。
秀秋は朝鮮出陣中、おろかしい所業が多く、小早川家の家臣たちを悩ました。軍法でも小早川家の慣習をまもらなかった。十六万三千という大軍の総大将としての将器がないばかりか、ときに気負いだって士卒(しそつ;将校・下士・兵卒の総称)のように敵陣に駈けこむようなことがあり、在陣の諸将を当惑させた。
その報告が、在陣中の七人の軍監から当時伏見城にいた三成の御用部屋に届いた。三成はそれを整理し、秀吉に報告した。
秀吉は、激怒した。
「小僧をすぐ呼びもどせ」
と命じた。このころの秀吉には栄華に呆(ほう)けたところが多かったが、軍陣での不都合をゆるさぬという点では、少壮(しょうそう;若くて元気一杯なこと)のころとかわらなかった。盲愛している秀秋に対してもこの点だけはかわらない。
すぐ呼びもどし、叱責の上、筑前・筑後五十余万石の巨領をとりあげて、越前北ノ庄へ移し、わずか十数万石に減知(げんち)してしまった。
秀秋の旧領はそのまま豊臣家の直轄領ときれ、豊臣家の執政官である三成はこのとき、その事後始末に九州へ下向している。
この間、秀吉が、「金吾(きんご)の旧領はそのほうに呉れてやろう」といったが、三成は「遠国ではお城勤めが不自由でございます」とことわっている。ひとつには、
「三成めが謹言(きんげん)した」
と世間に言いふらしている秀秋の愚にもつかぬ観測をこれで裏付けることになる。三成は
それを怖れ、
「佐和山の所領で十分でございます」
と秀吉に返答した。
三成讒言(ざんげん;他人をおとしいれるため、ありもしない事を目上の人に告げ、その人を悪く言うこと)説というものが世上にひろまったのには、無理からぬこともある。秀秋の在陣中の暴状を報告した七人の軍監のうち、福原直桑、垣見一直、熊谷直感は、三成がひきたててきたかれの与党の者であった。世間は当然、三成が秀吉に悪口雑言したとうけとるであろう。
「でなければ、あれほど盲愛なされていた金吾中納言を、上様があのように手痛い目にあわきれるはずがない」
と世間はみた。三成の世間の評判は、これによっていよいよ悪くなった。
損な立場、としか言いようがない。この男はむしろ小早川家に同情していた。減封によって小早川家では多数の牢人(ろうにん;郷土を離れて他国を流浪する人)が出たが、三成はそれらを諸家に世話をし、自分の家には最も多数ひきとった。が、こういういわば美談は、世上に伝わらなかった。官僚としての三成の人徳のなさというものであろう。
その点、家康は、なにが人の心を得るかということを知っていた。
秀吉の死後、家康は豊臣家大老という職権によって、去年の二月、小早川秀秋の領地をもとの筑前・筑後五十二万二千五百石にもどしてしまったのである。
理由は、
「太閤殿下の御遺言により」
ということであった。
秀吉はそういう遺言はひとことも遺してはいなかった。
秀秋は暗愚ながらもこの家康の思わぬ好意によろこび、
「内府のためならば」
という気持を強くした。それまでこの男は家康とはなんの親交もなかった。家康のにわかな、それも過大すぎるほどの好意がなにを意味するものであるかは、むろんこの若者には洞察する能力がない。
秀秋は、海路大坂に入るとすぐ登城して本丸で秀頼に拝謁してご機嫌を奉伺し、そのあと奉行衆にも会った。
(治部少づれが)
と思っているこの若者は、三成のほうには視線もむけなかった。すべて三成の同僚の増田長盛や長束正家と会話をかわした。が、三成は厳にいった。
「よろしゅうございますな。このたびは秀頼様のご命令にて、内府を打ち懲らしまする。中納言様は御一門でありまするゆえ、公儀(豊臣家)のおん為に諸侯にさきがけてお働きあそばしますように」
こういう一種の険をふくんだ言葉調子は、三成のくせであった。とくに秀秋に対してはそうであった。理屈っぽい番頭が、主家の放蕩息子をさとすような口調に、ついなってしまうのである。
秀秋は、にがい表情でうなずいた。が、三成のほうは見ず、言葉もあたえず、石のように黙りこくっている。
その様子をみて、三成はさほどの神経はつかわなかった。この豊臣家子飼いの官僚からみれば、豊臣家の権勢で天下の諸大名は動くと信じていたし、まして秀秋は豊臣家の縁者であった。あほうは阿呆なりに、懸命に働くだろうと見ていた。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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