この日の論功行賞が行われた。信長は、
「今日一番の手柄は蒲生氏郷(がもううじさと)の部下である」
と発表した。みんなへんな顔をした。信長はおかまいなくこう続けた。
「今日一番の失策者は蒲生氏郷である」
みんなどよめいた。誰もが今日一番の功労者だと思っていた氏郷が、失策者だと名ざしをされたからだ。
「信長さまは一体何を考えているのだろうか」
「なぜ蒲生殿が失策者なのだ?」
とささやきあった。蒲生氏郷自身も不満そうな顔をしていた。かれは一揆側のリーダーを何人も倒し、その首を持っていた。ほこらしげなかれの表情は次第にくらいものに変っていった。
信長は氏郷をみた。
「氏郷、おれがなぜおまえの部下を今日の功労第一位とし、おまえを失策者として罰するのか、わかるか?」
「わかりません」
氏郷は正直にいった。不満の色がその声ににじんでいた。ほかの将兵も一斉に信長を見た。信長がどんな説明をするか、全員が関心を持っていたからである。
信長は言った。
「その理由を説明する。氏郷だけでなく皆もきけ」
そう前置きして信長は説明をはじめた。
「蒲生氏郷の今日の使命は何であったかを考えよ。氏郷は旗本として大将のおれを守ることだ。おれの命令がなければ、ぜったいにおれのそばからはなれてはならない。たとえ敵が目前に迫ろうと、これは鉄則だ。今日の氏郷はそれを破った……」
信長の口調はきびしい。氏郷は身を硬くした。信長の話を整理するとつぎのようになる。
・その役目にもかかわらず、氏郷は信長の命令を待たずに、迫る敵の中に突入した。
・その働きはみごとだったが、置き捨てにされた氏郷の部下は混乱した。リーダーがいなくなったからだ。
・敵の一部が本陣に攻めこんでいた。この時、まごまごしていた氏郷の部下は、突然、結束して人垣をつくりおれの前面に立ちふさがった。おれを守ろうというのだ。
・この氏郷の部下の行動は、かれらの自発的なものだ。リーダーがいなくとも、自発的に、いま自分たちは何をなすべきかの責務感にめざめたのだ。そしてみごとなチームワークを生んだ。これこそ新時代に生きる、期待される現場像なのだ。
・それにひきかえ、氏郷の行動は組織から逸脱し、戦いをあくまでも個人の次元のものと考える現状から一歩も前に出ていない。もう、時代は個人のカッコよさで動くものではない。組織は個人のパフォーマンスの場ではないし、ましてや生命をかけた戦場でそんなことはゆるされない。
信長は最後にこうしめくくった。
「だから、今日一番の功労者は、新しいチームワークを生んだ蒲生氏郷の部下たちである。それにひきかえ、蒲生氏郷はリーダー失格だ。きつく叱りおく」
みんな言葉がなかった。蒲生氏郷はうなだれっぱなしだった。その日の夜、氏郷は信長のところに行った。そして、
「申し訳ありませんでした。考えが浅うございました」
とあやまった。
信長はニコニコして「わかったか?」とうなずいた。
信長は自分の娘を氏郷の妻にした。絶大の信用をおいていたからだ。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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