江戸時代の日本は、庶民の修学率、識字率はともに世界一だった。
嘉永年間(1850年頃)の江戸の修学率は70~86%で、裏長屋に住む子供でもほとんど男女ともに手習いへ行っていたという。
また、日本橋、赤坂、本郷などの地域では、男子よりも女子の修学数の方が多かったという記録もある。
もちろん、寺子屋は義務教育ではない。寺子屋制度は、庶民自身の主体的な熱意で自然発生した世界的にも稀有なものだった。
当時の日本は、重要なことは役所や国がやるべきだなどという発想はなく、自分にとって重要であるならば、自分たちで自治的に運営するのが当たり前という感覚を持っていたのです。
これに対し、1837年当時のイギリスの大工業都市での修学率は、わずか20~25%だった。
19世紀中頃の、イギリス最盛期のヴィクトリア時代でさえ、ロンドンの下層階級の識字率は10%程度だったという。
フランスでは1794年に初等教育の授業料が無料となったが、10~16歳の修学率はわずか1.4%にすぎなかった。<『大江戸ボランティア事情』(石川英輔・田中優子著、講談社)より>
当時、日本を訪れた多くの外国人が、日本人の識字率の高さに驚嘆し、記録を残している。
1853(嘉永3)年に黒船を率いてアメリカからやって来たペリー提督は、日記(『日本遠征記』)に日本について「読み書きが普及していて、見聞を得ることに熱心である」と記している。
ペリーは日本の田舎にまでも本屋があることや、日本人の本好きと識字率の高さに驚いていた。
<『日本絶賛語録』(村岡正明著、小学館)より>
トロイアの遺跡発掘で有名なドイツのシュリーマンは、1865(慶応元)年に日本を訪れた時の印象を、著書で次のように記した。「教育はヨーロッパの文明国家以上にも行き渡っている。シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる」<『シュリーマン旅行記 清国・日本』(ハインリッヒ・シュリーマン著、講談社学術文庫)より>
江戸時代の識字率について、福沢諭吉は1878(明治10)年の著作『通俗国権論』で「およそ国の人口を平均して、字を知る者の多さを西洋諸国と比較しなば、我日本をもって世界第一等と称するも可なり」と書いた。読み書きに関しては、むしろ欧米が遅れていたようである。
江戸時代・幕末期の識字率には各種の研究があるが、武士階級については、ほぼ100パーセントが読み書きできたと考えられている。町人ら庶民層でみた場合も、男子で49~54パーセント、女子では19~21パーセントという推定値が出されている。江戸に限定すれば70~80パーセント、さらに江戸の中心部に限定すれば約90パーセントが読み書きできたという。
江戸の高い識字率を支えていたのは、いうまでもなく、寺子屋制度である。江戸の後期では、子どもが七、八歳くらいになると親が寺子屋を主宰する師匠のもとに入門させることが広く行われていた。
幕末期で寺子屋は千五百ほどあったという。十人程度の小規模のものから、百人規模の生徒を抱える大手までさまざまあり、親はこれらの寺子屋を選択して子どもに学ばせた。
寺子屋は、幕府が一切関知しない世界だった。官制の学校ではないので、授業内容も方法も寺子屋によって、ずいぶん違っていた。親は自分の意志で、子どもに合った寺子屋を選択して入門させた。基本はやはり、読み書きを覚えさせることで、「いろは」から手紙文、漢文などを習った。
教科書も様々にあった。手紙文の『庭訓往来』、商売用語の『商売往来』、農業用語の『百姓往来』、算術の『塵劫記』などは、全国的に使われた有名な教科書だが、寺子屋によって様々な教科書が使われ、現存するものだけでも七千種類以上の教科書がある。これだけの教科書が刊行されていたことをみても、江戸時代の教育に寄せる関心の高さがわかる。
こうした高い識字率が背景にあったからこそ、当時から続く神社のおみくじが庶民に親しまれたり、落語に出てくる熊さん、八つぁんが、トボケた味を出しながらも、当たり前のように手紙を書いたり読んだりするわけである。
読み書きができて本を読む人間の数において、日本はヨーロッパ諸国のどの国にもひけをとらない。古来より日本人は文字を習うに真に熱心であったのです。
日本は千年前の平安時代中期に、世界の文学史に残る『源氏物語』を生み出した国です。
この作者である紫式部は、当初は名もない専業主婦として作品を書き始め、のちに宮廷につかえた女性でした。
それ以前の飛鳥時代には、天皇、貴族から下級官人、防人などさまざまな身分の人が詠んだ歌を集めた『万葉集』もあります。
日本の国は古来より、言霊の国であり、天皇から庶民まで文字に親しみ、意思を伝え合う教養の豊かさがあったのです。
---owari---
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