卒業式、卒園式のご案内をいただきましたが、小学校、中学校の卒業式は毎年のことながら、予算委員会開会中で心の中で子どもたちの門出をお祝いしました。
きょうは幼稚園、子ども園の卒園式で、地元のかみじょう認定子ども園の卒園式の出席させていただきました。
76人の子どもたち。みんなまぶしく見えました。
一人ひとり名前を呼ばれて、「ハイ!」という返事が思いっきり元気な子も、少し恥ずかしそうな子も、緊張した子も、みんないい顔してました。
我が娘たちの卒園の日を思い出します。
次女は泣き虫で、卒園の日も、卒園証書を受け取りながら盛大に泣いていました。
今では、3人の子どものたくましいお母ちゃんになりました。
30年たっても、記憶は鮮やかに甦ります。
一番下の娘の卒園の日。それは私自身が、長女2歳の春から7年間の保育所とお別れする日でもありました。
7年分の感謝をこめて、保護者代表の挨拶で、私は、こんなことを言いました。
「子どもたちは、これから先、たくさんの先生に出会いながら成長していくことでしょう。
でも一番、最初に『センセイ』と呼んだ、その先生が大好きだったことは、ずっと子どもたちの心に暖かい記憶として残るに違いないと思います。」
その後の、娘たちの成長の過程を振り返ると、私の想いはやっぱり間違っていなかったと思います。
傷つきながらも何度も立ち上がる強さ。
悲しみを分かち合えるやさしさ。
幼いときに、しっかりと抱きしめられた記憶が心と身体に刻まれて生きる力になるように思います。
きょうは幼稚園、子ども園の卒園式で、地元のかみじょう認定子ども園の卒園式の出席させていただきました。
76人の子どもたち。みんなまぶしく見えました。
一人ひとり名前を呼ばれて、「ハイ!」という返事が思いっきり元気な子も、少し恥ずかしそうな子も、緊張した子も、みんないい顔してました。
我が娘たちの卒園の日を思い出します。
次女は泣き虫で、卒園の日も、卒園証書を受け取りながら盛大に泣いていました。
今では、3人の子どものたくましいお母ちゃんになりました。
30年たっても、記憶は鮮やかに甦ります。
一番下の娘の卒園の日。それは私自身が、長女2歳の春から7年間の保育所とお別れする日でもありました。
7年分の感謝をこめて、保護者代表の挨拶で、私は、こんなことを言いました。
「子どもたちは、これから先、たくさんの先生に出会いながら成長していくことでしょう。
でも一番、最初に『センセイ』と呼んだ、その先生が大好きだったことは、ずっと子どもたちの心に暖かい記憶として残るに違いないと思います。」
その後の、娘たちの成長の過程を振り返ると、私の想いはやっぱり間違っていなかったと思います。
傷つきながらも何度も立ち上がる強さ。
悲しみを分かち合えるやさしさ。
幼いときに、しっかりと抱きしめられた記憶が心と身体に刻まれて生きる力になるように思います。