7月、参議院選挙の最中に、面識のない方から相談の電話があった。
障害年金を受給しながら、派遣で働き、収入も安定してきたので「少し生活にゆとりを」と、家賃の高いマンションに移った矢先、発病。入院、手術。
仕事を辞めた。入院費用が払えず未だ、滞納。
生活保護の相談に市役所に1度ならず、足を運ぶが、障害年金の額を理由に申請は受け付けられなかった。
手術後の健康も回復しない。
府営住宅の随時募集で、入居できるようにはなったが、転居の費用もない。
「八方ふさがり」と言われた。
その方の障害年金は、生活保護の「住宅扶助+生活扶助」の合計を、わずかに超える。
その差額3千円余。3千円以上の医療費が絶対必要なのだから、改めて、生活保護の申請に同行した。
当然のことながら申請は受理され、府営住宅の入居手続きにかろうじて間に合うタイミングで、開始決定の通知が出た。
転居のための費用、転居先の網戸の設置費用も支給されることとなった。
2か月前、最初に、相談に行ったときに、手持ち金はわずかであり、なぜその時に申請が受理されなかったのか?
まだまだ健康の回復には時間がかかる。
それでも大変ななかで、しかも猛暑のなかで、それでも府営住宅への引っ越しができた。
生活保護の目的は「最低生活の保障と自立の助長」。
やっと、そのスタートラインにたつことができた。
本人の了解をいただいて、概要をここに記載する。
「住宅扶助費(家賃の実額、または定められた上限)と生活扶助費(年齢・家族構成などにより算定・食費や水光熱費、日常生活に必要な様々な経費)」の合計と、給与や年金の金額の比較で、給与や年金など、本人の収入が上回っていれば「生活保護の対象外」と思っている方もある。
生活保護が保障するのは「健康で文化的な生活」。
「住まいと食べる事」だけではない。
教育、医療、介護などが必要な人には、それが保障されること。
最低生活費の算定、保護の認否の判定もそれに基づいてされること。
利用者の多くにその知識はないのだから、利用者の権利保障は行政の責任だ。
2013年12月の議会で「命を守るセーフティネットとして生活保護」というテーマで質問した。
その概要を書いたブログを読み返す。
国の最低生活費の基準が大幅に引き下げられた時だった。
当事者に集まっていただいて、率直な声も聴かせていただいた。
以前にも別の方から聞いた言葉。「申請します」という言葉は、頭に浮かんでこなかった。「申請が権利」だということも知らなかった。
ほとんどの人が同じだと思う。だから「申請します」とは言わずに、「困っています」という。
私が出会った、今回の相談者は「助けてください」と言ったのだという。
「助けてください!」という叫びから、「申請の意志」と「困窮の度合い」を確認して、困窮の状況と、申請の意志を確認して、速やかに制度の活用につなげるのが行政の責任だと私は主張する。
その責任を果たすことを求め続ける。命に関わることだから。
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障害年金を受給しながら、派遣で働き、収入も安定してきたので「少し生活にゆとりを」と、家賃の高いマンションに移った矢先、発病。入院、手術。
仕事を辞めた。入院費用が払えず未だ、滞納。
生活保護の相談に市役所に1度ならず、足を運ぶが、障害年金の額を理由に申請は受け付けられなかった。
手術後の健康も回復しない。
府営住宅の随時募集で、入居できるようにはなったが、転居の費用もない。
「八方ふさがり」と言われた。
その方の障害年金は、生活保護の「住宅扶助+生活扶助」の合計を、わずかに超える。
その差額3千円余。3千円以上の医療費が絶対必要なのだから、改めて、生活保護の申請に同行した。
当然のことながら申請は受理され、府営住宅の入居手続きにかろうじて間に合うタイミングで、開始決定の通知が出た。
転居のための費用、転居先の網戸の設置費用も支給されることとなった。
2か月前、最初に、相談に行ったときに、手持ち金はわずかであり、なぜその時に申請が受理されなかったのか?
まだまだ健康の回復には時間がかかる。
それでも大変ななかで、しかも猛暑のなかで、それでも府営住宅への引っ越しができた。
生活保護の目的は「最低生活の保障と自立の助長」。
やっと、そのスタートラインにたつことができた。
本人の了解をいただいて、概要をここに記載する。
「住宅扶助費(家賃の実額、または定められた上限)と生活扶助費(年齢・家族構成などにより算定・食費や水光熱費、日常生活に必要な様々な経費)」の合計と、給与や年金の金額の比較で、給与や年金など、本人の収入が上回っていれば「生活保護の対象外」と思っている方もある。
生活保護が保障するのは「健康で文化的な生活」。
「住まいと食べる事」だけではない。
教育、医療、介護などが必要な人には、それが保障されること。
最低生活費の算定、保護の認否の判定もそれに基づいてされること。
利用者の多くにその知識はないのだから、利用者の権利保障は行政の責任だ。
2013年12月の議会で「命を守るセーフティネットとして生活保護」というテーマで質問した。
その概要を書いたブログを読み返す。
国の最低生活費の基準が大幅に引き下げられた時だった。
当事者に集まっていただいて、率直な声も聴かせていただいた。
以前にも別の方から聞いた言葉。「申請します」という言葉は、頭に浮かんでこなかった。「申請が権利」だということも知らなかった。
ほとんどの人が同じだと思う。だから「申請します」とは言わずに、「困っています」という。
私が出会った、今回の相談者は「助けてください」と言ったのだという。
「助けてください!」という叫びから、「申請の意志」と「困窮の度合い」を確認して、困窮の状況と、申請の意志を確認して、速やかに制度の活用につなげるのが行政の責任だと私は主張する。
その責任を果たすことを求め続ける。命に関わることだから。
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