私の海を真っ赤に染めて 夕日が血潮を流しているの・・・と唄ったのは石川セリの「八月の濡れた砂」でありました。
この歌は強烈でありました・・・海と言ったら潮溜りで雑魚を追い回し冷えた体を焼けた砂に寝転んで温める、そんなガキの遊びの海からいきなり大人の海ってのは暑さが違うんだなと、映画「八月の濡れた砂」をみて目覚めたのでありました。
あの夏の日から50年近くになりまして最早海水浴にさえ行く機会の無いジジイは遠い記憶に浸りつつ微かなため息などつくのでありました。
いや、時の移ろいを語りたい訳ではなく、寒いと書いた途端に思い浮かんだのがこの歌詞だった訳です。
恐らく自分の中の条件反射で寒いと対比して出るのがこれなんでありましょう。
それほど強烈な夏が有ったんですなぁ~と、遠い目をする私であります。
いや、寒いのであります。
本日は長袖のポロシャツの上にもう一枚羽織らないと室内でも寒くて耐えられません。
ヒーターに灯油は入っているのでスイッチを押そうかとも思いますが六月だからそれは止めておこうと、貧乏性の私が止めるのであります。
今日は全面的に休みでありました。
プールも植木屋も休みでした。
プールは元から休みでして朝から雨なので植木屋を控えた次第であります。
が、9時過ぎ頃で雨が上がったので畑仕事を少ししました。
七月のビールのつまみ用に枝豆の苗を玉ねぎを抜いた後に植えました。
序でに畑の草掻きをし、サツキの剪定などもした次第であります。
いや、もっともっとやらなくてはならない事が山ほど有るんですが身体が嫌がるので控えました・・・まだダメなんですね。
で、ふと思ったんですが、これは不調では無く老化によってこれが通常になってしまったのか❓と。
どーしても意識は絶頂期を我が体力の尺度としているんだろうと思う訳です。
要するに若い頃の意識が現実とずれていてこんなはずでは無い、と足掻いているのかと思う訳です。
不調では無くこれが日常なのだ・・・となるとかなり寂しくなる訳です。
造園屋で終日スコップを持ち穴掘りをした帰り道にジムに立ち寄り筋トレをしていたのは昨年の事なんであります。
新年明けましてと言ったからってそんなに急に衰えるとは信じられないし、平成から命和になったとて突然老け込むなんてのは考えられないんですが・・・どーもこれが自分の今の実力なのかも知れないと思わざるを得ない訳です。
そんな訳でここに来て自分は一日にできる事が限りなく限定されている訳です。
バイトに行ったらジムに行く気力はなくなり畑仕事に手を出すのが精一杯であります。
植木屋を目一杯やった日はさっさと風呂に入って早く寝ないと翌日のバイトが辛くなる訳で、日が高いのに畑のことをやる余裕は無いのであります。
こうして振り幅の少ない暮らしに向かうんでありましょうか❓
なんだかなぁ~ 約束事と言うよりは掟なんですけれども、その日に向かっているのをひしひしと感じる今日この頃・・・こうなったら悪あがきと知りつつも死ぬ気で気力を振り絞ってみましょうかねぇ~
身体を労わって長生きができるとも限らないし・・・と、言うよりも長生きに価値を見出せない自分は周囲に「だから言わないこっちゃ無い」と言われつつ前向きに逝きたい訳ですから、少しくらい身体かきつくても頑張るのが本筋でありましょう。
と、意識は勇ましいんですがねぇ・・・歳は取りたくねぇなぁ~ホントに。
と、言うことで、他愛も無い愚痴でありました。
この歌は強烈でありました・・・海と言ったら潮溜りで雑魚を追い回し冷えた体を焼けた砂に寝転んで温める、そんなガキの遊びの海からいきなり大人の海ってのは暑さが違うんだなと、映画「八月の濡れた砂」をみて目覚めたのでありました。
あの夏の日から50年近くになりまして最早海水浴にさえ行く機会の無いジジイは遠い記憶に浸りつつ微かなため息などつくのでありました。
いや、時の移ろいを語りたい訳ではなく、寒いと書いた途端に思い浮かんだのがこの歌詞だった訳です。
恐らく自分の中の条件反射で寒いと対比して出るのがこれなんでありましょう。
それほど強烈な夏が有ったんですなぁ~と、遠い目をする私であります。
いや、寒いのであります。
本日は長袖のポロシャツの上にもう一枚羽織らないと室内でも寒くて耐えられません。
ヒーターに灯油は入っているのでスイッチを押そうかとも思いますが六月だからそれは止めておこうと、貧乏性の私が止めるのであります。
今日は全面的に休みでありました。
プールも植木屋も休みでした。
プールは元から休みでして朝から雨なので植木屋を控えた次第であります。
が、9時過ぎ頃で雨が上がったので畑仕事を少ししました。
七月のビールのつまみ用に枝豆の苗を玉ねぎを抜いた後に植えました。
序でに畑の草掻きをし、サツキの剪定などもした次第であります。
いや、もっともっとやらなくてはならない事が山ほど有るんですが身体が嫌がるので控えました・・・まだダメなんですね。
で、ふと思ったんですが、これは不調では無く老化によってこれが通常になってしまったのか❓と。
どーしても意識は絶頂期を我が体力の尺度としているんだろうと思う訳です。
要するに若い頃の意識が現実とずれていてこんなはずでは無い、と足掻いているのかと思う訳です。
不調では無くこれが日常なのだ・・・となるとかなり寂しくなる訳です。
造園屋で終日スコップを持ち穴掘りをした帰り道にジムに立ち寄り筋トレをしていたのは昨年の事なんであります。
新年明けましてと言ったからってそんなに急に衰えるとは信じられないし、平成から命和になったとて突然老け込むなんてのは考えられないんですが・・・どーもこれが自分の今の実力なのかも知れないと思わざるを得ない訳です。
そんな訳でここに来て自分は一日にできる事が限りなく限定されている訳です。
バイトに行ったらジムに行く気力はなくなり畑仕事に手を出すのが精一杯であります。
植木屋を目一杯やった日はさっさと風呂に入って早く寝ないと翌日のバイトが辛くなる訳で、日が高いのに畑のことをやる余裕は無いのであります。
こうして振り幅の少ない暮らしに向かうんでありましょうか❓
なんだかなぁ~ 約束事と言うよりは掟なんですけれども、その日に向かっているのをひしひしと感じる今日この頃・・・こうなったら悪あがきと知りつつも死ぬ気で気力を振り絞ってみましょうかねぇ~

身体を労わって長生きができるとも限らないし・・・と、言うよりも長生きに価値を見出せない自分は周囲に「だから言わないこっちゃ無い」と言われつつ前向きに逝きたい訳ですから、少しくらい身体かきつくても頑張るのが本筋でありましょう。
と、意識は勇ましいんですがねぇ・・・歳は取りたくねぇなぁ~ホントに。
と、言うことで、他愛も無い愚痴でありました。
そーんなに、急に体力減退して老け込むわけないですよぉー。
眩し過ぎる夏が待ってますよー。
若いころ鍛えた人ほど「こんなはずではない」とあがきます。
筋肉を壊さないように今の体の耐久限度を見極めながら心静かに体を動かしてください。
私は仙台ハーフマラソン出場を諦めてはや3年になります。走れなくなったのだから仕方ないと悟りを開いたのです。
じょぜ☆どのが言うように自分も思っていたんですが、ここ最近はどーにも身体に締まりが無く動かないのであります。
まっ、ゆるゆるいけば何て事も無いんですけどね{YES}
そーですか・・・仙台ハーフということはお近くなんですかね❓
確かに、早くから鍛えた人ほど衰えるのが急速でギャップも激しいと聞いたことがあります。
そして、足掻いてますね、私は・・・今の自分を知るところから仕切り直しが正解でありましょうか❓