山本一力氏の「ジョン・マン」という小説を読んでいる。土佐の足摺岬の西側にある中浜という漁村生まれの万次郎が、仲間と共に小さな漁船に乗って漁に出たところ流され、無人島の鳥島に漂着し、5か月後に通りかかった米国の捕鯨船に助けられ、以後、捕鯨船で働きながら米国の東海岸の捕鯨船の母港まで連れて行かれ、船長の好意で同船長宅に同居を許され、地元の小学校に16歳で通うことになったところまで(青雲編)読み進んだが、勿論、小説であって事実を元に作家が脚色して書いているので、必ずしも事実と少し異なるところもあるだろうが、著者は、船長宅のあったフェアヘブンなどにも取材に出向いているように、細部にまで拘って書かれていると思われた。片田舎の貧しい漁民である主人公が、日本語の読み書きすら十分でないのに、運命のいたずらとはいえ、捕鯨船の中で片言でも外国語を覚え、異なる文化や環境の中で、人種差別もあっただろうに航海学校に入学出来たということは、船長や学校側の好意もあっただろうが、主人公の並外れた頭の良さと努力もあっただろうと思うと、現代に生きる我々には真似のできないところではないかと思う。また、この後、万次郎は、捕鯨船乗り込みや砂金探しなどで金を貯め、ハワイに残っていた遭難した漁船の仲間を誘い、琉球沿岸近くを通る船に乗り、近海でボートに乗り移って琉球に上陸し、長崎などを経由して幕府の役人の取り調べを受けた後、帰郷することを許されることになると思うが、あの時代に、年若い身で余程の意志の強さがなければ出来なかったことではなかろうか。
それに引き換え、今の世の中の我々のひ弱さを思わずにはいられない。能登半島地震などの災害もあったし、世界情勢も年々不透明さを増しているのに、政府与党だけではなく、野党も含む政治家は、何を国会で騒いでいるのだろうか。そもそも、自民党が政治資金パーティなどで裏金を作ったのは、おそらく、表に出しにくい金を持ちたかったのだろう。それを思えば、野党の追及も甘いし、一方、マスコミも、松本人志のような、下劣極まりない女遊びをしている人間などを記事にするくらいなら、もっと、他に取り上げるべき問題もあるだろう。テレビも、コア視聴者に阿るばかりで、見るべきような番組が無くなって来た。新聞もテレビも、数十年前に比べて、質の低下に著しいものがある。
相変わらず、首都東京に人口が集中し、地方は疲弊する一方ではないか。このままでは能登半島などの復興も難しかろう。それどころか、日本全体が脆弱化しつつあるということだろう。先が思いやられるが、将来を担うべき若者世代も能天気すぎる。