12月25日、静岡県掛川市のリゾート施設「つま恋」が営業を終了し、42年の歴史に幕を閉じた。
僕にとっての「つま恋」の思い出。
それはやっぱり、吉田拓郎さんのオールナイトコンサート「ONE LAST NIGHT IN つま恋」。
1985年7月27日。
当時、住んでいた最寄駅東刈谷駅からJRで掛川駅へ。
着いたのは昼前後だった。
駅には大勢の若者たちでいっぱい。
昼ご飯を食べて「つま恋」へ。
バス停は長蛇の列。
歩いて行こう。
行きかたは分からないけど、みんなの後を着いて行こう。
会場はすでに多くの若者たちで埋め尽くされていた。
開園までにはまだまだ時間がある。
友だちと雑談していたが、いつのまにか周囲の人たちと輪になって拓郎話に話が咲いていた。
夕方5時半。
『悲しいのは』からスタートした。
みんな総立ち。この瞬間を待っていた。
オールナイト。
見ず知らずの拓郎ファンといっしょに歌に聴き入った。
星空の下、最高の時間を共有した。
アンコール最後の曲『明日に向かって走れ』。
涙がでるくらい感動した。
若かった、27歳の夏だった。
数年前、ランチバイキングで「つま恋」に行ったとき、
バスで多目的広場の横を通ったとき、ここに38000人の若者が集まったのが信じられなかった。
「つま恋」= 吉田拓郎
老朽化で無くなってしまうのは残念だけど心の思い出としていつまでも残しておきたいと思っている。
※吉田拓郎「ONE LAST NIGHT IN つま恋」のCDを聴きながら書きました。
僕にとっての「つま恋」の思い出。
それはやっぱり、吉田拓郎さんのオールナイトコンサート「ONE LAST NIGHT IN つま恋」。
1985年7月27日。
当時、住んでいた最寄駅東刈谷駅からJRで掛川駅へ。
着いたのは昼前後だった。
駅には大勢の若者たちでいっぱい。
昼ご飯を食べて「つま恋」へ。
バス停は長蛇の列。
歩いて行こう。
行きかたは分からないけど、みんなの後を着いて行こう。
会場はすでに多くの若者たちで埋め尽くされていた。
開園までにはまだまだ時間がある。
友だちと雑談していたが、いつのまにか周囲の人たちと輪になって拓郎話に話が咲いていた。
夕方5時半。
『悲しいのは』からスタートした。
みんな総立ち。この瞬間を待っていた。
オールナイト。
見ず知らずの拓郎ファンといっしょに歌に聴き入った。
星空の下、最高の時間を共有した。
アンコール最後の曲『明日に向かって走れ』。
涙がでるくらい感動した。
若かった、27歳の夏だった。
数年前、ランチバイキングで「つま恋」に行ったとき、
バスで多目的広場の横を通ったとき、ここに38000人の若者が集まったのが信じられなかった。
「つま恋」= 吉田拓郎
老朽化で無くなってしまうのは残念だけど心の思い出としていつまでも残しておきたいと思っている。
※吉田拓郎「ONE LAST NIGHT IN つま恋」のCDを聴きながら書きました。