NOTEBOOK

なにも ほしがならなぁい なにも きたいしなぁい

02007年009月028日(金)壁に向かって投球練習

2007-09-28 | 休み
自分でも激しく認識しているけれど、僕の話は多分に面白くない。
会話と云うのはキャッチボールである、それは例えでありながらも
キャッチボールと云う表現は実際に会話の本質を突いているっぽい。

相手が受け取りやすいボール(話題)を放ることがキャッチボールの
多分基本であるのだろう。と、すれば、相手が理解できる話題を振る
ことこそが会話の第一の前提として求められるんだろう。きっと。

キャッチボールでもそうであるようにずぅっと相手の取りやすいボールを
投げていても、段々と飽きてくると思う。受け取る楽しさは薄らぎ
他の新鮮なボールを求める。会話であれば、少し珍奇な話題だろうか。



『おお振り』の最終回を見る。ヤバイ…三橋が云ってることが
思ってることが手に取るように分かってしまう。理解できて
共感してしまう。駄目駄目だ。駄目駄目だ。