NOTEBOOK

なにも ほしがならなぁい なにも きたいしなぁい

02009年003月012日(木)

2009-03-12 | 休み
以前、土屋アンナさんがよく人種的な理由で苛め抜かれたとインタビューで語っていたのを見て以来、ハーフ(正しくはダブル)のタレントの人たちのそういった種類の発言をなるべく見て置くようにしていると、頻繁にそういったエピソードを持っている人が多かったことに驚きました。ぼくより下の世代の土屋さんでさえもそういったことがあるのかと衝撃を受けて見聞きしてました。

そんな土屋さんがエリザベスサンダーホーム出身者との対面をするという、テレビ東京の「トンネルの向こうはぼくらの楽園だった」をアナウンスされて以来待望していました。エリザベスサンダーホームについては色々と言われていたということとダン野村さんくらいの知識しかなかったのですが。


出演される方々のしわが皆誰一人の例外も無く深かったのが非常に印象的でした。


60年前に生き別れになった親族との60年ぶりの対面した方の対面した際の表情には喜びと戸惑いと怒りみたいなものがない交ぜになっているようなものが感じられ、時折フイと視線をずらすところにわだかまりの深さみたいなものが現れていたように見えました。テレビって凄い。

最もガツンと来たのは移民としてブラジルに渡った方が病床で残した言葉です。「親がぼくを置いていこうが 親がぼくをどこに連れて行こうが ちっともそれは親の責任ではない 罪じゃない」その方がブラジルで成功を収めて、しかも病床の淵にいたからかもしれませんが、そんなことを差し引いても凄い言葉だと思いました。




別の番組をブルーレイで撮っていた為に地デジで観つつも、録画はアナログでした。番組が終了して、「WBS」の予告の際にアナウンサーの方の目元が薄っすらと赤らんでいたように地デジでは観えたのですが、アナログの録画を見返してみたら画素がつぶれてよく分かりませんでした。地デジはそういう良さもあるのかなぁ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿