白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

仮面等価性13/ヘルマフロディーテと異性愛

2020年08月21日 | 日記・エッセイ・コラム
とある家の妻が情夫を家に入れて遊んでいるときに夫が仕事から帰ってきた。妻は情夫を貯蔵甕の中へ隠す。夫は知らぬままに言う。置いておいても使いようのない貯蔵甕を六デーナーリウスで売ることに成功したと。ところが妻は七デーナーリウスでもう別の商人に売ったところだと返す。今まさに甕の中で商人は物品の質の鑑定中だという。たちまち甕から躍り出た妻の情夫。甕の内部の汚れを調べていたところだという。夫は甕の内部が綺麗であればあるほど高値で売れるだろうと考え、妻の情夫に代わって汚れ落としを買って出る。夫が甕の中に入ると妻の情夫は妻を中腰にして甕を支えに後背位で性行為に及ぶ。妻は巧みに甕の中を覗き込む格好を取る。情夫が背後から腰を振り動かすたびに妻は「いやここ」、「あそこ」、「あっち」、「こっち」とやたらに悶える。その声に合わせて甕の中の夫は磨き上げる箇所の指示だと信じ込んで甕の内部の汚れをすっかり削り落としてしまった。そこで妻の情夫は七デーナーリウスを渡して大甕を得た。七デーナーリウスの中には情夫として遊ばせてくれた債務意識程度の意味合いがあるのかもしれない。この場合、債務意識があるにせよないにせよ、「七デーナーリウス」=「貯蔵甕」の等価性は実現された。貯蔵甕は六デーナーリウスで売られるはずだったが、妻の機転の結果、一デーナーリウス多い七デーナーリウスで交換された。同一物が瞬時に一デーナーリウスを付け加え七デーナーリウスへと変身した。しかし変身は、なぜ可能なのだろう。南方熊楠はギリシア神話に出てくるヘルメスとアプロディーテのあいだに生まれたヘルマフロディーテについてこう述べている。

「ギリシア語で半男女をヘルマフロジトス。こはもと神の名で、その神は、男神ヘルメスが女神アフロジテに生ませた。父母の体質を兼ね備えて美容無双たり。十五歳の時サルマキスの井のほとりに臥す。井の女精これを愛し、思いを述ぶれど聴かれず、その井に浴するところを擁し、必ず離れぬようにと諸神に祈る。それより二体連合して、男とも見えまた女とも見える児手柏(このてがしわ)の二面的(ふたおもて)の者となる。ヘルマフロジトスその身の変化を見てこの井に浴する者みな半男女となるよう祈ったのが、世間この人妖の始まりという(スミス『希臘羅馬伝記神誌字書』二巻四〇三頁)」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.262』河出文庫)

ヘルマフロディーテという名前はただ単にヘルメスとアプロディーテという両方の名前を無理やりくっ付けたというだけではない。古代ギリシア、ペルシャ、インド、中国などでは、両性具有者はざらにいた。日本でも江戸時代終わりまでは少数派ではあったにせよ今よりも多くいた。近代という奇妙な文化制度によって駆逐されてしまった歴史がある。熊楠は幾つか拾っている。

「『五雑俎』五に、晋の恵帝の時、京洛に人あり、男女体を尊ね、また能く両(ふたつ)ながら人道を用ゆ。近ごろ聞く、毘陵の一縉紳の夫人、子(ね)より午(うま)に至ってはすなわち男、未(ひつじ)より亥(い)に至ってはすなわち女、その夫またために妾滕(しょうよう)数輩を置き、これに侍せしむ。妓あり、親しく枕席を承(う)く、出でて人に語っていわく、男子とことに異(かわ)りなし、ただ陽道少し弱きのみ、と」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.263』河出文庫)

例えば、「子(ね)より午(うま)に至ってはすなわち男」、「未(ひつじ)より亥(い)に至ってはすなわち女」、とある。午前零時から午前十二時までは男性で午後零時から午後十二時までは女性、ということになる。

「非男非女は英語のニウターまたエピシーン(無性)で、生殖器なき者を指す。いわゆる池州李氏の女と婢添喜の小説は、『続開巻一笑』二に見ゆる伴喜私(ひそ)かに張嬋娘(せんじょう)を犯す一条を作り替えたであろう。富人張寅信はその女嬋娘を嫁するに、一妾を随え之(ゆ)かしめんとて伴喜という女を添うる。娘、年十六、はなはだ伴喜を愛重するうち、伴喜、娘に婚嫁の作法を知るかと問うと、女工のほか知るところなしと答う。伴喜、みずからは女身ながら二形兼ね備わる。女に遭えばすなわち男形、男に遭えばすなわちまた女となるとて、身をもってこれを教え、娘、情竇(じょうとう)一たび開いてみずから已(や)む能わず、とある」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.264』河出文庫)

「女工」とあるのは「家事一般」のこと。洗濯や食事の用意。結婚に当たって娘はそのほかのことは何一つ知らない。そこで両性具有者だった女中の伴喜は娘が結婚相手の家へ着く前に教えておかねばと思い、性行為について、男の場合はこう、女の場合はこうと、自分の身をもってそのヴァリエーションをレクチャーして見せる。実際にやってみた娘は快感に溺れてしまい止められなくなったという。重要なのは一身にして同時に「二形兼ね備わる」という点。資本主義社会で、一身にしてなおかつ同時に商品Aへも商品Bへも変身可能なもの。それが可能なのは唯一貨幣のみだ。次は江戸期の日本。作者が井原西鶴だからか笑話形式を取っているが他でもない両性具有者関連俗話に属する。

「西鶴の『大鏡』に、女形の名人上村吉弥、貴女より召されて女粧のまま参り、酒事(ささごと)始まったところへ貴女の兄君来たり、女と思うて占領し御戯れ否はならず、是非に叶わず鬘を取って姣童の様を御目に懸けると、一層好しと鍾愛され、思わぬ方の床の曙、最前の妹君のさぞ本意(ほい)なかるべしという一条あり。その他なおあるべきも、本来無性や半男女を重んぜぬ国風ゆえ、支那やアラビア、インドや欧州ほどの眼醒ましい奇誕がない」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.267』河出文庫)

ヘルメス(=メルクリウス=マーキュリー)とアプロディーテ(=ウェヌス=ヴィーナス)とのあいだに生まれた子ども。オウィディウス「変身物語」では「名前も、両親の名から取って、ヘルム=アプロディトス」とした、とある。しかし名付けは次の事情の後、おそらく事後的な作業だったと思われる。というのも、子どもが育って一人の妖精と合体するわけだが、合体した形態が認められたその瞬間、始めて両性具有者として「ヘルム=アプロディトス」という名が与えられたとしか考えようがないからである。

「メルクリウスとウェヌスとのあいだに生まれた男の子を、水の精たちがイダの山の洞窟で育てました。この子は、両親に生き写しの顔立ちでしたが、名前も、両親の名から取って、ヘルム=アプロディトスというのでした。十五歳になると、ふるさとの山を捨て、育ての親ともいうべきイダの山を離れました。見知らぬ国々をさまよい、はじめての河々を見ることが嬉しくて、そういう熱意が労苦を忘れさせていたのです。リュキアの町々や、リュキアに近いカリアにまでやってゆきます。底まで水の澄んだ池を見たのが、この地でのことだったのです。そこには、沼地の葦(あし)も、実のならない水草(みずくさ)も、先の尖った藺草(いぐさ)もありません。水は、すっかり透明なのです。ただ、まわりは、みずみずしい芝と、常緑の青草にとり囲まれています。この泉に、ひとりの妖精(ニンフ)が住んでいました。でも、彼女は、狩猟には向いていず、弓を引いたり、駈け比べをしたりする習慣もありません。水の精たちのなかではひとりだけ、俊足のディアナ女神とも馴染(なじ)みはないのです。姉妹たちは、よく彼女にこういったといいます。『サルマキス、投げ槍か、色美しい矢筒を手にしたらどうなの?そんな呑気(のんき)な暮らしのあいまに、猟のつらさを味わってみたら?』それでも、投げ槍や、色美しい矢筒を手にすることも、呑気な暮らしのあいまに狩りのつらさを味わうこともしないのです。自分の泉に美しいからだを浸したり、黄楊(つげ)の櫛(くし)で髪をといたりしては、どうすれば自分にいちばんよく似合うかを、水に写った姿に問いかけています。透けた薄衣(うすぎぬ)に身をつつんで、柔らかな木の葉や、しなやかな草のうえに身を横たえているかとおもうと、せっせと花を摘んだりしているのです。少年の姿をみとめて、とたんに彼を自分のものにしたいと思ったのも、たまたま花摘みの最中(さいちゅう)でした。すぐにも駈け寄りたいと思ったものの、でも、そうする前に、姿かたちを整え、着物のすみずみまでを見回し、顔をつくり、美しく見えるように努めました。それから、つぎのように口をきりました。『ねえ、お若いかた、まるで神さまのようにも見受けられますわ。もし神さまでいらっしゃるなら、さしづめクピードでいらっしゃいましょう。もし人間だとおっしゃるなら、ご両親こそおしあわせなかたですわ。ご兄弟もね。それに、もしいらっしゃるなら、ご姉妹も、それからお乳をさしあげた乳母さまも、さぞご幸福なことでしょうね。でも、そのかたたちみんなより、もっともっとおしあわせなのが、あなたのお許婚者(いいなずけ)、あなたが妻にと思っていらっしゃるおかたですわーーーそんなかたがいらっしゃるとして。ねえ、誰かそんなかたがおありなら、わたしは浮気のお相手でいいのですし、誰もおありでなければ、わたしをそういうものとお考えくださいません?わたしたち、結婚することにいたしましょうよ』水の精は、ここで言葉を切りました。少年の顔が赤くなります。愛とはどういうものか、それを知ってはいなかったからです。でも、赤くなったということが、かえって彼の美しさを増しています。日当たりのよい木に垂れさがった果実か、あるいは、赤く染めた象牙の色とでもいいましょうか。それとも、あのお月さまが蝕(しょく)をおこして、それを助けようとの鉦(かね)の音もむなしく、白銀(しろがね)の顔(かんばせ)が赤らみを帯びて来るーーーそんな様子とでも。妖精(ニンフ)は、せめて姉妹(きょうだい)の接吻をでもと、際限なく迫りながら、早くも、少年の白い項(うなじ)に手を回そうとしているのです。その彼女に『やめてったら!』と少年はいいます。『でなければ、あちらへ行くよ。きみにも、この場所にもさようならだ』サルマキスはおののいて、『この場所は、あんたに任せるわ。どうぞお好きなように、坊っちゃん!』といって、うしろを向いて立ち去るようなふりをします。が、それでも、少年のほうは、当然ながら、草原にはもう誰もいず、人に見られてはいないというつもりで、あちらこちらへ歩を運び、やがて、ひたひたと寄せる泉の水のなかへ爪先を、それから足を踝(くるぶし)まで、浸すのでした。とおもうと、猶予をおかず、こころより水の冷たさに心を奪われて、たおやかなからだから衣服を脱ぎ捨てます。するとどうでしょう、何とも好ましいその姿!サルマキスは、その裸身に焦がれて、燃え立ったのです。妖精(ニンフ)の両の目も、爛々(らんらん)と光ります。きらめく日輪が、向けられた鏡のなかにその姿を映し出すーーーそんなふうにとでもいいましょうか。もう、じっとしてはいられない彼女です。喜びを先へのばすことはもうできません。抱きしめたいと思う心がはやって、狂ったようになりながら、自分をおさえかねているのです。少年は、手のひらでからだを叩くと、さっと水にとびこみました。抜き手を切って泳いでいますが、澄んだ水の中でからだが光っているのが見えるのですーーーまるで、透明なガラスの箱にいれられた象牙の彫像か、白百合(しらゆり)の花ででもあるかのようです。『わたしの勝ちよ!とうとう手に入れたわ』水の精はそう叫びます。そして、衣服をすっかりかなぐり捨てると、ざぶんと水中に飛びこみました。あらがう相手をつかまえ、無理じいに接吻を奪うと、手を下へ回して、強引に胸にさわり、前後左右から少年に抱きつきます。ついには、必死にさからってのがれようとする相手に、蛇のように巻きつくのです。鷲(わし)につかまえられ、空高くへさらわれた蛇なら、ぶらさがりながら相手の頭と足にからみつき、広がった翼を尾で巻くでしょうーーーそんなふうなのです。あるいは、よく見かけるように、常春藤(きづた)が大きな木の幹にからんでいるありさまとでも、また、ヒドラの類が海中でとらえた敵を、四方にのばした触手でつかまえているさまとでも、いえばいえるでしょうか。アトラスの曾孫(ひまご)である少年は、頑張り抜いて、待望の喜びを妖精(ニンフ)に与えようとはしません。彼女は、からだを押しつけ、まるで糊(のり)づけされたかのように全身を合わせて、『あがくがいいわ、いたずら小僧さん』といいます。『どうしたって、逃げられないのよ。神さま、どうかお願いです、いついつまでもこのひとをわたしから、わたしをこのひとから、引き離さないでくださいますように!』この願いを、神々さまはお聞きいれになりました。つまり、ふたりのからだは混ざりあって合一し、見たところ、ひとつの形になってしまったのです。枝と枝を、樹皮につつんでつぎ木すると、成長するにつれてひとつになり、いっしょに大きくなって行くのが認められますが、ちょうどそのように、ふたりは、しっかりと抱きあって合体したのです。今や、彼らは、もうふたりではなくなって、複合体とでもいうべきものなのですが、女だとか男だとか称せられるものではなく、どちらでもなく、どちらでもあるというふうに見えるのです」(オウィディウス「変身物語・上・巻四・P.151~156」岩波文庫)

重要な点は二つ。第一に結合=合体した有機体という点。合体というにせよ結合というにせよそれは特別な価値を持つ。個別的なものではなく社会的な価値を帯びる。増殖する。合体=結合を前提として始めて増殖可能な条件を得るとともに実際増殖するに至る。

「結合労働日がこの高められた生産力を受け取るのは、それが労働の機械的潜勢力を高めるからであろうと、労働の空間的作用範囲を拡大するからであろうと、生産規模に比べて空間的生産場面を狭めるからであろうと、決定的な瞬間に多くの労働をわずかな時間に流動させるからであろうと、個々人の競争心を刺激して活力を緊張させるからであろうと、多くの人々の同種の作業に連続性と多面性とを押印するからであろうと、いろいろな作業を同時に行なうからであろうと、生産手段を共同使用によって節約するからであろうと、個々人の労働に社会的平均労働の性格を与えるからであろうと、どんな事情のもとでも、結合労働日の独自な生産力は、労働の社会的生産力または社会的労働の生産力なのである。この生産力は協業そのものから生ずる」(マルクス「資本論・第一部・第四篇・第十一章・P.178~179」国民文庫)

「労賃に投ぜられた資本の現実の素材は労働そのものであり、活動している、価値を創造する労働力であり、生きている労働であって、これを資本家は死んでいる対象化された労働と交換して自分の資本に合体したのであり、そうすることによって、はじめて、彼の手にある価値は自分自身を増殖する価値に転化する」(マルクス「資本論・第二部・第二篇・第十一章・P.359」国民文庫)

「個別的諸資本の循環は、互いにからみ合い、互いに前提し合い、互いに条件をなし合っているのであって、まさにこのからみ合いのなかで社会的総資本の運動を形成する」(マルクス「資本論・第二部・第三篇・第十八章・P.159」国民文庫)

「それは資本として支出されるのである。自分自身にたいする関係、ーーー資本主義的生産過程を全体および統一体として見れば資本はこういう関係として現われるのであり、またこの関係のなかでは資本は貨幣を生む貨幣として現われるのであるが、このような関係がここでは媒介的中間運動なしに単に資本の性格として、資本の規定性として、資本に合体される」(マルクス「資本論・第三部・第五篇・第二十一章・P.56」国民文庫)

「より高度な経済的社会構成体」(マルクス「資本論・第三部・第六篇・第四十六章・P.268」国民文庫)

「資本主義的生産の基礎の上では、直接生産者の大衆にたいして、彼らの生産の社会的性格が、厳格に規制する権威の形態をとって、また労働過程の、完全な階層制として編成された社会的な機構の形態をとって、相対している」(マルクス「資本論・第三部・第七篇・第五十一章・P.436」国民文庫)

第二に、物語が語っているように、ヘルム=アプロディトスは「泉の中」を生産流通過程として生成-変身し、そこで始めて出現している点。そして両親であるヘルメスとアプロディーテはこの泉に「不浄の魔力」と命名している。身体的マイノリティが出現した場合、その生産に要した生産流通過程を、ここではその「泉」という場自体を「浄/不浄」の二元論的観念において「不浄」と考える思考がすでにある。流通過程において生産過程と同様に価値変動が起きるのは、或る場所を通過することで人間や物の価値が、あるいは人間や物の意味ががらりと異なる場合があることを示している。

「運輸業が売るものは、場所を変えること自体である。生みだされる有用効果は、運輸過程すなわち運輸業の生産過程と不可分に結びつけられている。人や商品は運輸手段といっしょに旅をする。そして、運輸手段の旅、その場所的運動こそは、運輸手段によってひき起こされる生産過程なのである。その有用効果は、生産過程と同時にしか消費されえない。それは、この過程とは別な使用物として存在するのではない。すなわち、生産されてからはじめて取引物品として機能し商品として流通するような使用物として存在するのではない。しかし、この有用効果の交換価値は、他のどの商品の交換価値とも同じに、その有用効果のために消費された生産要素(労働力と生産手段)の価値・プラス・運輸業に従事する労働者の剰余労働がつくりだした剰余価値によって規定されている。この有用労働は、その消費についても、他の商品とまったく同じである。それが個人的に消費されれば、その価値は消費と同時になくなってしまう。それが生産的に消費されて、それ自身が輸送中の商品の一つの生産段階であるならば、その価値は追加価値としてその商品そのものに移される」(マルクス「資本論・第二部・第一篇・第一章・P.98~99」国民文庫)

だからヘルム=アプロディトスの「どちらでもなく、どちらでもある」という存在様式は他のどんな商品にも与えられない特権性でありその意味で極めて貨幣に似るのである。

「半男女と通称する内にも種々ある。身体の構造全く男とも女とも判らぬ人が稀(まれ)にありて、選挙や徴兵検査の節少なからず役人を手古摺らせる。男精や月経も最上の識別標と主張する学者もあるが、ヴィルヒョウ等が逢うたごとき一身にこの両物を兼ね具えた例もあって、正真正銘の半男女たり。その他は、あるいは男分(なんぶん)女分より多く、あるいは男分女分より少なきに随って、男性半男女、女性半男女と判つ。こは体質上の談だが、あるいは体質と伴い、あるいは体質を離れて、また精神上の半男女もある。ツールド説に、男性半男女に男を好む者多いが、女性半男女で女を好むはそれより少ない。喜(この)んで男女どちらをも歓迎する半男女は稀有だ、と」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.267~268』河出文庫)

ところで熊楠はなぜ両性具有者についてこれほど夢中になって古今東西の資料を漁っているのか。この章(二 半男女(ふたなり)について)では、性について、その無限ともいえる多型性に関し、近代日本になってからまるでなかったかのような顔をすることが自分で自分自身に許せなかったのだろう。ヘルマフロディーテは日本でも特別な性ではなく江戸期にはむしろ身近な存在だったし、古代ギリシア、ペルシア、中国、インドなど、世界史の中では当たり前のようにしばしば出てくる。ヨーロッパでは全土に渡って両性具有者に関する資料がある。日本だけが例外などという態度は自己欺瞞もはなはだしい。熊楠は学術研究者として嘘を許すわけにはいかないし、ましてや嘘を良しとするタイプではそもそもなかった。さらに人間の性というものの広大さ、奥行き、厚み、について極端に関心が深かったと思われる。なぜか男道、男色ばかりがクローズアップされがちな熊楠の性の哲学だが、むしろ「摩羅考」の中では男性器についてなぜ「まら」と呼ぶのかだけでなく「女性器」について、なぜ「於梅居」(おめこ)と呼ばれるようになったのかについて、「開」(かい、つび、へき)など幾つかの有力説を取り上げつつその批判異説をも多岐に渡って論じている。「於梅居」の場合、「於」と「居」とは修辞である。例としては中国の則天武后など。則天も后も意義や地位を表すための修辞であり「武」が名である。だから「梅」(め)のみが名の部分に相当すると考えられるけれども、しかし「梅」は当て字だろう。そもそもは娘(むすめ)、姫(ひめ)、少女(おとめ)、寡婦(やもめ)、産婦(うぶめ)、遊女(うかれめ)などの「メ」から取られたものと思われる。さらにまた女性器は人間の「目」(め)に似ているばかりか「目」は半分開いていて濡れてもいるという極めてリアルな点でむしろ「目」が先行している感がある。しかしどちらも「め」と呼んで混同してしまっているため、もはやどちらが正解かわかりはしない。そこで各地に残る伝承を考えた場合、「於女葛」が上げられる。女性器との相似関係から、すべての人間はそこから生まれてきたというもっともな話に基づいて尊くありがたいものとされ、葛を神葛とか於女葛とか呼んでいた。リアル感で言うと男性が煩悩を切り捨てるためペニスのみを切り落とす「羅切」(らせつ)と睾丸も含めて切断する去勢があり、後者をこそ「閹人」(あんじん)と見なすべしとする「和漢三才図会」の説を紹介したりもしている。それらが淡々と記述された論文に目を通すと見えてくるのは極めて実直な研究者の態度である。性についてただ単に男女二元論という偏狭な枠組みの中だけで優等生的欺瞞を演じる(論じる)のではなく、逆に性は、男女二元論に収まるような窮屈千万なテーマ系ではまるでなく、もっと多型的で多様性に満ちたものだという関心の高さがヘルマフロディーテ論のみのために丸ごと一章を割いて述べられている根拠のように思われる。粘菌研究でも論文は多産である。が、近代欧米社会成立以後、一般的とされるようになった論文形式を取っていないために度々無視される目にあった。例えば次のように、菌に関する書簡の中で突然「男性生殖器」の話題が出てきたりするため軽んじられたのだろう。

「家累と老齢衰弱のため、精査を遂ぐるに由なく、久しく打ちやり置きたるもの多し。その内に必然、無類の新属と思う Phalloideae の一品あり。記憶のままに申し上ぐると、上図のごときものなり。生きた時は牛蒡の臭気あり、全体紫褐色、陰茎の前皮がむけたる形そっくりなり。インドより輸入して久しく庫中に貯えられたる綿花(わた)の塊に生えたる也」(南方熊楠「ハドリアヌスタケ」『森の思想・P.238』河出文庫)

書簡の宛先は今井三子となっているが、戦後に北大や横国大で教鞭を取った植物学者の今井三子(いまいさんし)宛であって特定の女性に宛てたものではない。さらに熊楠のヘルマフロディーテ論の見地に立つと、ユダヤ=キリスト教や仏教の教義に見られる明らかな男尊女卑の精神は、性について、要するにそこから人間が誕生する生について、何らの理解も見られないという批判が率直に出てくる。

「耶蘇旧教と等しく仏教もとやたらに女人を蔑(さげす)み、仏教を篤信する外に女が男に転生(うまれか)わる途なきように説いたのだが、姑(しばら)くその説通りに推し行くと、男根やや備わった男性半男女は、男根大いに闕けた女性半男女より優等と言わにゃならぬ。しかるにツールド説通りならば、男性半男女多く男を好むからその精神は女に近く、女性半男女多く女を好むからその精神反(かえ)って男に近い」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.268』河出文庫)

井原西鶴が活躍し得た頃の江戸期にはこんなエピソードもある。

「『一代女』四、堺の富家の隠居婆が艶婢を玩んだ記事の末に、この内儀(かみさん)の願いに、またこの世に男と生まれて云々、とあるを相応にもっともな望みとして、さて胎児も初めの間は男女定まらぬ理屈で、事みな順序あり、女が男になる道中として半男女にしてやろう、男性女性いずれを選むかと謂わんに、男分多く獲れば精神反って女に近く、女分多く得れば男らしき精神を多く持つとすれば、隠居婆はいずれを取るべきや」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.268~269』河出文庫)

そこで問題は胎児の性別が男か女か、ではなく、男性器のあるなしにかかわらず、そもそも胎児から生まれたばかりの乳幼児の早い時期にかけて、子どもは自分で自分自身の性別を知らず、したがって二元論を知らず、善悪は二つに分かれておらず、男も女も関係なく、「生の初め」において子どもにとっての対象関係は一つしかなく、なおかつ子ども自身世界の中に常に既に組み込まれており、にもかかわらず善悪の彼岸を生きているという点である。だから乳房は一つでも二つでもいいし、無い場合は哺乳器具でも十分置き換え可能なのだ。メラニー・クラインは子どもにとって父母や玩具を含む諸存在が「愛の対象」と「憎悪の対象」とに分裂する前の「生の初め」について言及している。

「私は、対象関係が生の初めから存在し、その最初の対象が、子どもにとって良い(満足を与える)乳房と、悪い(欲求不満をひき起こす)乳房とに分裂する母親の乳房であるという見解を、しばしば述べてきた。そしてこの分裂の結果、愛と憎しみが分離する」(メラニー・クライン「分裂的機制についての覚書」『メラニー・クライン著作集4・P.4』誠信書房)

「生のはじめから、破壊衝動が対象に向かい、まず最初に、母親の乳房に対する空想的口愛的サディズム的攻撃として表わされる。そしてこの攻撃はすぐに、ありとあらゆるサディズム的方法を用いた、母親の身体に向かう猛攻撃へと発展していく。母親の身体から良い内容を奪い取ろうとする乳児の口愛的サディズム的衝動と、自分の排泄物を母親のなかに入れようとする肛門的サディズム的衝動(内部から母親を操作するために、母親の身体に侵入したいという欲望も含む)から生じる迫害的恐怖が、パラノイアと精神分裂症の発展に、重要な意味を持つのである」(メラニー・クライン「分裂的機制についての覚書」『メラニー・クライン著作集4・P.4』誠信書房)

熊楠は日本で大勢力を持つ仏教教義の男尊女卑的傾向とそれが不可避的にもたらす明治近代の逆説とについて述べる。

「仏教で女より劣るとされた人間がまだある。『大乗造像功徳経』に、仏が弥勒菩薩に告げたは、一切女人、八の因縁ありて恒(つね)に女身を受く。女身を愛好し、女欲に貪著(とんじゃく)し、常に女人の容質を讃め、心正直ならず所作を覆蔵(かく)し、自分の夫を厭い薄んじ、他人を念(おも)い重んじ、人の恩に背き、邪偽装飾して他(ひと)を迷わす。永くこの八事を断ちて仏像を造らば、常に丈夫となり、さらに女身を受けず。諸男子が女人に転生(うまれか)わるに四種の因縁あり。一には女人の声で軽笑し仏菩薩一切聖人を呼ぶ、二には浄持戒人を誹謗す、三には好んで諂(へつら)い媚びて人を誑惑す、四にはおのれに勝る人を妬む。次に四種の因縁ありて諸男子を黄門(無性人)に転生せしむ。一には他人または畜生を残害す、二には持戒僧を笑い謗(そし)る、三には貪欲のために故(ことさ)らに犯戒す、四には親(みずか)ら持戒人を犯しまた他人を勧めて犯さしむ。次に四種の業(ごう)あり、丈夫をして二形身を受けしめ、一切人中最下たり。一には自分より上の女を犯す、二には男色に染著(せんじゃく)す、三にはみずから瀆(けが)す、四には女色を他人に売り与う。また四縁あり。諸男子をしてその心常に女人の愛敬を生じ、他人がおのれに丈夫のことを行なうを楽しましむ。一にはあるいは嫌いあるいは戯れに人を謗る、二には女の衣服装飾を楽しむ、三には親族の女を犯す、四にはおのれ何の徳もなきに妄(みだ)りにその礼を受く、とあれば、今日ありふれた華族や高官はみな好んで後庭を据え膳する男に転生(うまれか)わるはずだ。かく仏典には、無性人と半男女と同性愛の受身に立つを好む者との三様の人を、女より劣ると定めた」(南方熊楠「鳥を食うて王になった話」『浄のセクソロジー・P.269~270』河出文庫)

しかしユダヤ=キリスト教にしても仏教にしても、何か親の仇ででもあるかのように、なぜそれほど延々と性欲にこだわるのか。そして両性具有者あるいは両性無有者を、「無性人と半男女と同性愛の受身に立つを好む者」を、世界中で最劣等な位置に落とし込めてきたのだろうか。さらになぜこの種のテーマ系になると宗教はがぜん張り切っていつまでも延々論じて止まないのか。むしろこの種の多岐に渡る否定的言説が、人格否定どころか人間とさえ見なされない全否定的言説が、逆に性的欲望の生産装置として知-権力の網目を構成し組織し、よりいっそう管理警察化していくということに気づいていないという問題点へ、人々の疑問は集中するのである。

「性的欲望とは、権力が挫こうとする一種の自然的与件として、あるいは知が徐々に露呈させようとする暗い領分として想定すべきものではない。それは一つの<歴史的装置>に対して与え得る名である。捉えるのが難しい表面下の現実ではなくて、大きな表層の網の目であって、そこでは、身体への刺戟、快楽の強度化、言説への教唆、知識の形成、管理と抵抗の強化といったものが、互いに連鎖をなす。いくつかの、知と権力の大きな戦略に従ってである」(フーコー「知への意志・P.136」新潮社)

そうフーコーはいっているが熊楠は明治近代化の只中で早くも、性について語りながら、国家による管理警察化の危険性について述べているのである。

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