なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

晴耕雨読

2010-09-25 01:27:44 | Weblog
 本来なら晴耕雨読で、リタイア後の生活の理想像、あるいは半隠遁生活のイメージですが、私の場合 は完全リタイアではないし、年令は合格?しているが耕す土地が無いので、晴耕の部分が無理。
 ベランダ農園では余りにもアッサリと毎日の作業が終わってしまいます。
  先日出かけた先で、道端の農地で「貸農園」がありました。
 一定の農地を年会費で貸す・・・苗などの提供とか農業指導付きで、野菜の成長などを見てくれるらしい・・・。
 成程これなら晴耕雨読らしきものは出来そうです・・・が。
  問題はある。
 私にとって最も大きな問題は、例え僅かな面積であっても、マイ農地を管理する体力があるかどうか。
 ウォーキングはすすめられていますが、これも程度の条件付きで、ジョギングは先ず厳禁。
  従って今のチャリンコ生活が最大限の運動なわけで、これで農作業は難しい。
 そんなわけで、体力の限界と、生来の怠け性で晴耕雨読は失格。

 代わりに晴耕雨読の耕を公に替え、読を碁に替えて晴公雨碁にすると、怪しげな4文字熟語が出来ます。
 晴れていれば朝6時頃から2,3時間は公園で鳥を追いかけ、昼食後あるいは夕暮れ近くに浜の方とか、公園の別のゾーンを回って歩く。
 図鑑的には珍しくもないものでも、殆どの鳥は私にとっては珍しいので写真を撮って、図鑑と比べて楽しんでいる。
 あるいは目にした光景、鳥のしぐさを1コマ漫画としてとらえ、そこに吹き出しをつけて台詞を考えるか、連想できる5・7・5を添付する。
 これが結構面白い。
  他人に見せてみたいが、「成程」と言われるか、「何コレ」になるかは後者50%を越えそうなので、出来たものを見せる勇気がないが、今のところ自分一人で楽しんでいる。

 朝早い時は、食事の後に薬を服用しなくてはいけないので・・・前提として朝食を撮らなくてはいけないわけで、変な時間に家で朝食を食べていられ無いので、出がけに少し寄り道をしてサンドイッチ・お握り・牛乳などを仕入れて行く。
 いつ来るか分からない鳥を待ちながら食べるのですが、これも結構な野外活動?の楽しみ。
  マア公園に住んでいる人と間違われないでしょうが、来ている物は出来るだけ地味な服装で、汚れてもいいように古いものを着ているし・・・。
 食事?は近くにノラ猫が居てはいけません。
  彼らはねだりに来ます、これが食後の薬でも食べ物だと思ってねだります。
 無視すれば良いのですが、困ったことに彼らが近くに居ると、鳥が警戒して現れない。
  時には猫が野鳥を狙って忍び寄って行く場面を見ると、こういう場面も自然の成り行きの中で有り得る事と見るべきか、猫を追い払うべきか迷ったりします。

 ともあれ晴公園は結構忙しい・・・夜明け方に家を出たまま・・・何かあったら携帯が鳴るだろうと思っている。
 そうそう、必携品がある。
  ミオコールスプレー、もう一つは低血糖対策の顆粒果糖・・・これは常にポシェットに入れて有る。

 さて雨碁、あるいは晴れていれば夜碁・深夜碁は専らネット碁。
  これまでは趣味と言えば碁だけだったのに、最近は公園が加わったので総体的に比重が相当低くなりました。
 読書の場合は趣味とは言いたくないですよね、、、読むことが趣味ではなくて一定方向の知識を得るためか、何らかのドラマを楽しむために読んでいるのであって、手段が趣味と言うのは少しおかしい。
 もしかしたら読書趣味と言える人もいるかもしれないが、私としては読書マシーンでは無いので、例えば映画鑑賞趣味みたいなものと並列に読書趣味とは考えにくい。

 脱線しましたが。
  囲碁の方もコレ一本の趣味ではないので、対局数は減りましたが良い点も有る。
 一番は肩の力が抜けた事だと思います。
  マア、ザルの素人が肩の力などとおかしなことではありますが、例え生活と関係無くてもコレ一つと言うのと、いくつかの中の一つと言うのでは気持ちの負担が違うようです。
 この辺りが、もう少し自分の頭と心の中を見てみないとはっきりしたことは分かりませんが、今のところそういう感じです。