なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

早くも月半ば

2010-09-15 01:35:58 | Weblog
 火曜日が14日ですから明日で9月も丁度半分。
  なのに今月は未だ対局が4局、、、勿論碁が嫌いになったわけではない。
 成績だって一応4戦3勝1敗だから、まずまずとは言える。
  では何故対局数が増えないのか?
 答えは簡単ですネ・・・要するに体力不足の一語に尽きる。
  若い頃なら仕事をして遊んでも体調がどうだと言う事は無かった。
 マア、夜中まで碁を打ったり、徹夜で麻雀をしたりを繰り返しているので、体力というより睡眠時間の問題だったでしょう。
 
 アマもザルレベルですからこの体力も棋力の内かも知れませんね。
  だから最近は体力では碁を打てませんから、自然と局数制限になる。
 別に意識してそうしているのではないが、結果的にそうなっている。
しかも毎日のように自転車で公園を走っていますから、一応エネルギーを消耗しています。
 週4日の通勤は晴れていれば自転車でこれが往復で13キロくらい。
  仕事から帰って夕食前に公園を一周するとこれが+7,8キロですから概ね20キロ。
 仕事のない日、あるいは土日は晴れれば公園に2回。
  早朝6時頃に出かけるのと夕方の2回で合計15,6キロ。
 マアひたすら走るのではなくて、写真を撮りながらですから、メインがスポーツでは有りませんが、それでも結構エネルギーを消費しているようです。
 (心臓用のミオコールスプレーと、低血糖対策の顆粒果糖は必携で、プラスクッキー2,3m枚とかマーブルチョコなどをポシェットに入れて有る)
 最近使い始めた薬との相性も良さそうで血糖値5.5、、、これは正常値なんだそうで、そういうことならなおさら自転車の徘徊を止めるわけにいかなくなっている。
 これと写真とのダブルで嵌り気味。

 それで、その結果囲碁を打つ体力割り当てが少なくなっている。
  但し戦績はマズマズなのは、局数が少ないのが幸いしているのか、あるいはたまたまなのか興味深いです。
 局数が多いと雑になり、少ないと丁寧に打つ・・・そういう感じはしますが、しかしもしかしたらこれは思い込みかもしれません。
 というのは点数制でハンデが変動しますから、そうそうは連勝出来ない。
  仮に、幾ら好調でも連戦連勝にはならない筈・・・そのための変動でしょう。
でも、続けて勝てる事目指して対局するのですから、『好きなものはしょうがない』。

チドリいろいろ

2010-09-14 00:03:11 | Weblog
 何時もの公園の人工海岸でチドリを見た話を書きました。
  正しい表現をするなら、チドリと思しき鳥を見たでしょう。
 マアその後ネット検索ですが、鳥類図鑑を参照して・・・まずはチドリで有ろうとは思われます。
 但し、チドリ科チドリ目の中のどれかでは有るけれど・・・この鳥と言うほど確信は無い・・・多分ハジロコチドリかフエコチドリのどちらかだと思うのですが、実はこれは図鑑の写真を見た印象であって、生息域とか特徴のある形態とか行動とかは関係のない第一印象ですから相当怪しいです。
  (本当は単にチドリと命名されている鳥だと思われます)
 それでも、海面すれすれを飛ぶ姿とかを見ていると、なるほどこれが図案化された「波と千鳥」になったのかと思ったりして、、、
 童謡の主人公と出会えたのが嬉しくて、誰も居ないところを自転車で走る時など「硝子戸閉めても・・・」などと歌いたくなります。

 子供時代は年中海で遊びましたが、そこはコンクリート護岸の堤防、突堤、テトラポットといった場所で、砂浜は海水浴シーズンに行く程度だったし、浜に行く時間も日中しか無いので仮にそこにチドリが来るにしても出会うチャンスは無かったのです。
 それでも酔っ払いのチドリ足の命名の由来は知っているわけだし、デザインのチドリとかは馴染みがある。
 そうそう麻雀の裏技のチドリも・・・
  ネットで検索すると千鳥の名前がつくものは結構ありますね。
 チドリ格子で始まって、地名で言うと関東では東京都大田区と千葉県の浦安市。
 帝国海軍の水雷艇などという物騒なもの
 狂言の演目
 岡山県の笠岡高校の愛称・・・お笑いコンビのチドリはここの出身だとか
 建築用語
 千鳥饅頭という饅頭も有る
 立花道雪の所持刀
 かわったところでは漫画こち亀の両さんの愛車(自転車)の愛称
   一番有名どころとしては「赤い鳥」の鈴木三重吉の小説のタイトル(内容はしりませんが)
 
 先日、浜辺では5,6羽があっちへ行ったりこっちへ来たりしていましたが、貝とかゴカイとかをえさにするので、波打ち際に来るのですネ。
 先日はカモメが居る場所に千鳥も居たり・・・結構近くで写真をとれました。
  思うに、カモメと一緒なので、カモメが居られるなら安全だと言うことなのでしょうか。
 
 仕事の同僚から聞いた話では、近くにカワセミが来る池があるのだとか
  彼の趣味は写真なのでその仲間から聞いたらしいが、もし来るとしたら朝早くか?
 確かに小魚が居て、浅い池は有る。
  私は一度だけ実物を見たことがある。
 そこは小さな川が大きな川に合流する場所で、そのあたりは浅瀬になっていて、小魚とかドジョウが多い場所。
 その川のほとりに木が立っていて、枝にお菓子の袋が引っ掛かっている雰囲気・・・奇麗な青い袋みたいな・・・実際はそれがカワセミでした。
 飛んでから分かったのですから間抜けな話。 
  さて、今回は実際に会う事が出来るかな?
 もしいつもの池だとしたら、そこにはアオサギ、シラサギ、ウ、カワセミが来ることになります。

 その池で凄いカメラをセットして物陰に待機している人に出会いました。
  その方の話では・・・続きはまた明日。

チドリ追っかけ、カワセミ待ち伏せ、カモメ飛行写真。

2010-09-13 04:17:27 | Weblog
 土日とも暇だったので(忙しい事は余り無いけれど)、一日に2回は公園・公園の人工の浜に行きました。
 メインの目的は運動不足対策なのですが、2回で約16キロぐらい自転車で走ることになるので、マアマアでしょう。
 ママチャリなので余りカッコ好くは無いけれど、サドルを高くして走っています。
  このサドルの高い事はサイクリング向きなので、走るのは楽、対するサドルの低い自転車は腿が疲れる・・・疲れる方が運動量が多いのか、それが運動量と関係無いのか、どちらでしょうね。

 ところでこの浜で出会うチドリはいつも5羽のグループ・・・だと思う。   
  チドリの家族が概ね5羽が多いのか、あるいはたまたま5羽のグループと別の場所で出会っているのか・・・そこのところがはっきりしませんが、同じ5羽が移動して食餌活動しているのを「追っかけ」をしているような気がしています。
 チドリたちは例のチドリ的歩行で渚を移動しますが、障害物あるいは人間などが居るとコースを変える。
 一番簡単なコース変更は、海上を飛行して移動する。
  波の上を海面すれすれに5羽が飛んでいく・・・いつかこの写真も撮りたいけれど今は移動先で有ろう浜に行って撮影続行。
 結果、行き先の予測が当たって・・・概ね3箇所を移動している事が分かりました。
  マア午前の早い時間中心ですが・・・夕方チドリらしい鳥の影を見たのは一度だけ。

 ところで花の美術館近くの池にも回って見ました。
  ここは職場で教えて貰った「カワセミ」が立ち寄るかもしれない場所。
 池に行くと、アオサギが飛びさってりきしたが、カワセミはどうやら来ていないらしい。  
  しかし、凄い立派なカメラが三脚付きでセットされている・・・人は物陰で静かに待っている。
 この人は「カワセミ狙い」だなと思ったので、ゆっくりと音を立てずに近づきながら黙って会釈した。
 その人は「未だ来ていないから大丈夫ですよ」と気さくに応じてくれました。
  カメラのメモリーでカワセミを見せて頂きましたが・・・それは彼が唯一撮影に成功したものだそうです。
 今日も彼は朝6時からここで構えていて・・・現在時間朝8時半。
  でも割合楽天的。
 「9-11月は子育て期間なので、魚を必要な筈ですから毎日来る筈ですよ」と、「来るならこの石、あるいはそこの松などと3箇所を教えて貰いました。

 私が移動のために目印の石に背を向けて動き出した時、小声で「来た」という声がかかりました。
  マア結局見ることは出来ませんでしたが、これからは朝早く公園にこれたらここはチェックポイントです。

 さて夕方再度浜に出てみると、どうもカモメだけのようです。
  磯のカモメと波に浮いたカモメはかなり近くで撮れましたが、今日はh移行中のカモメに挑戦。
 これが、難しい。
  先ず、被写体をカメラの枠に捕らえるのが難しい、しかもそれをオートだとピントを調節する時間とシャッターを押す時間差で結果空を撮ることになる。
 そうなると「下手な鉄砲数撃ャ当たる」で運任せでシャッターをバンバン。
  これは通常のフィルムでは出来ませんね。
  メモリーなので、ダメなら消せばいいサ・・・
 しかし結果は下手な鉄砲はそうは当たらない。
  「10枚に1枚でも良い」と思ったけれど、実際は更にその半分くらい・・・しかも自動画面処理しても影絵的・・・ムーこれ修業が大変です。
 
 
 
 

疑問が一つ解けました。

2010-09-12 00:01:12 | Weblog
 囲碁の問題に挑戦して、「問題が解けない場合は問題集のそのページを開いたままにして置く」とか「碁盤に問題を並べて置いて、その横を通るたびに問題が見えるようにして置く」など、ともかく極力模範解答を見ないで挑戦する派と、分からなければ「さっさと答えを覗く」(但し繰り返し挑戦する事が前提でしょう)派、、、マアどちらにせよ極端かもしれませんが、どちらにせよプロの先生の推奨があるところを見ると、どちらも良いところがあるのでしょう。
 私の場合は前者+後者・・・その時の気分で、どちらとも決めていません。
  尤も、新聞とか週刊誌の詰め将棋の問題の場合は、一応自分なりの答えを得るまでは決して「正解」欄はみません。
 と言う事は、囲碁の場合に「どっちも有り」になる。
 これは考えて見れば、詰め将棋のやり掛けを頭のどこかに留めて置いても、囲碁を打つ際に特に邪魔になる事は自覚しません。
 しかし、詰め碁などの問題が頭のどこかにチラチラしていると、どうも対局の障りになるような気がします。
  それに、仮に問題集に近いような実戦局面が出来たら、なんだか損をしたような気がするに違いない。
 
 ところで以前にヨットのマストトップに丸い球がぶら下げて有る事に疑問を感じまして・・・
  初めにアレは戦国武将の馬印みたいに遠くからでも誰が乗っているのか分かるようにしている?
 と思ったのですが、考えて見ればヨットの場合帆に大きくナンバーが書いてあるのだから「馬印」は必ずしも必要ない・・・
 そこで、ヨット関連の付属品パンフレットから、もしかしたら「夜間航行用の灯り」かとも思った。
 しかしそれも、小さなヨットが夜間航行などしないから、これも説得力がない。
  冗談では、ヨットが沈んだ時に「ここにヨットが有りますよ」と言う目印に海面にウキとして残る・・・しかしこれも冗談半分だから、実際はどうだろうとは思っていました。
 昨日書いたように、職場の嘱託仲間がヨットマンなので、正解を得られました。
  こういう問題は一人で考えるメリットは無いので、しかるべき人がいたら質問するのに限る。

 彼の答えは・・・『マジッ?』っと一瞬思った・
  「あー、あれはねチン対策なんだよ」
 チンと言うのはヨット言葉で「沈」の事らしいので、『沈んだ時の目印?』・・・流石にそれは早合点。
 風の強い時などにミスでヨットを倒してしまう事も有るのだそうです。
  この場合仮に一回転してマストが海底方向に向くような倒れ方をするのは「完チン」
 これは後の手当が大変なんだそうです。
  仮にマストに浮玉をつけて有れば、ヨットは完チンせずに横倒しで済む。
  この状態だと船底のフィンに乗ってヨットを起こせるのだそうです。
   そう言えば「完チンの場合マストを風上に向けて起こす・・・と書いてあったような気がする」
 初めにそれを読んだ時は「何のことやら」でしたが、聞いてみれば成程ですネ。
  
 しかし実用性は分かったのだけれど、船によって個性的な浮玉にしても良さそうなのに・・・素人は勝手な事を考えます。
 ともかくマストトップの丸い球の意味は分かりました「スッキリ」

 ところで土曜日はヨットハーバーの敷地の芝生にテント屋根が何十も並んでいました。
  これに足をつければ即テント村の出来上がりですネ。
 ここは国体のヨット会場になる予定だそうです・・・ 
  期間中の公園は規制を受けそう。
 しかも競技は海の上ですから、見物出来そうもない。
  つまり、ヨットは自分でやらなくては面白くないスポーツなんですネ。

同僚はヨットマンらしい

2010-09-11 00:20:58 | Weblog
 職場のパソコンでSDカードの入れておいた「公園」の写真のフラッシュを見ていたら「オッ!?そこのところもう一度戻して」と声がかかりました。
 「そう、その番号ね、帆に書いてある番号で、ソウそれそれそれが俺の番号」
 と言う事はヨットのオーナー?
 話を聞くとよくハーバーに来てヨットに乗っているらしい。
  本人の話では海から戻ってハーバー脇の芝の丘でお酒を飲んでいるのだそうですが。
 他の写真に「これは付属中学の子たちで、一人乗りですが結構達者ですよ」とか、地元の高校のヨット部の先生とも知り合いらしい。
 ともあれ彼はしょっちゅうこのハーバーに来ているらしい。
 「これは何処から撮った?」
 「ハーバーの向かい側の公園道路から眺めているですよ」
   彼とこういう話になるとは思いませんでした。

 彼は今年の4月から隣の課で働いています。
  多分他の職業を停年退職して、ここの嘱託になったと思う。
  嘗て私もそういうコースで、全く未知の仕事を憶えた時期が有りまして、それが彼が今いる課の仕事。
 だから3月で退社した人が「分からない事があったら隣の課のaizomechouに聞いてね」と申し送り・・・。
 そういう事情もあって新人の彼に「知っていることは教えますよ」と言う事で課は違うけれど良く話をする関係だった。
 しかし、住んでいる所とか前職など本人が話さない以上効きません化ら、ヨットの事は全く知りませんでした。
 これで週末にヨットハーバーの横を通る時に「彼・Sさんはいるかな?」と覗く楽しみが増えました。
 
 そう言えば、あらためて彼の印象を見ると「元、高校教師?」・・・成程そういう雰囲気は有る。
 少しでも情報が加味されると、印象って変わるものですネ・・・。
  私?・・・『何でも屋』と言うか、強いて言えば『道楽息子のなれの果て』の道楽オヤジ・ジイサマ。

嘗て運動会は秋だった

2010-09-10 02:46:47 | Weblog
 昔、10年ひと昔で言うと私が小中学校時代ですから5昔にはなるか、、、
  遠足は春と秋の2回有り、運動会は秋の恒例行事でした。
 校長先生の挨拶「この秋晴れの好き日に・・・」で始まったものです。
   ついでに、、、小学校の運動会は勿論学校行事でしたが、その地区の行事でもあったので、学校の外の道にお祭りみたいにお店が何軒か出たし、運動場脇にはPTAのテントでバザーと言うか、パンと牛乳中心に店が出たものです、、、古いですネ。
  そう言えばオリンピックも東京大会は10月10日スタートですから「体育の秋」「スポーツの秋」であった筈.
「天高く馬肥ゆる秋」が、天高くなく、食べ物も季節感が乏しくなって来て・・・
 オリンピックは予算の飛躍的拡大とマスコミの放映権やらいろんな権利のと繋がった採算重視のせいか、開催時期が夏休みに変わって来てしまいました。
  競技者の都合は無視して、観客の都合・強いて言えば興業者の採算の都合。
   ワールドカップの6月だって、欧米の各国別レギュラーシーズンの隙間ですから、南半球だとか北半球だとかの季節的条件は無視。
 ましてや日本などのシーズンの都合は全く考慮されていないので、Jリーグなどは4年に一度はコンディション大パニックイヤーがやって来ることになる。

 確かに見る方の立場で言えば、開催国で観衆を動員することは勿論、実際に見るために開催国に行くのも、あるいはTV観戦するのも夏休みの方が都合が良い。
 しかしこれはスポーツをする人にとって最適な環境では無い事は明らか。
  マア、全てのスポーツが秋がベストではないにしても、夏は水泳を始め水に関するスポーツだけでしょうね、、、

 そういう意味では過酷な条件で戦いを強いられる選手は大変、、、「皆同じ条件だから」などと言う事がまかり通るのですから、本当に可哀そうな気がする。
 マラソンなどを夏にやるなどその最たるもので、「地獄の・・・」などと言いながらエアコンの効いた部屋でTV観戦。

 全く競技の意味もレベルも違いますが、昔の運動会が秋開催だったのは条件的に当を得ていたのでしょう。
  昨今は春の運動会のところもありますが、気分としては秋晴れの爽やかな空気が一番だと考えるので、昔通りに秋開催の学校を見るとそれだけで嬉しくなる。

 ところで火曜日に通勤路にある小学校で運動会の準備をしていました。
  毎朝、応援団の練習が行われている。
 先生も熱心(かどうかはわかりませんが)に朝早くから指導しているのですから、ご苦労なことです。  
 その苦労は苦労として、でも実感は『馬鹿みたい』だと毎年思うのです。
  紅白対抗戦形式なので当然応援団も紅白の応援団。
 その敵味方の応援団が、同じ応援スタイルで旗も太鼓も同じだし人数も同じで、全く同じ歌を歌い、同じリードをする練習。
 一緒に練習する様子は・・・確かに公平だし「教育的指導」には違いない。
  何だか最近の教育らしいと言う感じ。
 仮に紅白の指導教官が別々の先生が担当し、それぞれが別の場所で自分たちの工夫で練習したら面白いだろうに、、、全く同じ内容で応援合戦だなんてお仕着せ合戦と言うべきでしょう。
 やはり最近の学校の規模が小さいし、先生も生徒の数も少ないのも原因でしょうか

 そう言えば私の中学校時代の中学は2000人近くいたから競技は勿論応援合戦も迫力があった。
  運動能力で運動会の日には教室とは別のヒーローもいたし、応援で「エッ!あの人にあんな芸があった?」なんていう応援も有りました。
 マア、古い型の応援で言えば扇子を持って袴・高下駄(下駄は途中で穿き捨てるか)スタイルで3・3・7拍子(これは笛と太鼓で今でもやっている)。
  これは1拍子から始まる・・・
 これは応援団長の独壇場となる場面カナ
  そう言えば今日の小学校でもこの応援を練習していた・・・しかし全く味が無い応援だったと感じました。
 何が違うか。
  応援の拍子ですから間合いが命なのに、その間に味が無い。
  何だか事務的と言うか平坦と言うか・・・ゆっくり始まって徐々に早くなり強くなる盛り上げが違う。
 別の言い方で言うと例えばゆっくりの時に単に間延びする時間があるのではなく、そこが粘って繋がっていく間合いと言うか・・・そういう味が感じられませんでした。
 「小学校だからこれで良い」と割り切ればそういうものでしょうが、教えてる先生も良く分かっていないでしょうから、こういうのって単に形を教えているだけでは伝わって行かないだろうし、やっている応援の子供たちの自主的な工夫の入る余地も全くないだろう。
  マア、工夫を考えているかどうかの疑問も有るけれど
 
 考えて見れば「応援合戦」と言うのはかなり古い形式だと思うのですが、実際のところ形だけで内容が寂しいと感じるのは私だけでしょうか。
  
 

チドリ発見

2010-09-09 03:15:51 | Weblog
 先週の週末の海(公園近くの人口海岸です)は穏やかで、ゆったりとした波が揺れている。
  イメージを一言で言うと・・・「青海波?」と言う言葉が頭を過ぎりました。
 しかし考えてみるとこの言葉のイメージは勝手に自分で作ったものであって、本当の意味は知らないことに気がつきました。
 マア、この年になっても知らないことはたくさんある。
  「日の下に新しいもの無し」かもし得ないが、それは確かに昔から存在していたにもかかわらず、知らないで放置していたわけです。
 従って「長生きすれば恥多し」の方が私にとって正解にになる。
  恥の上塗りにならないように知らないものは知らないと言う事にしている。

 ともかく青海波。
  昔、仕事で銚子方面に車で行くことが多かったのですが、道中の道脇に広告看板がありまして、それが近くのホテルの式場の宣伝で、部屋の名前が青海波だった事を憶えています。
  と言う事は、これはイメージが良い言葉、縁起が良い事に入る筈。
   イメージでは大海原で天気が穏やかで波静か・・・しかしそれで良いのかネットで調べると。
 元々は中国の青海地方の民族文様に由来する山岳文様とある。
  これが日本では舞楽の装束文様に取り入れられてきたのだそうで・・・。
 ともあれあの青色と円形模様は初めは海の波と言うより山の連なる波だったのかも知れない。 
  出発点はともかく日本ではそういう風に使われてきたのだから、大甘に見て半分正解かも。

 さて週末の青海波は火曜日には台風の影響か時化模様に。
  公園の防波堤横の道路では・・・
 砂浜が無くて直接海と防波堤が接している所では、波のしぶきが防波堤裏の道路に降って来ます。
  場所によってはシャワー付き道路です、、、海水と言うのは厄介ですが、今の季節ですからむしろ気持ちが良いくらい、但し帽子が飛ばされない用心は必要だし、自転車のバランスを崩す事も要注意。

 こういう中でもカイトボードをやっている人がいるから驚き。
  外国人三人組がカイト+ボードを抱えて帰って行きます。
   ここはジョギングなどもかなり国際色豊かなのです
  もう既に夕陽も東京方面のビルの間に消えて行く頃、スカイツリーの姿も薄くなって行きます。
 東の方の工場群の灯りが奇麗に見える。
  羽田方面へ旅客機が次々に通過して行きます・・・これは暗い上手く撮影出来ませんでした。

 さてそれが水曜日には・・・ポツリポツリと朝から雨ですが、波は静か。
  この日はカモメ中心に撮影会(個人的)をして来ました。
 波に浮かぶカモメ、磯を歩くカモメ、遠く突堤の上にはたくさんのカモメが羽を休めていましたがこれは遠すぎて無理。
 ところで波打ち際のカモメを撮影していたら、スズメかそれより少し大きめの鳥があるいていきました。
 これは、もしかしたら童謡の主人公、あるいは酔っ払いのイメージのチドリだろうか?
  もしそうなら、自分の目で見るチドリ発見です。
 天然記念物なのどでは無いけれど、子供の頃にもじかには見たことが無い。
  近所の海は全てコンクリートの岸壁だったし・・・
   でも童謡では「硝子戸閉めても未だ寒い・・・」ですが季節は大丈夫なんだろうか?
  この方面の知識に疎いのでわかりませんでしたが、割合近くで撮影出来たので後でネット検索してみます。
 これも出会いの一種かも知れません。
  それといつもと違羽公園の道を走っていたら、見慣れない鳥に出会いました。
   薄暗い松林の枝に止まっていた。
 知っている人には珍しくも無い鳥なんでしょうが私にはこれも嬉しい出会い。
  但し薄暗い林の中なのでズーム目いっぱいでも厳しい。
 角度が、枝の隙間から下から見上げる感じ・・・何度も通えばそのうちチャンスが来るかも。
 

就活試合か?

2010-09-08 04:13:53 | Weblog
 今夜の代表選は酷かった・・・私はそう考えます。
  良かったのは結果として勝ったと言う事、多分誰もけがをしなかっただろうということぐらいで、内容はオソマツ。
 何がお粗末かって、選手の気持ちの持ちようが(全員ではないけれど)寂しい限り。
  確かに丁度監督が変わる時期で、その次期監督がスタンドから見ている。
 今回の選手のセレクションは監督代行がやったに過ぎなくて、今後のセレクションの第一決定権はスタンドで見ている次期監督予定者。
 従って、フォアザチームは二の次で自分の売り込みの場所だと行動しているように見えた選手が目立ちました。
 それは確かに試合の局面では1対1の勝負が基本かもしれないが、一方でチームで戦っている事がもっと重要な事でしょう。
 だから、自分のアピールの場としてのプレーを見せつけられると『これで有料の国際マッチなのか?』と腹が立ってきます。
 しかし、次期監督はこういう過剰な自己アピール選手を、自己主張がしっかり出来る選手として頼もしく考える人だろうか?、それとも別な感じ方をする人だろうか?
 私はこの試合の中で数名の選手には『ヤメテクレー』と叫びたかったですが・・・。

 そういう選手を煽るかのようなマスコミの報道の仕方はいつものことながらとはいえ、これまた無責任さを感じます。
 ワールドカップ直前に岡田バッシングだったのが、手のひらを返すように態度を変える変わり身の術を備えていて、都合の悪い事には口をつぐみ、自らがトレンドで有り正義であると言う態度・・・
 あるいは面白可笑しいストーリー展開になるように現実の進行を「予定原稿」に当てはめて行くやり方、、、現実に起きた事を報道する使命を変な解釈を加える事で味付けするとか、進行を演出するとかの過剰な仕事ぶりが目に余る。
 これでなくてはマスコミ業界では生き残れないと言う割り切りと、生き残りが正義であるとの迷惑な信念。
 マア、そういう質の悪いマスコミ体質に翻弄されているのか、あるいは最近の人の資質が変わったのか、「就活チャンス」的なプレーをレギュラーシーズンより入場料が高いチケットを買った観客に見せている・・・
   それとも最近のファンはこういうのも含めて楽しんでしまうのか、、、
  そう言えば試合開始と同時に携帯電話のフラッシュの光が・・・こういうのって瞬間とはいえ迷惑なんだけれど、「俺(私)、今さっかーの試合見ている」って、送信しているんでしょうか?
 ともあれ自己中心なプレー=元気がいい、頑張っていると言う評価にする・・・これって『馬鹿みたい』なのに。
 「俺が俺が」的な要素もスパイスとして必要ですが、みんながそれになってしまうとそれはチームでは無い。
  でも、一部の選手のそういうプレーぶりは全体にそういう気分を伝染させるから困る。
 この辺りの兼ね合い、あるいはチームとしてのバランスも必要なのに。
 有る中心選手の我儘なプレー、嘗てのゴールデンコンビとやらのお子様的サッカー、回りが見えていないだけかも知れないのに・・・マア次期監督がどう見ているかは今後のお楽しみではあるけれど、、、

ダイヤモンド富士

2010-09-07 04:12:37 | Weblog
 職場で「ダイヤモンド富士って知っている?」と訊かれました。
  どこかkで聞いたような気はするがはっきりしない。
  富士五胡で湖面に映る富士山と本物の富士山とで出来る面白い形なのか?、いやそれなら天気さえよければいつでも良い筈・・・
 話では、来月の27日がピンポイントなのだそうです。
  正解は富士山のてっぺんに夕陽がかかって、ダイヤモンドの指輪みたいな形に輝く、日食に比べればスケールが小さいが、ミニ天体ショーと言った感じ。
 富士山の頂上にピッタリ太陽の輝きが乗っかる日がこの日。
  実は場所によって少しづつずれて行くので東京湾沿岸ではその気になれば追っかけも可能。
 パンフレットでは三番瀬海浜公園ではこの日
  問題はそこに行くとなると自転車ではチト無理がある事。
 仮に車で行ったとして、その日の天気、空気の透明度で必ずしも期待通りとは限らないわけで、それなら多分この日以外だろうが、ご近所の公園で似たような現象が起きる事を・・・
 いや、富士山、太陽の軌道が問題なので、都合良く行くかどうか、、、数日差で似たような事が見ることが出来るかどうか。
 
 その日は平日だが水曜日なので運良く自由行動可能日。
  季節も10月なら今より遠くが見通せるだろうから問題は当日の天気だけかもしれないが、これは今から考えてもどうしようもない。
 ともかく頭に「10月27日」をインプット。

 ところで「インプット」、表現はともかく子供時代からこういう事をやって来ました。
  「これは面白い」と感じた事、教科書などで「憶えなくてはいけない事」、それでいてもしかしたら「忘れそうな心配」があるものについて・・・。
 自分で自分の頭に「ヨシ、これは憶えたぞ」と、まるで決裁印を押すようにダメを出す。
  決裁印の場合は「ただ見ました」だけでなく、内容に対しても責任を負う事も有り得るわけで、「メクラ判」と言う事は出来ない・・・出来ない以上は脳にも責任があるので記憶に残る。
 本当にそうなるかどうかはかなり怪しいが、でも子供時代からやって来た習慣でもある。
  豆タン(豆英単語帳)に赤鉛筆でアンダーラインをひきながら丸暗記したのも・・・何回も繰り返し読んで、「憶えたぞ」のダメだし。
 
 と言う事は「なんとなく」眺めているだけでは脳細胞に留まらないのか?
  いや、何気なくフラッシュみたいに残る事も有りそうであるが。
 ダメだし=記憶の整理棚にきちんと仕舞って、何時でも取り出せる状態?・・・実生活では尤も苦手な整理整頓ではある。

想定棋力。

2010-09-06 00:00:38 | Weblog
 想定棋力などと言う言葉は無いけれど、概念としては有るような気がします。
  単純に、自分の棋力は○くらいと感じる○が想定棋力でしょう。
 これは例えば碁会所で○段も有るしネットで△とか・・・碁会所でも辛いところも有れば大甘も有り、ネットでも国際色が豊かなところは辛いと言う差はあるけれど、頭に○○の□段と言えば通じるでしょう。
 何を名乗るかは本人の自由でしょう、、、但し頭の○○を忘れてはいけない。
  これが無いと大きな誤解を招く事も有るだろうし、大ぼら吹きと思われるかもしれない。

 さて、ランクの表示はともかくとして、棋力が伸びている時期を過ぎると安定期?に入りますが、これは年をとって多少棋力に衰えが出るかもしれない(人によって)時期まで続くと考えます。
 それで安定期ですから、概ね正しいハンデで対局すれば勝ったり負けたりになる筈。
  もし勝ってばかりとか、負けてばかりと言うのであればそれは安定期では無い。
 マア安定期の中でも人によって揺れ幅が違うでしょうが・・・ある一定の幅の中で揺れているとも考えられる。
 そういう事を前提に考えると、連勝していても『やがてこの分のツケが回って来るに違いない』と考えるから、勝つのは嬉しくても何割か割引みたいなところがある。

 比較の対象にするのはおかしいけれど、そこのところがプロとの違いですね。
  プロ棋士の場合、いや他のプロスポーツでも同じですが、全てノーハンデで戦っている。
  従って仮に棋力が他の人を超越しているのなら生涯無敗だって可能性が無いとは言えない・・・マア極端ですが。
 しかしアマの場合、それも点数制度では1戦の結果によってハンデを決めるための点数が変わる。
  この点数と言うのは、単に棋力の指標と言う事では無くてハンデを決めるための物差しで、ハンデとは勝率50%を目指している。
 従って競馬ではないがベストハンデなるものがあったとすれば、理想は勝ったり負けたりになる。
 そういう環境で碁を打ちながら、気持ちは全勝を理想とするのですから大きな矛盾です。

 最近そんな事もあって、たまに好調で3連勝などすると、『マア連勝もこんなもので、そろそろバランス的負けになる筈』と思ったりする。
 だからと言っていい加減に打つわけではないが、負けてもがっかりはしないというクッションではある。
 それと、思いきった作戦とか、思い切った手を打つには良い時期ですネ。
  『どうせ、そろそろ負け頃』と言うといい加減に聞こえますが、まあ失敗してもダメージは小さい。

 今日の午後そういう感じで思い切って行ってしまった!。
  相手は同県の人で向こう先・・・
   きっと、『今日のaizomechouはいつにも増してバカみたいな手ばかり』と思った事でしょう。
 ”やはり”見事に潰されてしまいました。
  こういう負けは引きずらないと思います。
 『負けて元々』だったはず・・・。

イッツモ公園フォト日記

2010-09-05 03:56:26 | Weblog
 土曜日で5日連続の公園。
  今日は初めて朝5時半という,だいぶ常識的では無い時間に行ってみました。
 実は行く前にネットで囲碁観戦していたのですが、どうもお馴染みの対局相手が現れない感じなので、思い切って出かける事にしました(朝5時ですから、そうそう都合良く行きません)。
 この時期の5時半ですから、もう明るいし気温も低くなんか無い。
  熱帯夜続きなので25度以下と言う事はないから風邪をひくことは無い筈で、むしろ熱中症の方が心配。
 仮になったとしたら・・・心配はして貰えるだろうが、それよりも年寄りの冷や水だと嗤われそうですから、水分にかねて用意の冷凍ペットボトルを持参し、且つ公園の自動販売機を利用できるように小銭を持参。
 家の家族ならきっと「慣れない事をするから」あるいは「普段だらしがない生活をしているから」と言うに違いないい・・・同情は期待できない。
 加えて、「心配をかけさせないで下さい」と止めを刺されるだろう。

 しかしマア、5時半は公園ファンにとってはそれほど常識外れでは無かったようです。
  今、社会現象のシャッター街とは比較にならないほどの人出です。
 ジョギング・ウォーキング・サイクリングバイク・犬の散歩、これからウィンドサーフィンやカイトボードを楽しむ人の準備。
  それにいくつかある海のベンチ、屋根付きの休憩・展望施設は概ね利用者で塞がっている
 この人の流れをデジカメに
  「これがマア 浜の参道 朝7時」 東京の表参道には比較にならないにしても、似たような驚きと言うことです。

 それと、この時間は干潮だったので「磯男発見」
  ここのところ満潮時刻ばかりに来ていたので、見つかりませんで、もしかしたら夏シーズンの浜の杭とか遊泳者用のブイをかたづけた時に一緒に撤去されてしまったのかと心配?していた。
 しかし、今日無事?な事を確認しほっとしました。
  誰がやった事か知りませんが、こういう誰の迷惑にもならない、楽しい悪戯は好いですネ。
 あいかわらずオジサンは海の中に立っている・・・枕木みたいな杭に帽子を被った人がディバッグを背負って海の中で釣りをしているかのようなスタイルですから、思わず「釣れました?」と声をかけあくなるような感じです。
 尤も釣竿を持っているわけではないので、見る方の私の思い込みで現実には無い竿が見えるのでしょう。
  
 公園の中の池に行くと、水の中をアオサギが歩いている。
  たぶん先日きていたアオサギだろう・・・と、見ている間にフナを捕まえてペロリ。
  マア、アオサギにとってはこれも生活なんでしょうが、弱肉強食とはいえここのフナにとってはいい迷惑でしょうね。
 そこへオジサンが二人やって来て、魚をアオサギに投げ与えた・・・多分海で釣ったばかりのボラかイワシかキス、ハゼ?。
 アオサギは3匹も貰っても未だ満足した様子は無い・・・しかし魚を与えるって、これって良いのだろうか?
 
 さて海岸に戻って、突堤に先客が居なかったので自転車で先端まで行きました。
  100メートルぐらい、両側にステンレスの手すりで囲まれているの海に落ちる心配は有りませんで、海の中に立つ感じで気持ちが良い。
 先端に小さな目印の灯台があって、有りがたい事に一人分の日影になっています。
  ここから南の東京湾の出口方向に目を凝らすと、海面にうっすらと三角形を発見。
  ズーム最大で撮りました。
 風の塔でしょうね・・・尤も発見したからと言って良い事も無いのですが「発見」が嬉しいのですから心理は面白い。
 この突堤からの帰り道に大声で歌を・・・海の真ん中ですから誰に遠慮もない。
  
 ところで家に帰ってデジカメの写真をパソコンに入れて、ピンボケ、手ブレが酷い写真は削除。
  勝手に575をつけられるもの・・・思いつきをメモ用紙に。
 もう一つ思いつきで、これまでに貯めたマイフォトを「イッツモ公園フォト日記」と言う事にします。
  未だ家族にも未発表。
 あっ、それと写真を撮る時に、公園で見たままの写真と別に「プラスα冗句フォト」(勝手に命名)をやろうかなと思い付きました。
 マア、自分だけの楽しみ方に済みませんが。

 午後、ネットで対局、、、序盤で黒氏の勘違いにたすけられ大優勢になりました。
  珍しく初めから押しまくって、押し倒した感じ・・・まあ、運が良かったと言うことです。
 これで9月は2戦2勝、勝率10割、次に負けると6割に急降下ですが、つかの間の好成績。

5日連続になる!

2010-09-04 03:48:43 | Weblog
 最近は連日の猛暑日で、新記録になったらしい。  こういう過酷なお天気は苦手(誰だってそうですが)なので気が重いのですが、もしかしたら、今年より来年の方が悪いかもしれないし、数年先には『昔は良かった』と言っているかも知れない。
 マアお空が落ちて来るのを心配していてもしかたが無い。
  熱中症などの注意はするけれどいつもの公園には出かけている。
 これがこの所4日連続・・・このうち3日は通勤で自転車に乗って職場と往復した後に、帰宅後に公園に行っている。
 通勤片道6キロ余を往復し、公園が最低1周6キロくらいだから概ね20キロになりそう。
  
 いつだったかTV番組でメタボ対策で「毎日20キロは自転車で走りなさい・・・」とおいうのを見たことがあるように思うのですが、きっと頭にそいう記憶の断片が残っていて「毎日走れ」=「今日も公園に行くぞ」の背中を押す力になっているようです。
 但し「メタボ対策」になっているかどうか?これが問題。
  現実には今のところ体重は余り変わらない・・・良い状態で変わらないのなら問題ないのですが、理想体重と言うものからかけ離れた数値で安定してしまっている。
  血糖値の方は新しい薬のせいか2カ月間で全くの正常値・・・お医者さんのパソコンでピンクゾーンから白抜きゾーンに変わっている。
 「流石新薬」、「この薬と相性が良い」などとお医者さんが喜んでいる、、、しかし、「薬のお手柄」なんでしょう・・・か。

 ともあれママチャリとは言え(ウォーキングにくらげればエネルギー消費は小さいが)私には運動になる。
 その証拠には夜に自分の部屋に引き揚げたら、直ぐに眠ってしまう。
  風呂に入る前に眠ってしまい、夜中に目を醒まして、慌てて風呂に入るテイタラク。
 という事で、ネット碁の対局も観戦もこの所少なくなっている。
  昔、若い頃ならやりたいことは皆出来るだけの体力があった筈。
 極端な日は徹夜で雀遊びをしてもその足で会社に行って、夕方には碁会所に寄るような生活が出来た。
 これが微妙な・・・心配でも有りますが。
  こういうデタラメ生活のツケをこれから払うことになるのかもしれない。
 実際、私が持病を抱えているとか、あちこち悪いところがあるとか言うのも、その頃の請求書が届いているのかも知れません。
 尤も若い頃からキチンとした生活をしていればそういう事は起きない?・・・かどうか。
  少なくとも確率は低いでしょうが。

 ともあれこれだけママチャリを使っていると・・・サドルを上げ、タイヤの空気圧、回転部分にCRCなど一応出来る限り気を使っていますが、だんだんママチャリでは満足できなくなる。
 公園で見かけるサイクリング車、あるいはタイヤの太いマウンテンバイクのような自転車が気になる。
 最近の通勤でもサイクリング車に自転車用ハーフパンツ、例の自転車用ヘルメット、ディバッグの通勤が増えて来ているように見える。
  恰好を真似するのは似合わないのですが、昨日としてああいうスポーツ系自転車が気になります。

 海で見かけたカヌー・・・持ち運びの点から取り敢えずゴムカヌーを来年以降の目標に考えていましたが、もしかしたらサイクリング自転車の方が現実的な目標になりそう。
 ハンドルの前は小さな荷物置き、後輪のサイドに駕籠をつければ今とそれほど変わらないような気がする・・・さて我が家の大蔵大臣は予算の優先順位をどう考えているのだろうか。

 ともあれ今朝は(土曜日)あさ6時頃に公園を走って、空気の空気の見通しの良い時間での海やらスカイツリーを写真に撮ろうと考えている。
 そうすると5日連続。
  擦れ違う人も多分、何度も同じ人にあっているだろうな・・・この能力が私には欠けているようなのですが、逆に言えば毎回新鮮な印象を持てると言うメリット?も有るのかも知れませんね。
 だから毎日通っても飽きないでシャッターを押している。

初めての会話

2010-09-03 01:40:46 | Weblog
 初対面の人と言葉を交わすのに、お天気の話題から始まる事が多いのはほぼ定石ですね。
  昔、お婆ちゃんは擦れ違う人に「好いあんばいですネ」などと挨拶しながら歩いて行く。
 天気が良ければ「好いあんばい」で、悪ければ「あいにくの天気」、曇りだったら「はっきりしない天気」、ともかくお天気に関してなら当たり障りがない。
 誰もお天気について真剣に議論するわけでは無くて、見知らぬ人との挨拶になる。
  これがもし無言で通過する性格・習慣の場合は「愛想の無い人」ということだろう。

 しかし、今の時代田舎ではともかく、所謂都会と言うところでは「見知らぬ人とは言葉を交わさない」のが常識だから、例えば人が大勢集まる場所であっても、それぞれが顔見知りではない場合は、そこに何人いようと会話は発生しないのですから、見方を変えれば無言の集団と言う事になる・・・通勤ラッシュなどの場合、大勢の人の出す騒音はあるが仮に各自が単独行動の場合はこれに近いかな?騒音はあるが会話は無い。

 マア、かく言う私も今いるところに25年も住んでいるのに、ご近所で名前と顔が一致しない事が多い。
 これは私のこういう方面の能力の欠如と言う事でもあるが・・・。
  ともかく、擦れ違う時に「なんとなく顔見知りだから、取り敢えず頭を下げて置く」で済んでしまうのだから、それ以上の事は起きないし、お互いに望んでも居ないと言う事ですネ。

 さて、いつもの公園で初めて、見知らぬ人と言葉を交わしてしまった。
  遠く南に東京湾の出口方向を望めるスポットで見知らぬ者同士3人で会話。
   この中の一人が私!。
 見知らぬ人A「南の方向に大きな三角の形の島が見えるのですよ」
 私「それは、青の横縞のヨットの帆みたいな形ですか?それなら川崎風の塔です」と、風の塔について解説・・・実は最近職場で教えて貰った事と、ネット検索の受け売り・・・。
 見知らぬ人B{私、房総の育ちなので、天気の良い日には富士山が見えるのですが、その富士山が日本一だと思っているのです。」
   3人が立っている場所では、年末年始なら空気が澄んで遠くまで見通せると言う話題からこういう話になって来ました。
 「富士山の姿が日本一」という話題になると、私も富士山を毎日眺めて育ったので、それなりに異論はある・・・マア、眺めている方向が逆なんですが。
 ともかく見知らぬ人A「朝8時ごろまでは比較的に見通しが良いですよ、時間が経つと海面の蒸気のせいか悪くなりますね」・・・成程朝は8時までなら良い写真が撮れるかもしれない。
  ともあれ、公園で初めて言葉を交わしましたが、ある意味では記念的な出来事かも。

 ところで野良猫に餌を与えている人・・・これが老婦人もいれば、年配のオジサンもいる・・・。
 家でペットを飼えない代償行為なのか、当人にとっての心の癒しなのか?。
  猫の事ばかり書きましたが、公園で他の生き物に餌を与える人を発見。
 ハトの群れに何かをあたえている人、池の鯉にパンの耳を与えている人・・・猫はダメでこれはヨシではない筈なんだけれど。
 他にもカラス、カモメ、亀などいるのだけれどこれらに餌をやる人は今のところ見ていない。
  そうだ先日のアオサギに次いで、この日は池でシラサギを見ました。
 たまたまカラスと並んでいたり・・・『烏鷺』の光景を撮りました。

 次の日、夕方薄暗くなるまで公園を走っていて、コウモリに出会いました。
  そうですよね、この時刻はコウモリの出動時間。
 コウモリの特徴のある飛行・・・これも何だか懐かしい。

 
 

猫に恨みは無いけれど

2010-09-02 00:00:11 | Weblog
 いつもの公園でノラ猫が増えている事は前にも書きました。
  普通に考えて一番初めに、人間がペットとそて飼っていた猫の飼育を放棄したことから始まった筈ですから、事の発端は人間の側にある。
 但しこのまま放置すると・・・推測では、この公園のノラ猫が増えすぎて、ここだけでは猫人口を養えなくなる時が来るはずで、そうなるとここから近所の町に発進して行くに違いない。
 (私が住んでいる所はここから1キロも離れていない・・・)
 あるいは市内に点在する公園を飛び石みたいに拠点としながら市内全域に広がっていくだろう。
  これは杞憂だろうか?

 10程前に仕事で訪問した公園・・・そこの担当者を訪ねたのだが、その時彼は事務所に不在。
  彼は公園の中で猫狩りをしていたそうです。
   その詳細・結果は聞いていませんが、ここも放置すれば必ずそういう時期が来る・・・はず。
 野良犬は野犬と言う言葉だけでも凶暴性を恐れて駆除するのに大多数の賛同がある。
  しかし猫は凶暴ではないだろうし・・・「猫を被っている?」

 以前仕事で河川のパトロールをしていた時、堤防道をウォーキングしている人がバッグからキャットフードの缶詰を出して、ポイントポイントに配りながら歩くところを見た事があります。
 それを見た他のウォーキングの人が注意をしたのですが、件のキャットフード夫人は逃げるように立ち去った。
 つまり彼女は言い方はきついが確信犯であり、大多数の人が野良猫に食べ物を与えないのに、そういう人が少数でもいれば殆ど意味が・・・。
  河川の道で見たことが、この公園でも起こっている。
 イヤむしろ、ある意味で餌を与える方も堂々とやっているし、一人や二人では無い。
  例えば夕方、少し辺りが薄暗くなってきた頃、自転車でやって来た婦人がバッグからアルミのお皿を取り出した・・・中身はキャットフード。
 そこは彼女と多分特定の猫だと思うがお約束の場所のようです。
  猫も堂々と、ごく当たり前の様子で餌を貰っている。
 婦人は「今日はどうしたの?機嫌が悪いネ」と話しかけている。
  婦人が猫の機嫌を取っている。
 猫はギブアンドテークなのか、餌を貰う都合も有るので撫でさせている・・・
  これは一体?
 ペットを自分の家で飼えないので、代償として公園の猫と関係を持っている?
  あるいは広い心で功徳を積んでいる?。

 行政・公園管理者は「餌をやらないで下さい」と言う貼り紙を出している・・・スピーカーの放送で「衛生上の問題・・・」などと注意の放送はしている。
 しかし、逆に言うとそれしかしていないので、本気で取り組んでいるとはとても言えない。
   むしろアリバイ的行為だろう。
  私が餌をやっている人を見かけたらその場で注意する・・・確かにそれはやるしかないかもしれない。
   しかしもしその事でトラブルが発生したら、公園管理者はどういう処理をするのだろうか?
 本当は私よりもっと実態を把握している筈なのに、殆ど実効のある措置をとっていない。

 最近良く子猫を見かける。
  そういうシーズンなのか・・・これは確実にノラ猫が増えている証拠。
 見た目で言うと、公園でガリガリに痩せている猫は見かけない。
  むしろ逆、栄養十分なイメージ。
 尤もバランスの良いキャットフードではなくて、お菓子類が多いのかもしれないが・・・
  猫に恨みはないけれど、やはりこのままではいけない問題でしょう。
 「どぎゃんとせないかん」
  公園でこういう野良猫の写真を中心に撮っている人が結構いる・・・良い写真を撮るために猫と親密になる賄賂を的に食べ物を与えている人もいる。
 、私はどうも容認できない。
 問題提起のための写真としてなら撮るべきだろうが、そんなことしなくても実態は見えている。

9月になれば!?

2010-09-01 00:00:01 | Weblog
 今日で8月は終わりです。
  昔なら一斉に明日から新学期と言うところですが、今は2期制のところも3期制のところも有り、且つインフルエンザの影響とか「ゆとりの時」対策とかで一斉に始まるのではないようです。
 私の通勤路の学校では今日から登校する生徒がいたし、明日からのところも有るし、都内などでは25,6日辺りには始まっている。
 マア、いろいろ違いはありますが、なんとなく一区切りでしょうか。
 暦の上ではとっくに「残暑」ですが、実感としては9月の暑さが残暑だと感じます。
  9月が暑いと「いつまでも暑い」と言う感じに・・・

 さて寒いのにも弱いし暑さも苦手な心身虚弱体質としては、この時期もう一つ元気が出ません。
  異常な暑さで参っているとも言えるし、自然な防御反応で何もしない症候群であるとも言えるし、ともかくこの10日間でネット碁は6局対局し、観戦も1日1局以下。
  どうも気持ちも体もシャンとしない。
   自分の部屋に入った途端にフニャフニャ状態で、風呂にも入らず、いつの間にか眠ってしまい、夜中の2時過ぎに目を醒まして風呂の湯を浴びるような体たらく。
 こんな状態で対戦成績が3勝3敗と言うのは奇跡に近いイーブンかもしれません。
  もしかしたら、相手も疲れていたりして・・・
 明日から9月、暑さは今日の明日で相変わらずでしょうが、気持ちの上で少し気合いが入るだろうか?
 気合いで勝てるほど甘くはないでしょうが、それでも無いよりは好いかも知れませんし・・・

 水曜日は生活習慣病クリニックの検診です・・・新薬に変えて血糖値はかなり改善されましたが、少し効きすぎて低血糖気味になる事も有りました。
 さて明日の検査でどんな数値が出る事やら。
  薬が効かなければ意味がないし、効きすぎも困る。
 全く厄介な体と付き合っています。