中国経済ビジネス・文化・交流そして日中ビジネス!・北京の大学でMBA文化ツー(株)代表秋澤文芳コンサル業務

日中経済ビジネス、KBT観文研 北京第二外大研究生 都日中副理事長・経済ビジネス委員長、中小企業コンサルタント秋澤文芳

中国新疆ウイグル再びタクラマカン砂漠を北上607キロ 古都;クチャへ

2012年07月05日 21時01分57秒 | (中国全土をあるく 1)中国 全土横断縦断の旅



 最後にホータン特産玉ギョクのお店を何軒か見ながら
                再びバスで次の目的地へ

+++++++++ 何かと陽気で明るい和田の人たちでした ~~~~


 
◆~無邪気すぎるほど明るい人達の住む、砂漠の中のオアシス都市
   ホータンから、再び寝台バスにて砂漠の中を北上し クチャへ~
新疆南部のタクラマカン砂漠のなかのオアシス都市ホータンをあとに、
再び寝台バスにて砂漠を北上し、天山南部のこれまたオアシス都市
クチャへと向かいました。

昨年6月も、このクチャの町は通りましたが、その時は時間の関係も
あり、素通りでした。

この町、この都市こそが古代絹の道での重要な拠点であり、東西文化
の、貿易の最重要中継基地でした。
そのため、郊外にも貴重な仏教遺跡もあり、さらには天山の大自然の
中での雄大な岩山、奇岩等があり、今では通りすがりの人たちの目を
楽しまさせてくれます。

今回、この町では、ホータンが市内のみの散策中心でしたので、この
クチャは郊外の史跡と雄大な大自然を堪能したいと思います。

クチャの長距離バスターミナルです

 ターミナル前には、さまざまな店や宿泊所が軒を
 ならべています。到着日の夕食はこの場所で食べ、
 宿泊も格安な招待所でも、とも考えましたがやはり
 ネット接続がないためあきらめました。

(しかし、当日は他の宿泊施設3軒を回りましたが、皆
 満室でした。こんな時もあるんですね。。。やむなく、
 バスT横の交通賓館へ。しかし、なんと、ここではネット
 接続ができない宿でしたが、まあ、1日我慢することにし
 そのまま投宿へ:一応の国際ホテルでした)

□~その夜、なんと大きな揺れが・・近くでは悲鳴も~~

中国ではこんなことは初めての体験です。かなりの揺れが
続き、正直、レンガ造りの家々では倒壊しているところも
あるのでは、とも心配もしましたが、翌日の報道では、この
新疆を中心にM6台の大きな地震発生のニュースを流してい
ました。

中国での一番の怖さは、貧弱な建物が多く、壁、柱等、すべて
個人の職人がアルバイト感覚?で作業をしているような建物が多
く、ちょっと寄りかかると壁が倒れるのでは、と心配もしたくな
ります。

ちなみに、私の住んでいる北京の建物の目の前に、中古ですが、
以前の建物を改修し、あたらしくホテルが今年はじめに完成し
ましたが、部屋と部屋の間の壁はレンガを積み重ね、窓枠も、
同様にレンガを一つづつ積み重ね、あとは左官屋さんが手でコン
クリートを流し込んでいます。それも、彼ら二人は咥え煙草で
いかにも農民工、打工です。しかし、完成してみると、表面上は
青壁で塗装されたいかにも立派そうなホテルですが、とても壁の
近くには寄りたくもありません。触ると即、崩れそうです。



■翌朝、早速、バスターミナル左隣の「文化旅行社」へ

郊外への史跡めぐりツアー等で催行できるものはないかと問合せ。
地元中国人4人の一日観光の日程なら、なんとか1名追加で参加
できるということでしたので、早速申込み。一人、やはり300元。
運転手券ガイドで昼食付、入場券付だという。

結局、合計5人での観光団となりました。


車は郊外へ、砂漠とはまた違った風景です:そして渓谷への入口へ


チベットラサのポタラ宮に似た赤茶けた岩山です



~~◆ 他の4人とも、いやに熱心に岩に触ったり、岩石を覗いたり 
     何しているんだろう・・・

実は、この4人は北京からやってきた、北京大学の有名な考古・地質
学者の家族3人と、もう一人はイギリスから帰国した地質学の博士で
した。どうりで熱心に、よく観察しているはずだ・・。

彼らは、この渓谷にて約1時間半あまり奥へ歩くが、私にどうしますか?
ということでしたので、この近辺で待っていても仕方ないので、一緒に
歩いて行くことにしました。
彼らは英語も達者で、親は北京大教授、子供も同じく北大学生、そして
英国在住の学者たちでしたから。。。

おかげで、様々な地質学の勉強は勿論、政治文化の分野でも情報交換が
できました。

??

 天を見上げたところの映像です

まさに 雄大な大自然の姿に感動です!


 
 このような岩の間を潜り抜けながら奥へ奥へと




 塩をたっぷり含んだ岩肌も

 かつての楼蘭の歴史にみられるように、この一帯にも幻の湖ならぬ
 塩水湖等もあったのかも知れません。
 砂漠の中の猛烈な暑さの中では、さすがに湖も枯れてしまいます。。

◆大雨、雷雨・・・ 突然、渓谷の帰り道雷雨が襲ってきました。
 湖も干しあがって大変だなあ、などと話していたら、当然の豪雨
 襲来です。雷も・・・・

 頭から、靴の先まで、ずぶ濡れのなか、10分以上も歩き、下山し
 ましたが、まさにずぶ濡れです。

 少し乾燥してから車に乗り込むのかな、と思っていたら、そのまま
 車に乗って次の目的地へ・・・そういえば、もうpm1:30です。

 車は、ずぶ濡れの私たちを乗せ、外は大雨の中、さらに40分以上
 走り続けやっと陽も差してきました。窓を全開にし、濡れた服を少
 しでも早く乾燥させようとしました。

■ やがてまた、前方にオアシスと大きな川が見えてきました。
  デコボコ道に揺られながら、その川の方へ、オアシスの中へと
  車は進みました。




 するとそこは、川辺に位置する、あの有名な中国4大石窟の一つ、
 キジル千仏亀茲国を代表する仏教遺跡です。
 
 この地区は、拝城地区にあり、クチャ市内からは70キロ程の距離
 にあり、川と緑に囲まれたムザト河の崖に刻まれた一大石窟の町、と
 いうよりかつての王国でした。
 建物の近くに行くと、大勢の学者風の人たちが出迎え、その教授の来
 訪を歓迎していました。

 
 この場所で一旦昼食をとり、その後、石窟の見学となりました。

△ 石窟見学にあたっては、さすがにこの教授たちでも写真撮影は不可

 カメラ、持ち物すべてをロッカーに預け、見学開始です。
 各石窟内の保存はよく整備されており、かつて3世紀からはじまった
 この発掘作業は、今になってもまだ補修、保存作業に毎日追われている
 ようです。(説明は難しい単語ばかりでよくわかりませんでした。教授
 と博士が、盛んに女性案内人に何度も質問をしていました)。



▼ 一旦、見学を終え、研究所に戻ると、今度は未公開石窟へ

(この地区は未公開の石窟でしたが特別に係3名が一緒について、
石窟室内特別見学です:写真もOKでした。)






 中では、女性の研究員が、一生懸命に壁画の補修修理をやって
 いました。
 特別の液体?、顔料等を駆使し、丁寧に、細かく修復していました。
 このようにして、これからもあと百年、数百年と後世に歴史を残し
 ていくのかとあらためてこの石窟に関心を持ち、感心しました。

 研究所では、特別に、藍色の顔料の基となる岩石も記念に一粒プレ
 ゼントされました。

この、教授たちのおかげで、今回、貴重な体験をさせていただきまし
た。今日の観光は午前1か所、午後1か所の特別観光となりました。

雄大な大自然と 古代仏教遺跡の一つを特別に見学でき、充実した、
素晴らしい一日でした。

今回の私自身の西域への旅はこれで終わりとなりますが、今後、
再び烏魯木斉へ、そして北京へと旅立ちです・・・・・。


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中国新疆西域の街ホータンと観光・文化・街歩き

2012年07月05日 06時39分46秒 | 観光とツーリズム
~~昨年6月に引続き烏魯木斉南郊客運を出発~~

再開発が進んでいる大西部地域ですが、中央政府の十二五計画に
より一段とその速度は加速されているようです。

長距離バスターミナル前も再開発でいたるとこが工事中。。

今回は、夕方、夜出発のバスよりも、なるべく昼に近い時
間のバスをということで午後一番の14時発に乗車しました。

(蛇足ですが、夜行バスで最終便は、時たまキャンセルされ
る場合、比率が高いので、極力避けるべきです。私自身も、
去年、一昨年、
包頭発、開封発の最終便のバスが取消となり大騒ぎとなった
苦い経験がありました。集客不足で意図的に取消とするため
です。
表向きはエンジン故障のため、と毎回バス会社は説明してい
ますが・・。
 そういえば、日本国内でも昨日、新興のLCCジェット
スターの最終便が欠航になったとかのニュースも目にしま
したが、最終便というのは、、様々な面で少々無理がある
のではないでしょうか。。)

~~今回の目的の一つ、ホータンの町と今の砂漠の状況を~

タリム盆地、そしてタクラマカン砂漠、崑崙山脈と続く西域
一帯、南疆地区の様子等をうかがう為です。

歴史を紐解きながらこの地区を訪れると、時には車中ででも
、嘗ての古の国家形成の歴史や当時の様相を思い浮かべると、
自然と当時の歴史の流れの中に吸い込まれそうにもなります。

夜の出発ともなると、辺り一面暗闇の世界になっていますの
で、只ひたすら横になって寝ているしかありませんが、昼
過ぎから薄暗くなる夜10時頃までは車中で座り写真を撮り
メモを取ったりと、時はあっという間に過ぎ去っていきます。

~~ときには、このタクラマカン砂漠のはるか東の砂漠では
   かつてのロプノール、楼蘭、死の核実験等も~~

この地区、タクラマカン砂漠を走っていて想い起されること
は、なんといっても幻の湖・ロプノールと幻の国家・楼蘭の
ことです。多くの書物で、これらの湖、国家のことが触れら
れていますが、実際に、この地続きの砂漠の向こうに、幻の
湖が、そして漢の時代に国家が形成されていたことを考える
と、この西域に思いを寄せる人々にとっては何ともロマンを
感じさせる一帯です。

ただ、この地域一帯で多くの核実験が行われなんと20万人
近くが死亡したという報道もあることから、今後、この砂漠
一帯の在り方そのものに違った目線で接しなければならない
かも知れません。

いずれにせよ、そんな砂漠のど真ん中で、漢の時代には都市
国家も形成され、その後、歴史上の人物たちが通り過ぎ、か
のマルコポーロもその一帯を通り過ぎたということですから
、地続きのこの砂漠には、今後数百年先にはまた新たな現象
やらが生じるかもしれません。



そしてまた、美しい砂漠だからこそ
 「 乱丢luandiu 垃圾 沙漠 哭泣kuqi 」


↓ ↓  ↓

~~そんな思いを寄せて寝台バスで砂漠の中を・・~~


 朝方、8時前に駅に行き切符を購入 昼時は大混雑

 昼時、炒めたライス・羊肉を摂り 15元

 いささか旧式の2階建て寝台バスにて14時発・・



 昼 砂漠の中の国道を南下






 場所、時間によって大きく変わる砂漠の状況
 瓦礫に近い岩石剥き出しのところ、細かな粒子の砂丘等
 表情を変えるタクラマカン砂漠




少しでも川や水があると一帯はオアシスに・・






 夜9時半過ぎ 日が落ちて・・・


 翌朝、この川・ホータンを渡ると目の前には
       オアシス都市 和田ホータンが・・


車中 愛嬌のある维族の2人も


~~翌朝、眠りから覚めてみると、なんとブレスレットが・・

翌朝には いよいよ和田ホータンに到着です。
ところが、腕につけていた和田土産のブレスレットのヒモが一
部途切れていました。寝台での寝相が悪かったようです。

昨年、同じく「隣町」の最西端のカシュガルで買ったものです
が、ホータン到着直前に切れてしまったということです。

まるで、この本場のホータンで、また新しいモノを買ってくだ
さい、と言わんばかりのタイミングでした。

ホータン特産の「玉」ギョクですが、市内にはいたるところに
軒並みホータン玉の店が軒を並べて店開き。。。
(結局、土産用の玉に近いモノを新たに買いました。結構、これ
がまた、意外と気に入り、以降いつも身に着けています)。

~~外は 意外と寒い ~~~--------------------------

外の状況は・・・、あれ、皆、意外と黒っぽい長袖を着用して
いるようです。

外に出ると確かに肌寒い。内陸の砂漠の中での気候の為、朝晩は
確かにひんやりとしています。

異国情緒 たっぷりです---------






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中国西域の街ホータンたっぷり探索2日間街角描写(写真もたっぷり)

2012年07月05日 05時08分26秒 | (中国全土をあるく 1)中国 全土横断縦断の旅


$%&# ここはまさに別世界中央アジアです  #$%&


このような夜行寝台2段式のバスで一昼夜を過ぎると別世界到着


人口の95%がウイグル族ということから、日常生活のうえでの
食べ物、家庭用品、衣類等々すべてが中国離れしています。
(この地、この自治区で、漢語教育や党の政策等々を徹底するとい
うことですから、これまた今後、大変なことかと思われます)


民俗も、文化も、習慣もほとんどすべてが異なるホータンの街;


 イスラムの教典各種


 街中を今でも行き交う馬車、馬・・・

~~ポーズとるから写真を撮ってとせがむ庶民 ~~

異国の地で、ヘンな東洋人がカメラを持っていると見るや、
一気に周りを取り囲まれ、「写真を撮って」とせがまれます。

 帽子を2つかぶり、おどける人たち

 ポーズを決める3人娘

 ↓ 今度はこちらで別角度からと・・


皆、なんでこんなに明るいのだろうかと思うくらい、陽気な
人々です。

モノや文化の交流は勿論のこと、人との交流も古の昔から、この
ように多民族・異文化の中で、昔から自ずと培ってきたからこそ
何の抵抗もなく他の民族とも誰とでも交流が図れるのだろうか。
 
 (それでもやっぱり心配な党政府です:いたるところに
  このような祖国を守り民族分裂反対のスローガンが・・)

~~市郊外の観光よりも市内街歩きに専念 ~~

郊外には、特に大きな見どころとなる名所旧跡もないことから
今回は、路線バスと歩きで街を一周。。。


 やはり最大の見どころは地元の市場でしょう--。





ここは長距離バスのターミナル

路線バスで北京東通りや西通りを


中国最大規模の金融機関のひとつ 農村信用社


???? この宮殿は?なんだろう??



 ↓  ↓  ↓
 (実は ホータンの列車駅でした)
 


(参考:ホータンの駅とは対照的に木造風のカシュガルの列車駅)


~~何かと厳しい 列車の駅です ~~~~

今年完成したばかりの巨大な建物でした。
せっかくだから、隣の農村の駅まで行ってみようと切符を買い求
めようとすると、 わずか2.5元30円位ですが、例によって旅券を!
ということで、即、旅券コピーを提示。

しかし、今日は列車はありませんという。明日ならありますということ
で、翌日の切符を記念に買いました。
 

折角来たからには、駅構内、駅舎内を見てみようと中に入ろうとすると、
入口には公安の係官2人がチェック。 この場はOKでしたが、

  
  いざ、駅舎内にはいろうとすると女性駅員が出てきて、今は見学は
  ダメだという。いろいろと観光の事情等を説明し、どうしても見学
  をさせてほしいと重ねて頼みこむと、上司に相談するから、あと5
  分後にこの場所に来いと言って、中に消え去ってしまった。。。

  約束の5分後に行ってみると、男性の上司を連れてきて、同じように
  見学の趣旨やらを説明すると、
   「3,4分位ならOK 但し写真撮影はNO」 だと言う。
  本来は、写真撮影が大きな目的でしたが、とにかく中に入れてもらい
  先ほどの2名の監視下、中の見学へ。中は巨大な空間---。

  何か、軍事秘密でもあるのかな?などと思い尋ねてみると、通常の
  駅長室や事務所だけだよ、とのことでしたが、なぜ写真撮影が不可
  なのか結局は解らずじまいでした。とにかく規則がそうなっている
  のでしょう。
  約束の時間となったので、お礼を言って帰ろうとすると、先ほどの
  女性の職員が、(勿論、上司が立ち去った後で、突然英語で(日本
  にすごく興味があるから、何かのために電話番号を教えて)と言う。
  仕方なく名刺を差し出したらすごく喜んだ顔でその後も親しそうに
  話しかけてきました。(職務を離れた時の、本来のお嬢さん風の、
  これまた愛嬌のあるトルコ系の女性でした)。

駅は町のはずれにあり、これから元の街の方へ戻ろうとしましたが、車
は全くなし。 客の姿も全くなし。大変辺鄙なところです。
1台タクシーがやって来たので、それで帰ろうとすると30元だと言う。
これまた高い。結局半額の15元にしてもらい街の中心部へ戻りました。


駅前からの殺風景な幅の広い駅前通りです。

  再び賑やかな、雑然・喧噪・自由・華やか・陽気な街です。



~~そういえば、町には大小の旅行会社というところはなし~~
他の都市、町のように、旅行代理店というものがなく、(旅行関連の
会社組織というところはあるが)ツアーの募集、案内や地元ツアーを
催行しているところはどこに聞いても、電話で調べてもらってもやは
りないようでした。(後ほど、名鑑をみればわかりますが・・・)。

あるにはあるが、すべてが、個人で車を所有し、客がいれば一日当たり
約500元で周辺及び市内の観光地を案内するといった、個人のガイド
さんはいます。 参考までに、各ホテルフロントにおいてあった観光
ガイドの名刺をみて2名に電話をしましたが、帰ってくる答えは、す
べて同じで、半日、一日いくらで、1名でも、2名でも全く同じ料金
体系になっていました。

この町を訪れるお客さんで、街めぐり・郊外観光をするという需要そ
のものがなく、ただお客があれば受注しますという個人事業型の形態
になっているようです。ツアーを催行し客を募るという考えは全くない
ようです。それだけ、観光だけを目的としてこの地を訪れる人は少ない
ようです。

やはり、なんといっても当地は宝石、玉の町なのでしょう。

 以上、思いつき、徒然なるままに走り書きとなってしまいましたが、
 まるまる2日間の 異国の街・ホータン街歩き・街角探訪でした。
 

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