杉皮葺の古民家の再生に取り組んでいる。
大工の佐藤さんや兄弟子の上村さんや森松さん、倅とともに、今、基礎工事を行っている。
ちょっとした、「結」の団結を感じながら、力を貸してくださる方々に感謝している。
根太などにシロアリ予防の塗料を塗ったり、土間を再生するべく、リフォームされたところをはがしたり、掘りごたつのあったところを壊したりして、その後に、囲炉裏を作る予定である。
自分の自宅兼仕事場として暮らしていきたい。
自分で再生していく過程を肌で感じられるのは、嬉しいことである。
自分の人生を作っていくようで、人生の本当の楽しみを味わっている。
何をするのも、楽しいことは、稀有なことである。
里山は豊かである。
何でも揃っている。
昔住んでいた方々が残してくだっさったものの豊かさに感謝しかない。
先日、蓋がされていた場所に井戸があることに気づいた。
譲って頂いた時には、気づいていなかった小さな井戸ではあったので、喜びもひとしおであった。
これで、水道が通じなくても、生きていけるというものだ。
茶を蒸す竃のようなところで、廃材を燃やしていると、家が息を吹き返したような。
水と火が一度にやってきたようで、ここで生きていく準備が整ってきた、徴のようで、ありがたかった。
木炭や竹すみも、ワサビなどを作っておられる佐藤学さんや、久留米から移住されてきた中島さんが日田の炭焼きの火を絶やさないよう取り組んでおられる貴重なものを譲っていただいたものを使い、湿気を防ぎながら、空気やその場の浄化作用を促せるように、家の床下に細かくしたものを敷いていく予定である。
杉皮葺や茅葺の家そのものの保存はもちろん、茅葺の日本だけでなく世界中の資料を保存する場として、資料館的な役割を担うとともに、杉皮葺で使う杉皮を切ったり、茅に直接触れたり、竹墨なども作ったり、お茶摘みが出来たり、といった体験ができるような、あるいは、歌を歌いたい人は歌ったり、文学系のイベントなどができるような、里山を愛でながら楽しむ場としていきたい。
できることならば、どなたでも、興味のある方が、訪れることができるような、開かれた場にしたいのだ。
大工の佐藤さんや兄弟子の上村さんや森松さん、倅とともに、今、基礎工事を行っている。
ちょっとした、「結」の団結を感じながら、力を貸してくださる方々に感謝している。
根太などにシロアリ予防の塗料を塗ったり、土間を再生するべく、リフォームされたところをはがしたり、掘りごたつのあったところを壊したりして、その後に、囲炉裏を作る予定である。
自分の自宅兼仕事場として暮らしていきたい。
自分で再生していく過程を肌で感じられるのは、嬉しいことである。
自分の人生を作っていくようで、人生の本当の楽しみを味わっている。
何をするのも、楽しいことは、稀有なことである。
里山は豊かである。
何でも揃っている。
昔住んでいた方々が残してくだっさったものの豊かさに感謝しかない。
先日、蓋がされていた場所に井戸があることに気づいた。
譲って頂いた時には、気づいていなかった小さな井戸ではあったので、喜びもひとしおであった。
これで、水道が通じなくても、生きていけるというものだ。
茶を蒸す竃のようなところで、廃材を燃やしていると、家が息を吹き返したような。
水と火が一度にやってきたようで、ここで生きていく準備が整ってきた、徴のようで、ありがたかった。
木炭や竹すみも、ワサビなどを作っておられる佐藤学さんや、久留米から移住されてきた中島さんが日田の炭焼きの火を絶やさないよう取り組んでおられる貴重なものを譲っていただいたものを使い、湿気を防ぎながら、空気やその場の浄化作用を促せるように、家の床下に細かくしたものを敷いていく予定である。
杉皮葺や茅葺の家そのものの保存はもちろん、茅葺の日本だけでなく世界中の資料を保存する場として、資料館的な役割を担うとともに、杉皮葺で使う杉皮を切ったり、茅に直接触れたり、竹墨なども作ったり、お茶摘みが出来たり、といった体験ができるような、あるいは、歌を歌いたい人は歌ったり、文学系のイベントなどができるような、里山を愛でながら楽しむ場としていきたい。
できることならば、どなたでも、興味のある方が、訪れることができるような、開かれた場にしたいのだ。