明鏡   

鏡のごとく

阿蘇の草原に茅葺きの復活をさせるためのフォーラムと茅葺同志

2021-03-24 03:15:29 | 詩小説
草原の維持が人の手に委ねられているのは、先日、阿蘇の野焼きに参加させていただき、実感しているところであった。

野焼きして、自分の家の近くでも質のいい茅を自らの手で育てるというのが一つの目標でもあったが、阿蘇の広大な風景の中、地元の牧野組合の方などが、火を放ち、その火が落ち着いてきたところを、竹と蔓で作った火消棒で叩いて燻った火を消していく、地道な作業が続くのだ。

これを、毎年のようにしていくご苦労もさることながら、墨色に所々焼けていった草原を目の当たりにして、自然と生活のせめぎ合いのような、一つの境界線のような気がして、今まで見ていた阿蘇の景色とは、まるで違ってきていた。

あそこにあったであろう、燃え広がる炎と煙の残像が、生々しく、そこに立ち上がってくるようなのだ。


今回のフォーラムでは、色々な方々のお話がお聞きすることができた。

中でも、安藤先生の生活の中における循環型の茅葺のあり方のお話は、何一つ無駄のない腐ってもなお人にもそこにあるものにも溶け込んでいく茅の一生は、人の一生のようで、生きとし生けるものの姿のようで、囲炉裏によって生かされ燻されてこそ、生を全うできるような、生き残る最初で最後の術のようでもあることを再確認させていただいた。

上野先生は、万葉集から茅の歌を取り上げられて、語りと歌の違いについて、歌とは響かせてこそ、人やものにより伝わるカタチであることを指摘されていた。

隈研吾先生は、19世紀のアムステルダムにおけるリバイバル的な茅葺に立ち返ろうとする運動を紹介され、その時期におけるスペイン風邪の流行と、昨今のコロナの流行の共通性と指摘されていた。時代精神というものがあるとするならば、その時代が茅葺という、自然に溶け込む輪の中の一つの、たった一つの循環の象徴ともいうべきものとなり得るのだということ、茅葺は時代すら超えて、そこにあるもの、あったものなのだと改めて思いをはせることができた。

だから、作らずにはおれなかった、住まざるをえなかったようなもの。
少なくとも、そこにいた我々の中に里山のように、自分の中にある原風景のような、なくしそうで、なんとか踏みとどまって、そこにあるものを残していく、大きな一歩。手立てを持ち始めたのだと思わずにはおれなかった。茅を守ろうとされている政治家の方もおられるということは、その一つの流れであるようで、それはそれで、こころ強いことであると、率直に思えた。

国宝である青井阿蘇神社の宮司の方の、祭り的「場」の復活のお話、このフォーラム自体が現代の大きな「結」の形であるとする阿蘇国立公園の方のお話、家族や仲間と茅を刈り、茅葺も家族で受け継いでいる植田さんのお話、茅葺学会の上野さんの世界の茅葺の紹介、他の方々の草原を維持することの必要性についてのお話なども興味深く拝聴した。

「斎」でお世話になった杉岡さんともお会いできて、いつもの茅葺仲間と温泉につかり、ラーメンをかっくらいながら、これからの茅葺に思いをはせていた。

次の日、遠路はるばるやってこられた京都の中野親方と長野さん、山田さん、神戸の塩ざわさんをはじめ茅葺のレジェンドの方々とお会いできて、植田さんも後から参加され、建築を研究されているふみさん、大阪のよしを手掛けておられる堺さんたちのお話も伺うことができて幸せであった。GSの山本さんにも阿蘇の茅を育てていく希望をいつもいただいて、みなさんとのご縁に感謝しかない。

「鴉の復讐」

2021-03-13 00:10:12 | 詩小説
鴉が駐車場にいた。
高速のサービスエリアでのことだった。
男が、鴉の後をつけるようにのろのろとトラックで追いかけ始めた。
鴉は最初、ほんの遊びのようについてくる車の前をひょいひょいとはね飛びながら先導する八咫烏のようであったが、その八咫烏を轢き殺さんばかりに加速し出した男のトラックの殺気を感じたのか、黒々とした羽を広げ、低空飛行しながら、道の向こうに飛んで行った。
男は、瞬きもせずに、鴉がさっきまでいた場所を見ていた。
男の中では、横たわる鴉が見えているかのように。

それから男は、高速を走り出した。
今日中に終わらせてしまわなければならない現場が待っているのだ。
鴉を追いかけている暇などないというように、何事もなかったのように、高速を走り続けた。

現場について、男は、足場を作り始めた。
玄関のところから始めた。
玄関の向こうの、仄暗い闇の中に、さっきの轢き損なった鴉が横たわっているような気がしながら。外壁の塗装のために、足場を作り続けた。
壁の周りを一回りしたら、このなんだかわからない息苦しさが少しだけ軽くなるような気がしていた。
男の中のどす黒いものをぐるりと囲いこむように。
金属のすかすかの結界を作るかのように。

あいつが。
あいつがいなければ、俺は自由になれる。
あの鴉を追いかけ回すように、あいつを追いかけ回し、首を、手を締め付け、殴り倒した。
昨日のこと。
あんまり、俺の心の内を言葉にしすぎるのだ。以心伝心のように、俺のやろうとすることを先回りして言うのだ。
気に入らねえ。全くもって、気に入らねえ。
別にわかっているなら、言葉にしなくてもいいものを。

男は、白目がちな目だまをギョロつかせながら、金属の足場を、一本の枝を集めては巣を作る鴉のように、一本、一本、蔕に噛ませながら、積み上げていった。

壁を黒く塗りつぶすのだ。
鴉とその影をも塗りつぶすように。
それとも、焼き杉の方が良かったか。
二、三メートルの杉の板を三つ角を合わせて、三角柱にしながら、荒縄で縛って固定いさせ、その筒状の中に、木くずや藁を突っ込んで、火をつけるのだ。それから、合わさった板と板の間に隙間を鎌で作り、風を送り、火をけしかけ、炎となり、そのうちを黒々と焼けただれるまで燃やし続けるのだ。
そうして、炎が筒の上から鎌首をもたげてきたところで、逆さ釣りにするように、その三角柱の中の炎が逆流して焼け具合が均等になるようにするのだ。
燃え尽きてしまわないように、ある程度燃えてきたら、今度は水攻めをするように、杉の板を近くを流れる小川の水につけて一気に冷ます。
湯気が出てくる。黒炭になり息絶える手前の板を救ったのか、手遅れなのかは、その後の表面を削る作業が教えてくれる。

ここは、天国ではなく、地獄のようだな。

しかし、焼かれながらも杉の板は、家の壁を生木のままよりも長く包み込んでくれる。
宇宙に浮かぶ星々が闇に包み込まれているように壁をぐるり黒々と包み込むのだ。
ねっとりとした鴉の黒々とした目のような油性塗料の黒か、干からびた鴉の羽のような焼けた炭の黒か、どっちみち、暗いのだ。

この冬の寒さのせいかもしれない。
男は思った。
流行り病のことを、毎日のように、テレビで垂れ流している。
今日何人、病気にかかった。
今日何人、死んだ。
不要不急の外出は控えましょう。
俺たちにとって、不要なことなど何もない。
不急のことはないにしろ。

真昼を知らせる音楽がなり始めた。
夕方の五時であったら、七つの子の歌がなるはずであったが、昼はやけに明るい音が鳴るのである。

お昼にしましょう。

あいつが声をかけてきた。
あいつが作った梅干しとおかかの握り飯だけでは腹が減るので、サービスエリアで、鶏めしを買っていた。
弁当の入った鞄を開けると、透明なプラスチックの箱があった。
鶏めしがなくなっていた。
なんども、やられていたのに、久しぶりに、油断していた。
あの鴉どもが、また、盗み喰いをしていたのだった。
上手に、チャックを開けて、ご丁寧にプラスチックの箱は残したままで、中身だけ、空洞にして、何もなかったのように、そこにあったのだ。

あいつは、自分で握った握り飯を頬張っている。
一つだけ俺に手渡しながら言った。

鴉が喰い散らかしたみたい。
鶏めしの中身が何もない。
鴉が鶏を食らうなんて。
共食いの一歩手前みたい。

別に。いつものことだから。

あの轢き損なった鴉の、魂のようなものの、一つの復讐のような気が、どこかでしながら、握り飯を頬張っていた。



干潮とファンファーレ

2021-03-06 02:18:40 | 詩小説
干潮の時
わかめを取りに行った
腰まで浸からないとわかめは取れない
すぐそこにある黒くないひじきをひきちぎる

先っぽのひじきが柔らかいのだよ
すぐそばでわかめがりをしていたじいちゃんが言う
乾涸びる前のひじきは水で潤んだ草色で
波に飲み込まれては吐き出されていた

軽い砂浜の世界は乾いた世界で
風に吹かれて砂紋を描き
重い海底の砂の世界は湿った世界で
海の流れで砂紋を描き

軽い世界は楽しい
と友は言う
重い世界は苦しい
と人は言う

どこかでファンファーレが鳴っていたのだ
世界のおわりとはじまりのような
砂の重さと海の重さが釣り合った世界の
赤い太陽と黒い津波の10年前