明鏡   

鏡のごとく

「灰色の自転車」

2016-08-29 20:28:07 | 詩小説
灰色の自転車に乗っていた。

見かけたものが、教師にそう告げたという。

倅に似た、倅ではない誰かが、朝の登校時に、灰色の自転車に乗っていたという。

学校には、自転車では通えないことになっている。

倅は、遅く帰ってきた。教師とともに。

のったか、のってないかの問答があったという。

しかし、倅の自転車は、灰色でも、黒でもなく、白であった。

その自転車があるか、確認しに一緒に帰ってきたのであろうが、白い自転車があるばかりであった。

教師は、誤解が解けて、帰って行ったが、いったい誰が、目撃したかは黙秘であった。


それにしても、その倅ではない誰かは、いったい、どこに行ったのだろうか。


目撃者不在の、当事者不在の物語。

いっこうに晴れない台風前の曇り空のような、影に付きまとわれているような、自分とそっくりのものに出会ってしまうと死んでしまうこともある、いわゆるドッペルゲンガーのようなものを、その目撃者は、見てしまったのではないかと。

タチの悪い冗談か、人を煙に巻いてほくそ笑むものの悪意の告げ口を感じながら、ふとそう思った。




それから、しばらくして、倅は、気を取り直して、灰色の服を着て、仲のいい友達と勉強しにいくと出て行った。


帰ってきたら、自転車でこけたと言って、全身、絆創膏だらけになっていた。

まだ、出会っていなかったドッペルゲンガーからの、ちょっとした、お見舞いのような、傷口だった。