アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

山貨を行くゴハチのお座敷列車

2018-05-25 18:00:00 | 国鉄時代(カラー)

EF58を撮影する上でどうしても欲しかった臨時列車の運転情報。前回記事にした、局報を確認することは、普段では撮影できない機関区のゴハチを捕らえるためにはマストの情報だった。もしこれが現代のようなインターネット社会だったら、有難みも半減してしまったかもしれない。人との繋がりももっと気薄になっていたかもしれない。今思えば良いことばかりではなかったが、そんな詰まらない苦労が、確実に身になっているのだと信じたい。

山手貨物線を行くEF58けん引お座敷列車。おそらくヌマ座の6連。このあと品川まで行き、東海道線を下るスジだったと思う。当時はこの手の運転は月に何度か見られ、撮影意欲をそそられたもの。このグリーン帯のあるスロ81がアントンKは好きで(スロ62も同様)、まだ全国にあったお座敷客車は、機関車に関わらず、最高のターゲットとなっていた。晩年、特徴的なグリーン帯が消えてしまい、一気に意欲が無くなったことも今思えば懐かしく思い出される。高崎第二機関区のゴハチ達は、長岡区も含めてどのカマも形態が類似していたためなのか、ファンにはイマイチ人気が無かったが、アントンKは好んで撮影して、まわりから奇異に見られていたはず。まあそれも今となっては、笑い話に変わってしまっただろう。

1978-10-08    8502ㇾ  EF58136  お座敷列車   山手貨物線:駒込付近にて


憧れの存在だった下関のEF58

2018-05-24 16:00:00 | 国鉄時代(カラー)

アントンKがEF58を意識し始めた頃、幸いにも大部分のゴハチは全国で活躍していたが、当時最も撮影しづらかったゴハチは、広島区と下関区のゴハチたち。関東在住であるアントンKには、未知のカマであり、定期運用を関東に持たないため、関西以西に遠征する以外普段は出会うことができなかった。特に最西端に配置された下関区のEF5829/30/31/37の4台は、なかなかお目にかかれず憧れの存在だったことを思い出す。

この時代は、毎月局報と呼ばれる運転報を閲覧し、機関車の運用を確認してから自分の行動予定が決まるといった有様。今思えば全く何をやっていたのか。でも楽しい日々だったことは間違いないことなのだ。

掲載写真は、下関のゴハチが20系客車を牽いて上ってくるという情報を得て、撮影に出た時の一コマ。何とPENTAX67の初始業、それもエクタークロームを装てんして無謀にも挑んでいた。四隅に目が行き届かず、未熟さを露呈してしまうが、思い入れのある画像として並べておきたい。それにしても、EF58には20系客車が良く似合い、最高の被写体だと改めて感じてしまう。

1978-11-09    8114ㇾ  EF5829   20系    東海道本線:大森付近

 


客車列車全盛時代~EF58

2018-05-23 18:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

全国見渡しても客車列車の存在がほとんど無くなってしまった平成時代。この30年間で一気に消滅していった感が強い。何処へ行っても同じような電車が走り、地方のローカル線でも真新しいDCが静かに近づいてくる。まさに無個性の時代に相応しい光景が、鉄道界でも進んでいると言えるだろう。もちろんマイナスのことばかりではなく、良いこともたくさん思い当たるが、鉄道を長年趣味にしている者からすれば、過去と照らし合わせてしまい、寂しい想いに駆られてしまうのだ。機関車ファンには今後暗黒時代になってしまうのか、少々不安な昨今なのである。

ここのところ、続けざまに古くカビの生えそうな写真を並べているが、なぜかこんな駄作の羅列でも反響が大きく驚いている。やはり世の中の鉄チャンは、客車列車欠乏状態なのだろうか。懸命に撮影していたことだけは間違いないが、今こうして見返してみると、考えのない浅はかな画像が多く、未熟さを露呈してしまうことが恥ずかしいが、趣味の履歴のブログなので、もう少しお付き合い願いたい。

今では急行列車自体、JRからほとんど消滅してしまったが、客車列車の減少とほぼ並行して急行列車も世の中から消えていったように感じている。これは右下がりに年を追うごとに減少していったから、ここでいう全盛時代とは、アントンKが鉄道写真を始めた頃を指す。掲載写真は、東北線を上る急行「鳥海」上野行き。続行で上ってくる急行「能登」がすでにEF641000番台に置き換わっているから、ゴハチけん引の「鳥海」も末期ということになろうか。早朝、浦和界隈に繰り出して東北、上信越の客車列車を立て続けに撮影できた、今思えば夢のような時代だった。

1981-09-06   804ㇾ  EF58134   鳥海     東北本線:南浦和付近


大都会で「室内楽の愉しみ」

2018-05-22 12:00:00 | 音楽/芸術

東京大手町にある銀行の大きなエントランスにて、企業向けのプライベートコンサートが開催された。大阪フィルハーモニーの弦楽器トップ奏者たちによる室内楽曲を集めたミニコンサートである。1階フロアの大きなガラス張りのある開放的な場所。天井も吹き抜けで高く独特の空間だったが、ここに椅子を楽器奏者を囲むように並べて、本当に真近で生の弦楽器を味わうというものだ。

もちろん企画構成は、コンサートマスターである崔文洙氏であり(おそらく)、モーツァルトに始まり、本気の情熱的な演奏を披露したドヴォルザークまで、息つく間もなく素晴らしい弦楽器の世界を鑑賞したが、今回は、途中崔氏のMCも加わり、会場は和やかな雰囲気に包まれた。客層を感じた崔氏のアレンジだろうが、楽器の音色の特徴を個々に解説して見せたり、楽曲の聴きどころを自ら我々に話してみせ、大変興味を掻き立てられたのである。アントンKのような部外者を含めて、この手の音楽からは中々ご縁がなかったが、演奏中の聴衆たちは、弦楽器の音色の奥深さに酔いしれ、その響きを味わっていたようだ。

演奏中ちょうど夕闇がせまり、大きな窓から見える景色が暗く、街の灯りを感じるようになったが、アントンKは、そんな大都会の近代的なビルとともに鑑賞した美しい弦の響きが絶妙にマッチしてしまい、いつもホールで聴く音楽とは違う感動を味わった。3曲構成だったが、何と言っても最後に演奏されたドヴォルザークが絶品。例によって崔氏の艶やかな音色は益々響き渡ったが、今回は他4人にも崔氏から発せられる「気」が飛び火しており、音楽が一つの塊になって我々に押し寄せてきた。大きなオーケストラで聴くのとは違う、まとまった凝縮感を感じた想い。あの深い想いの込められた響きの世界は、生演奏だからこそ感じられること。その響きが心に栄養を与えるのだろう。

アンコールも2曲。ここでも崔氏の采配が光る。オケではまずあり得ない「美空ひばり」の演奏だった。それも弦楽五重奏にアレンジした超絶妙な大曲だったのだ。これにはアントンKも恐れ入ったが、より音楽を身近に感じて頂きたいという大フィル奏者たちの心意気が素晴らしい。誰だって音楽は自分の心の中にあり、本来音楽とは、音を楽しむものなのだから・・・

大阪フィルハーモニー交響楽団「室内楽の愉しみ」in Tokyo

モーツァルト  ディヴェルティメント ヘ長調 K138

E.モリコーネ  ニュー・シネマ・パラダイス

ドヴォルザーク 弦楽五重奏曲 ト長調 OP77

アンコール

「川の流れのように」

「愛の賛歌」

1st  崔 文洙

2st  宮田英恵

Vla      木下雄介

Vc       諸岡拓見

Bs  サイモン・ポレジャエフ

2018年5月21日 ライジング・スクエア1階・アース・ガーデン


人気を競ったゴハチ大窓機たち

2018-05-20 17:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

SLブームが終わり、そのままゴーナナ・ゴハチへとブームが移行したのは、80年代初頭くらいからか。EF58は台数も多く、形態もさまざま、ほぼ全国に配置されていたから、夢中になるのは簡単だったが、当時は雑誌からしかゴハチの詳細等はわからず、運用も同じで付属の1時間目ダイヤをコピーしては、色を付け追っかけていたことが懐かしい。ゴハチの形態についても好みは様々で、廻りの友人たちの自己主張が激しかったが、アントンKは、あそこまでの拘りがなく、結構冷めた目で見ていたのかもしれない。それより、ゴハチの走行写真を撮影できること、もっと言えば、仲間たちと一緒に線路端に立てるだけで満足していたとも言える。何より、友人たちのウンチクが楽しく、当時よりこの鉄道撮影の楽しさを決定づけたからだ。

当時、まだゴハチ大窓機は、そこそこ残っていて、我々の間では、53派と69派とに分かれ、31や64は次点だったように思う。もちろん61号機は別扱いだったが、そんな中へそ曲がりのアントンKは、北のゴハチである35や90あたりが好み、増してや当時、ファンには見向きもされなかったEF80が好きだったのだ。ゴハチに関するエピソードは多々あるから、今後機会があれば披露していきたい。

掲載写真は、我々の間で人気を二分していた片割れのEF5869号大窓機。実寸で本当に一番大きい窓なのが、この69号機らしい。この時は、一時的に米原区に貸し出しとなったEF5869が、荷物列車で東上するシーン。地べたにへばりついて見上げて撮れば、より窓が強調できるなんて馬鹿なこと考えて撮ったもの。何とも懐かしさが込み上げる。

1980-09-05   荷36ㇾ   EF5869    東海道本線:湯河原付近