卵たちのゐ(い)る風景
草野心平
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
雪があった。そして今は班(は)雪(だれ)もない。ゆるんだ空気の中に櫟(いちい)が一本
しんとたっている。藍と白とのするどい縞とほ(お)い山脈(やまなみ)は嶮(けわ)しかった。いま
はもう遥かにぼうっとかすんでゐ(い)る。羊雲がうごくともなく動いてゐ(い)る。
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
田ん圃の土手の食パン色の枯草には。生ぶ毛をはやした新芽の青もかほ(お)
を見せ。春の魁(さきが)けいぬのふぐりは小さいコバルトの花をひらいた。その
コバルトのさかづきに天の光を満たしてゐ(い)る。
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
草野心平の詩集「蛙」に収められている印象的な詩です。
中学生の頃だったと思いますが、この詩を初めて読んだ時の感動が、絵のように描かれた春の情景とともによみがえってきます。
小川のぬるんだ水、キラキラと光り輝く水面、もうすぐ生まれる蛙の卵たちの様子、雪解け水が勢いよく流れ、その水面に雲が写りその雲までが流れるように動いていく。
遠くに見える雪を抱いた山と嶮しい山脈。
その頭上をゆっくりと流れていく羊雲。
田ん圃の土手には枯れ草の中に新芽の青も顔を見せ、日当たりのよい所ではオオイヌノフグリのコバルトブルーの花がひらき、花の一つ一つに天の光が満たされたように青く輝いている。
若かりし頃見ていた 春の訪れを告げる 故郷の景色の一つ一つが、鮮やかに心に浮かんできます。
時の流れとともに、故郷の景色も少しずつ変わり、その時の感動も 記憶の彼方に去っていくような印象がありましたが、改めてこの詩を読み返すことで、かっての自分に戻ったような気がします。
心に残る詩は、読み返すことで その詩と出会ったときの自分とまた新たに出会う機会ともなるのですね。
春の訪れを素直に喜び、姿・形を冬の装いから春へと変えていく自然の営みに心を動かされる 柔らかな感性に、またふれることができたように感じます。
もうすぐやって来る春の景色を、若かりし頃のハートに戻って ゆっくりと見守っていきたいと思います。
どんな春に再会できるのかと 期待し・楽しみながら…。
草野心平
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
雪があった。そして今は班(は)雪(だれ)もない。ゆるんだ空気の中に櫟(いちい)が一本
しんとたっている。藍と白とのするどい縞とほ(お)い山脈(やまなみ)は嶮(けわ)しかった。いま
はもう遥かにぼうっとかすんでゐ(い)る。羊雲がうごくともなく動いてゐ(い)る。
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
田ん圃の土手の食パン色の枯草には。生ぶ毛をはやした新芽の青もかほ(お)
を見せ。春の魁(さきが)けいぬのふぐりは小さいコバルトの花をひらいた。その
コバルトのさかづきに天の光を満たしてゐ(い)る。
みづはぬるみ。みづはひかり。あちこちの細長い藻はかすかに揺れる。
ゼラチンの紐はそれぞれ黒い瞳を点じ親蛙たちは姿をみせない。流れる
ともなくみづは流れ。かは(わ)づらを。ああ雲がうごく。
草野心平の詩集「蛙」に収められている印象的な詩です。
中学生の頃だったと思いますが、この詩を初めて読んだ時の感動が、絵のように描かれた春の情景とともによみがえってきます。
小川のぬるんだ水、キラキラと光り輝く水面、もうすぐ生まれる蛙の卵たちの様子、雪解け水が勢いよく流れ、その水面に雲が写りその雲までが流れるように動いていく。
遠くに見える雪を抱いた山と嶮しい山脈。
その頭上をゆっくりと流れていく羊雲。
田ん圃の土手には枯れ草の中に新芽の青も顔を見せ、日当たりのよい所ではオオイヌノフグリのコバルトブルーの花がひらき、花の一つ一つに天の光が満たされたように青く輝いている。
若かりし頃見ていた 春の訪れを告げる 故郷の景色の一つ一つが、鮮やかに心に浮かんできます。
時の流れとともに、故郷の景色も少しずつ変わり、その時の感動も 記憶の彼方に去っていくような印象がありましたが、改めてこの詩を読み返すことで、かっての自分に戻ったような気がします。
心に残る詩は、読み返すことで その詩と出会ったときの自分とまた新たに出会う機会ともなるのですね。
春の訪れを素直に喜び、姿・形を冬の装いから春へと変えていく自然の営みに心を動かされる 柔らかな感性に、またふれることができたように感じます。
もうすぐやって来る春の景色を、若かりし頃のハートに戻って ゆっくりと見守っていきたいと思います。
どんな春に再会できるのかと 期待し・楽しみながら…。