あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

春ですね

2016-03-30 21:36:17 | 日記
スイセン、クロッカスの花が愛らしく咲きそろいました。
色とりどりの花が さまざまな場所で 咲き始める 春爛漫の季節の到来です。
畑の一画にあるサクラ(毎年鳥たちとサクランボの実を争っている)も、咲き始めました。

今日は どんな花に出会えるのか、
新たな春との出会いに 心弾む日々でもあります。

3月から4月にかけては いろんな別れと出会いがあり
どこかしら心落ち着かず、そわそわ感がつきまとう時節でもありました。

この3月に、妻が定年退職しました。
すっきりした表情から、納得した形で教職生活を終えることができたという充実感を感じました。
ゆっくりと流れる時を味わいながら 自由な時間をまずは自分自身のために使っていってほしいと思います。
これからは、一緒に過ごす時間も多くなるので、二人の時間も大切にしていきたいと思っています。

花粉症なのでしょうか?
ここ2・3年ほど この時期に 鼻水とクシャミに悩まされる日々が続いています。
ごみ箱があっという間に、ちり紙の山となってしまいます。

昨日は、畑仕事に取り組みました。
今日は雨降りとなり、グッドタイミングの種蒔きとなったようです。
今年は、妻の力も借りながら 野菜や果物栽培にこれまで以上に力を入れていきたいと考えています。

高田郁さんが新しい物語をスタートさせました。
その高田さんの推薦する物語が、中島要さんの「着物始末暦」シリーズです。
その6巻目の「錦の松」が発刊されました。
主人公余市の過去を知ることになり、お糸はどう考えどう行動するのでしょうか。
余市とお糸の すれ違いながらも お互いがお互いを思いやる深い愛情に 心打たれます。
読書は、いいですね。
今年は、いろんな図書館巡りにも取り組んでいきたいと思っています。

そわそわ感の中で、ブログの更新も遅れがちになってしまいました。
また、心機一転 書き続けていきたいと思っています。
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風の電話

2016-03-10 22:54:33 | 日記
岩手県大槌町の海を見下ろす高台の一画にある 白い電話ボックス。
その中に置かれた 線の切れたダイヤル式の黒電話が、風の電話です。
5年前のあの日に亡くなり、会えなくなった人と会話をするため、多くの人が訪れる電話です。

NHKのテレビ番組を通して、この風の電話の存在と 今なお 亡くなった家族を想い 消える
ことのない悲しみを抱え続ける人々の心を 知ることができました。

5年という月日は、決して悲しみを癒す時間にはなっていないのだということを感じました。

風の電話には、多くの人が訪れ、受話器を手に 今の自分の思いを 会えない人に向かって語りかけます。

両親と妻と一歳の息子を失った男性は、
助けられなくてごめん!…
新しい家ができても、住む家族がいないのでは意味がない。
でも、5年前には 両親や妻や息子が確かに生きていたことを伝えることができるのは自分しか
いない。だからこそ 死ぬまで忘れないで 家族のことを想い続けたい。

痛いほど切ない 男性の心の内が ひしひしと伝わって来ました。

トラックの運転手だった父を亡くした少年は、八戸から一人でやってきて風の電話を手にします。
父が、この地で行方不明になり、少しでも父のそばで 思いを伝えたかったのだと思います。
父さん、なんで死んだんだよ。… 
どんなに大切な父の存在だったのか、その死を悼む思い。
同時に 父のいない自分に対する 周りの友達の気遣いを負担に感じる 辛い心境も語ります。

三人の子を抱えて 苦労を一心に背負う母が 誰よりも一番辛い思いでいることも。 

やがて、この少年の発案で 家族がそろって大槌町にやってきて 風の電話をかける場面がありました。
亡くなって以来 父のことを少しも話さなかった妹は、抱えてきた思いを押し出すように父に語りかけます。
無口な弟は 父への思いを言葉ではなく涙で伝えていました。
母は、何から話せばいいかと戸惑いながら、一緒にやりたかったことがいっぱいあったと語りはじめます。
心が壊れそうになった時はまたここにくるからと告げ、それでもこの子どもたちのためにも死ねないという心境も伝えます。

亡くなった父の存在の大きさと 失った喪失感は、この家族にとって決して消えることのない重い痛みとなっているのだと思いました。
それでも、前に向かって進もうとする家族の強い絆に、深い感動を覚えました。

消えることのない悲しみや喪失感を抱えながら 風の電話を手に 語りかける人々。
そこが会うことのできない家族と向き合える 心の出会いの場となっているのだと思いました。

語りかけることで 向き合うことで、抱え込む辛さが 背負える辛さに 少しでも変わっていくようにと 祈らずにはいられません。

風の電話の向こうから聞こえてくる声は きっと 風のように
かけ手の方の背中を 柔らかに後押しし、心の内を 穏やかに通り抜けていってくれているのだと思います。

震災による 死者は 15,894人。
行方不明者は 2,561人。
震災後の体調悪化や自殺による震災関連死は、3,407人。〈昨年9月末時点〉
仮設住宅などで誰にもみとられずに亡くなった「孤独死」は、202人。〈昨年末時点〉
避難者は、今も174,000人に上る とのこと。

行方不明者の息子さんを見つけられずにいる父は、
「骨のひとかけらでも何でもいい。息子が『いた』という証しがほしい。」
「息子が見つかるまで復興はないんだ」
と語ったそうです。

被害の甚大さと 残された人々が心に負った痛みの深さを 感じます。

改めて 亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に 
被災された方々のご健康と幸せ、一日も早い心の復興を 祈りたいと思います。






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楽天・嶋選手のメッセージ

2016-03-03 21:00:05 | 日記
今日の朝日新聞に、嶋選手の東日本大震災に寄せる思いが紹介されていました。

「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。見せましょう、野球ファンの底力を。」

震災のあった日から3週間後の4月2日に、札幌ドームで語った嶋選手のメッセージでした。
野球ファンの一人として、被災地に住む一人として、とても心に残る励ましの言葉として印象的でした。

しかし、記事を読んで、嶋選手本人にとってはそれが重荷になっていたことを知りました。
「あの言葉に励まされた、救われたと言ってもらえたのはうれしかった。でもその反面、僕にとってはすごい
プレッシャーになった。重荷になった。」

「…野球で成績を残せなければ、あの言葉は、野球人の『単なるおごり』に終わってしまう。」
言葉で印象を残せても、プレーでは印象に残る姿を見せられなかった。
イーグルスも優勝の後は、低迷する成績が続いている。

そういった形で、底力を示せなかったことに対する後悔の思いが、あのメッセージをやらなければよかったという
思いに結びついているようです。
結果がすべてという プロ意識が、根底にあるからなのだと思います。
そこに、嶋選手の 野球に対するひたむきな思いと被災地に寄せる野球人としての誠実な思いを強く感じます。

14年の3月11日に、取材で記者が被災地へのメッセージを求めたところ、嶋選手は約10秒間、言葉を探し、
「簡単に『頑張りましょう』とか、軽い言葉で片付けることはできない。答えられないです。」
と 語ったそうです。

通り一遍の言葉では表現できない 被災された人々の抱える重さや辛さを受け止めているからこそ、言葉にでき
ないのだと思います。

5年という年月が、物心両面でもたらしたもの。
復興という形でプラスの面で変わったものもあるでしょうが、喪失感や心の傷は 癒されず 変わることのない
まま心の内にとどまっているのかもしれません。

東松島市の小学校を昨年12月に訪れた嶋選手は、
「元気になってきていた。でも、心の傷はまだ癒えていないと思う。何十年も先まで残るかもしれない。」
と 語ったそうです。そして、オフに続けてきた被災地の小学校訪問を
「現役でいる限り、これからも続けていくよ。」と、被災地の人々に寄り添う活動は継続していく決意のようです。

同時に野球選手として 優勝した年のように
「球場や町の雰囲気、仙台だけじゃなくて東北が、一つになっていくのが肌で分かった。」だから
「もう一回、いや、1回だけじゃない、何回も優勝したいですね。」と
底力を形あるものとして示すことで 復興の後押しをしていく構えのようです。

だからこそ、楽天イーグルスは 希望を紡ぐ 東北のチームなのだと思います。
嶋選手の思いを汲み取りながら、去年以上に力強く 楽天イーグルスを応援していきたいと思います。




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