塔和子さんは,ハンセン病の施設(香川県の国立療養所大島青松園)で,後遺症のため現在も暮らしている詩人です。81歳になります。
新聞では,俳優の吉永小百合さんが施設を訪ね,塔和子さんと会った時のことを記事にして紹介していました。その中で取り上げられた塔さんの詩がとても印象に残ったので,詩集を買い求め読んでみました。以下,新聞で取り上げられた記事と,詩集の中の詩をいくつか紹介します。
< 新聞から >
吉永さんは,塔さんの「涙」という詩を読んで,心をゆさぶられたそうです。
死ぬことに「一生懸命なのよ」という塔さんに,夫が「同じ一生懸命になるのなら,生きること
に一生懸命になってくれ」と励ました時に,書かれた詩だそうです。
涙
いのち
この愛(いと)けないもの
思いっきりわが身をだきしめると
きゅっと
涙が
にじみ出た
ハンセン病になった人たちの隔離を定めた,らい予防法がなくなってから15年。
しかし 自由になったものの,帰る家をなくした約2,300人が,今でも全国の施設で暮ら
し,平均年齢はおよそ81歳だそうです。
隔離され,本名が使えず,家族との絆が断たれ,施設で一生を終える人たち。
塔和子さんの詩は,その心のさけびなのだ,そしてその先に希望を求めていた ……
と吉永さんは思います。
………………………………………………………………………………………………
< 塔和子いのちと愛の詩集から
※発行:角川学芸出版,発売:角川グループパブリッシング>
痛み
世界の中の一人だったことと
世界の中で一人だったこととのちがいは
地球の重さほどのちがいだった
投げ出したことと
投げ出されたことは
生と死ほどのちがいだった
捨てたことと
捨てられたことは
出会いと別れほどのちがいだった
創ったことと
創られたことは
人間と人形ほどのちがいだった
燃えることと
燃えないことは
夏と冬ほどのちがいだった
見つめている
誰にも見つめられていない太陽
がらんどうを背景に
私は
一本の燃えることのない木を
燃やそうとしている
………………………………………………………………………………………………
淡 雪
在ったという過去の中に私はない
在るだろうというあいまいな未来に私はない
やわらかい息をし
涼しい目をして
他人を見
花を見
空を見ているとき
あるいは
勢いよく水道の水をほとばちらせて
野菜を洗うとき
にんじんの赤さ
ほうれん草の緑
だいこんの白さが
在ることのよろこび
いのちの新鮮さをかきたてる
このふるえるような愛しさ
昨日と明日の間
ただ
いまだけを生きている
淡い雪のようなものが
わたし
………………………………………………………………………………………………
糸
生から死へ一本の白い糸があって
日々たぐっているが
ほんとうは誰も
いまだその糸を見た人はいない
たぐり終わったとき
いのちも終わるからだ
私の糸はあと何年あるいは何日残っているか
糸の途切れたところは冥界で
神様のさいはいするところだから
きっと
美しい花が咲き乱れ
清らかな音楽がしっとりと流れているだろう
しかしそう思っても
やっぱり雑事に追われるこの世に
愛着があって
糸のことは忘れている
そして
病気になるとふっと思い出し
いま自分のにぎっているのは
どのくらいのところだろうと
改めてその命の糸を
ひっぱってみたりする
………………………………………………………………………………………………
生きて在ることの意味を,考えさせられます。
見えない命の姿や形が,見えるように実感できます。
自らの命と深い所で向き合っているからこそ,生まれてくる詩のような気がします。
悩みや苦しみを突き抜けた先の 透き通った光も 見えます。
塔さんの詩人としてのますますのご活躍を,心から祈ります。
塔さんや桜井哲夫さんからは,これからも人間として多くのことを学ばせていただきたいと思
います。