2008年8月22日(金曜日)
タミヨさんはオリンピックの選手に選ばれた人が
可哀そうだと嘆く。
お国のためにと戦争にかりだされた世代だから・・・
選手の姿が、兵隊さんの姿にだぶって見えるのだという。
日本のためにがんばって金メダルを!
って間違ってると憤る。
そのくせ、日本が負けるとこは見たくないともいう。
思ったまま、感じたままを口にするタミヨさん。
最近、同じ話ばかりしているよ・・・
子どものころ、戦争のさなか、女学校時代・・・
タミヨさんの思い出は、
いつも彼女の父(わたしの祖父)とともにある。
頭脳明晰、スポーツ万能の父の血を引き継いでない
ことを、くやしがるタミヨさんは、
100%純粋培養のファザーコンプレックスだ。
わたしの父であるナオゾウさんとタミヨさんは、
10歳も歳が離れていたので、
わたしのことを「この子は先妻の子や」と言っていた。
タミヨさんにしたら軽い冗談のつもりだったと思うが・・・
そのころのわたしは、やっぱりな・・・と思いつつも
でもそれが、哀しいとかつらいと感じるほどの
繊細な神経を持ち合わせていなかった。
それにわたしのそばには、いつもおばあちゃんがいたから・・・
あんたのカーチャンに会うたで・・・
この親にしてこの子あり! やわ・・・ホンマ・・・
とよく言われるけれど、
タミヨさんもわたしも言下に「似とるわけないやんか!」と
声を荒げるのである・・・あっ、そこはそっくりかもしれん・・・
伯父の葬式のとき、親戚の人たちから
(ちょうど、脳低動脈瘤の手術の前だった)
はるみちゃん、手術がんばってな、ぜったい死んだらあかんで。
タミヨさんおいて、先に死なんといてな・・・
と妙な励まされ方をしたわたし・・・
親戚中が束になってかかっても、
言い負かしてしまうのがタミヨさんで、
もはや、わたしたち(タミヨさんの子どもたち)しか
彼女の暴走を止めることができないからである。
でもタミヨさんって正論なんだけどな・・・と思っているわたし。
お互い、用事がないときは
タミヨさん家で夕食を食べる毎日が続いている・・・
もちろん、食事の用意はタミヨさんがしてくれる。
そりゃ、反対やろ!って言われそうだけど
体調の悪いわたしには、とてもありがたいので甘えきっている。
このところの体調の悪さには、ちょっとまいっている。
今日は、微熱+ひどい頭痛+筋肉痛+倦怠感・・・
外出はタミヨさん家に行くときだけ。
あしたは、起きられるかな・・・