「せいめいのはなし」の川上弘美さんとの対談の中で、
福岡伸一さんが言ってるこういうのがあった。
「・・・生物学も文学も宗教もそれぞれに語られる文体や表現が異なるだけで
結局のところ、人間とは何なのか、生きるとはどういうことなのか、
世界はどういうふうに成り立っているかを知りたいというところから始まったものだと思うんです。
だから、科学がデータやグラフや顕微鏡写真によって
客観的に記述されるように見えたとしても、
それはあくまで一つのプロセスでしかなくて、
本当は、それがどういう意味を持つのか、
誰にでもわかるシンプルな言葉で語ることが出来た時こそが、
生物学の出口なんですね。
そしてそこから外に出てみると、
実は他の道をたどってきた人たちと同じ水脈に達しているような気がします。」
なるほどと思う。そうなんだろうなぁと思う。
意識の動きを自分なりに探って掘って来たけど、
量子力学や生物学や宗教や日本神道や合気道やに出くわした、という感じが自分にもある。
(勿論、きちんとそういう勉強をしたこともない、知識もない、
程度の低い私の頭にわかる範囲の狭いことだけど)
福岡伸一さんが言ってるこういうのがあった。
「・・・生物学も文学も宗教もそれぞれに語られる文体や表現が異なるだけで
結局のところ、人間とは何なのか、生きるとはどういうことなのか、
世界はどういうふうに成り立っているかを知りたいというところから始まったものだと思うんです。
だから、科学がデータやグラフや顕微鏡写真によって
客観的に記述されるように見えたとしても、
それはあくまで一つのプロセスでしかなくて、
本当は、それがどういう意味を持つのか、
誰にでもわかるシンプルな言葉で語ることが出来た時こそが、
生物学の出口なんですね。
そしてそこから外に出てみると、
実は他の道をたどってきた人たちと同じ水脈に達しているような気がします。」
なるほどと思う。そうなんだろうなぁと思う。
意識の動きを自分なりに探って掘って来たけど、
量子力学や生物学や宗教や日本神道や合気道やに出くわした、という感じが自分にもある。
(勿論、きちんとそういう勉強をしたこともない、知識もない、
程度の低い私の頭にわかる範囲の狭いことだけど)