ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

思う と 思われる

2012-06-12 19:47:23 | ひとの幸福
「ひとがどう思うだろうか」・・これは自分が主体だけど、ひとも主体。

ひとがどう思うかを自分が思っている。

「ひとからどう思われるだろう」・・これは自分が受身。他者だけが主体。

自分がどう思われるか、を自分で思っているのだけれど。


この二つはだいぶ違う。正反対の気がする。

例えば誰かにプレゼントしたいと思って、アレコレ考える。

これにしようか、あれにしようか。

あの人はこういうのが好みなんじゃないかな・・・と

あの人がどう思うかを推測して、あの人にとってよいようにと考える。

こういうのは気持ちが不愉快・不安定にならない。


誰かにプレゼントしようとアレコレ考える。

これにしようか、あれにしようか。

こんなのあげたら、趣味悪いって思われるんじゃないか、

こんなのあげたら、ケチったって思われるんじゃないか・・・と

自分がどう思われるか、に気持ちの重さが傾いて、

プレゼントを受け取るのは相手なんだけど、その相手のことはあまり考えてない。

どう思われるか、というのは受身。

自分の意識の中で、主体が相手になってしまうということは、

本来、自分の意志は自分が主体のはずなのに相手が主体になるのは、

ストレス状態になって当たり前だ。

それが悪いと言ってるんじゃない。ただ疲れるし、不自然。


けれど、そんなふうにしたくてしてるんじゃない。

いつの間にかそうなっている・・・




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防犯カメラ

2012-06-12 07:54:52 | テレビを見て
オウム真理教の高橋容疑者が逃亡していて、

タクシーを使ったようで、防犯カメラに映っていないという。

このことを何度かテレビでやっている。

これ以後、何か犯罪を犯して、逃げようとなった人には、

とても参考になるいい情報だろう。

一人一人がこの情報をどう受け取るかは、その人に委ねられている。

どんな情報もそれの意識経験も後に続く。

刻一刻と意識ドラマは進行してる。

流れている。繋がっている。

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思い出

2012-06-12 07:24:35 | ひとの幸福
記憶は思い出すその時に新たに作られる。

蓄積されたものが甦るのではない。どうもそうらしい。

子供を産んで育てていた頃、子供のことで悩んだという記憶が無い。

子供が障害を持っていなかったというのも勿論あるだろう。

実際はその当時悩んだこともあったのかもしれない。わからない。

今の自分がその記憶がないという記憶を創っているのか・・・

ただ一つ思い出すのは、長女が小学校の低学年の頃通っていた絵画スクールでのこと。

そこに入りたいと娘が言って、通い出したんだけど、

どんな理由かわからなかったけど、

止めたいと言い出したとき。

自分で行きたいと言った、その事と、

娘は絵の表現力があると私が思っていたという事で、

止めさせたくないというのが自分にあった。

止めたいと言うからと、止めていいのか・・・

そんな気持ちの動きがあったことを憶えている。

いま、こうして書いていて、思った。

いいか、よくないか・・・

悩むというのは迷うということなのか・・・

私はあまり迷ったことがないのかもしれない。





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紫陽花たち

2012-06-12 06:53:07 | ひとの幸福
庭に紫陽花が咲いている。青、白、紫、薄い青。

何年か前に娘からプレゼントされた鉢もしっかりこの庭に根付いている。

あとのは道ばたに咲いてたのを勝手に頂いて挿し木したもの。

生命力って本当に凄い。

こうして見る度に感動してしまう。

ヒイラギ、山茶花、槇、モミジ、万両、ツツジ、雪ノ下、つわ蕗、もっこう薔薇、

槿、多肉植物の鉢たち、他みな、実に生きてる。

当たり前だけど、動き続けている。じっとしていない。

それに感動してしまう。

こういうものたちを見ていられるのは嬉しいなぁと思う。

今も小ぬか雨が降っているなか、

みんなは嬉しくてたまらないみたいに活き活きしてる。
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たまらないこと

2012-06-12 06:14:46 | 実例体験観察
あの時あなたがこうしたから、それで私は酷い目に遭った・・云々と、

事あるごとに引っ張り出してくるなんていうのは、たまらないね~

昨日そう書いた。確かにこういう経験は双方共にたまらない。

だけれど、

そのこと自体は生命にとって無理な状態ではあるけど、

その意識経験を利用して、その時の心の状態はどうなっているのか、

どういう心のプロセスでそういう気持ちが出てきたか、

調べられる。

その経験をイヤだった事として退蔵するんじゃなくて、

流すには、自分の意識観察が要る。

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