台風7号の影響で、午前1時位から雨が降り始めました。
雨も一時かなり降り風も吹きましたが、一日を通して岡山ではさほど影響がなかったので、普段通りの生活を送ることが出来ました。
午後6時半過ぎあたりから岡山に最接近しましたが、その時間帯は風はあったもののとても静かでした。
昨日、今日と台風の影響で涼しかったので、今日は今年の決意のひとつ、1人でカフェに行くの2回目をやっと実行しようと昨日から決めていました。
母の面会から逆算して、8時頃家を出ようと思っていましたが、ゴミ出しの日でしたし、バラを切ったりしていたら遅くなりました。
朝はフルーツのみ食べました。
今朝は朝顔がたくさん、咲きました。
8時半頃「コメダ」へ。
カウンター席に座り、溜まった書類の整理をしましたが、家と違って捗ること捗ること。
母の面会に10時に行こうとするとそんなに時間はなく、読書タイムはほんの少し。
もっとゆっくりしたかったです。
私がいつも10時には受付に行くので、受付の方とお互いにニコッ。
リハの方をお見かけしたので、ピロピロでのトレーニングをお願いしておきました。
お部屋に入ると掃除の方が来て下さっていて、「今日も15分かなぁ~ 短いねぇ。あっと言う間ですね」
全くそうなんですよね。
洗濯物を持って行って片付けて、口腔ケアをして・・・
そして、今日は結構あれこれ食べてくれました。
朝ご飯は欲しくなくて食べなかったようです。
プリンの残り、ヨーグルト1個、高栄養ゼリーのアイソカル半分、白バラコーヒー牛乳少々。
母が私が「来てくれないと誰も来てくれない」と言いました。
そんなことはないと思うのですが。。。
それにコロナ禍と違ってとにかく面会出来るようになりましたし。
結局、30分近く経過。
「台風が来ても暑くても毎日来るからね」と言って帰りました。
帰りにナースステーションに男性のリハの方がいらして「起きていました今日は台風が来るから午前中に行こうかと思って」
「母が喜びます」と答え、又、ピロピロをお願いしておきました。
今のところ、母曰く全く出来ないそうです
今日は終戦記念日であり、お盆の中日であり、聖母マリアの被昇天の祝日ですので、御ミサが10時からありましたので、帰りに教会に寄りました。
着いた時にはまだ福音書の朗読の最後でした。
それからお説教が始まりました。
ベトナムの神父様は熱い
お説教の時間、30分。
御ミサが終わったのは11時半でした。
その後、お隣の交流センターへ。
ベトナムメロンとか空心菜をバザーで売っていました。
神父様によりますと、このメロンはコンデンスミルクをかけて食べるのだそうです。
コーヒーと一緒
お砂糖でもいいと言われていました。
空心菜
このメロンはジュースにしたらいいと言われていましたが、よく熟れていましたので、そのままスプーンですくって、牛乳とメイプルシロップを入れて食べてみました。
まくわ瓜のような食感
このベトナムコーヒー。
今、世界的に需要が多くなったそうで、手に入らなくなったと言われていましたが、又、下さいました~
お昼ご飯に、チャーハンを作って、空心菜を言われた通りにんにくを入れてオリーブオイルで炒めてごま油を加えて、おしょうゆと出しで山盛り食べました
その後、Rちゃんがくれたベトナムのお菓子を開けて少し食べてみました。
今日のお昼はベトナムデー。
どれもほのかにココナッツの香りがしました。
(多分)
教会で、別のベトナムの赤ちゃんを抱っこさせてもらいました。
かわいかった~
今日は日本人は週日のせいか3人でしたが、ベトナムの方々が集まって総勢40名。
歌もベトナムの聖歌で、メロディーが違いました。
ベトナムの方による聖歌隊の歌はダイナミックでした。
(皆さん、とっても熱心)
神父様は御ミサの式次第は日本語でしたが、お説教は日本語とベトナム語でなさっていました。
その他スリランカの方とかもいらしていました。
信徒会長さんが「日本人が少なくなってしまってちょっと寂しい」と言われていました。
日曜日の御ミサもベトナムの方がいらっしゃらなかったら、すご~く少ないと思います。
今日届いた本。
ホスピス勤務時代によく読んでいましたが、最近、又、よく読んでいます。
夕方6時半の、台風最接近の頃の空。
★致知一日一言 【今日の言葉】2023.0815
★壁紙プレゼント 先人たちの努力の上にいまがある
先人たちの努力の上にいまがある。
受け継がれてきた自分の命を、
命ある限り輝かし、生きて行く。
それが何よりの供養であり感謝になる
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鳥濵トメ(特攻隊の母)
月刊『致知』2013年10月号より
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●今回の壁紙は、特攻隊員から母のように慕われた
鳥濱トメさんの言葉です。
大東亜戦争末期、鹿児島県の知覧飛行場から
多くの特攻隊員たちが飛び立っていきました。
彼らのほとんどは二十歳前後の若者たち。
当時、知覧で食堂を営んでいたトメさんは
彼らに母親のように慕われていました
その食堂で多くの若者たちが最期の時間を過ごし、
出撃前にトメにその思いを語り、
笑顔で飛び立っていったのです。
この言葉は、いまこの時代を生きる
私たちに対するトメさんの
大切なメッセージです。
終戦記念日に皆様にお届けします。
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お知り合いにシェアしていただけたら幸いです。
ピエリナさんは、毎日のルーティーンとお母様のお世話のこと、その他すべきことの
定点がしっかりしていて決してぶれないところがすごいと思います
尊敬します🥰
お母様も再三再四❓の自宅での介護に向けてプログラムが進んでいるようで良かったと
思います💛💚💙💑
ただピエリナさんにご負担がかかりすぎないようにと心配はしています💑
今、真庭には線状降水帯がかかっているみたいで激しい雨です🌀⛈🌧
お祈りしています🥰💑
そんなことないですよ(泣)。
母のことは最優先で考えていますが、その他のことでなかなか習慣化出来ないことがありまして
今日もソーシャルワーカーのYさんといろいろ今後について話をしてきました。
真庭のお天気についてはいつも見ています。
大丈夫かな~と。
母がいなくても、何だか何気に忙しくてなかなかご連絡出来ませんが、私もいつも祈っています。
姉さまもいつも本当にありがとうございます。
お疲れが出ないように、しばらくはのんびりなさって下さいね。