この頃は近くのスーパーで買い物をすることが多かったので、イ○ンは久しぶりだった。今日は土曜日でもあるし、学生も多く、人気の食べ物屋さんの前には、行列ができていた。各お店も年末の売り出しで、にぎやかに呼び込みをしていた。今まで比較的暖かい日が続いていたが、少し冷え込んで来るとの予報に、暖かそうな衣類や、暖房器具などがやっと売り場になじんだ気がする。
あちこちうろうろしていたら、行くときはまだ日があったのに、帰りは日は落ちて三日月が輝いていた。
昨日は、散策仲間から藤村製糸を見に行こうと電話があり、急に出かけることになった。
何でも、維持管理などが大変で、今年中に取り壊すと、ニュースで言っていた。私はそれほど興味もなかったが、他の用事もありお昼前に出かける。北川村の隣の町奈半利町にある。子どもの頃夏になると蚕を飼っていた。養蚕部屋あるわけじゃなく、畳を上げてゴザを敷き、そこに棚を組んで飼育していた。
繭が出来上がると、藤村製糸に持って行くのだと、大人たちが話していたので、藤村製糸と言う名前は聞いて育ったが、一度も行った事はなかった。繭を出して終わったら、棚も外して、エビラや「まぶし」と言っていたと思う、(エサを食べるのをやめて冬眠に入る蚕をこの中に入れておくと、糸を吐き繭を作る)などを片付けるのだが、まゆを取り忘れたのがあり、春になると冬眠から目覚めた蛾が出てくる。薄茶色のたいして美しくはなかった記憶がある。
ニュースを聞いた人たちが、ぼつぼつ見学に訪れていた。
繭を持ち込んでいた方なのか、工場で働いていた方なのか、かなりの年配の方が、不自由な足を引きながら、感慨深げに中を見ていた。此処で美智子皇后さまの、結婚式の衣装の(糸?)準備をしたのだと、見学に訪れた男性の方が誇らしげに説明してくれた。
『中には居れませんろうねえ』と見終わって外にいた私たちに声をかけてきたので『入っていいようですよ、すぐ右の事務所に声をかけていけばいいと思います』と言いながら、熱心に見たり撮影したりしている仲間を待ちかねていたが、文句は言わないと言う条件で付いてきたので、怒るわけにはいかん。↓人のタイムカード押す人が居ったろうかねえ。と言いながら撮影。
帰りは、赤い綺麗な夕日が海の上に見られたが、雲が多くダルマにはならんねえと言いながら、車窓から綺麗な夕日を見ながら帰ってくる。
カメラの調子が悪く、撮影はあまりしてない。
11月里山散策の時、まだ咲き残っていたゲンノショウコ、花のそばでは果実が沢山見られた。この形がお神輿に似ていると言うところから『ミコシグサ』ともいうらしい。
↓そして早めに散策を切り上げて、先輩のお家でコーヒーをご馳走になっておしゃべりタイムの時、庭に出て撮影させて貰った。もうツバキが咲いて、落ちているのもあった。
もう日付が変わってしまった。今日もお出かけ予定なので、もう寝よう。
あちこちうろうろしていたら、行くときはまだ日があったのに、帰りは日は落ちて三日月が輝いていた。
昨日は、散策仲間から藤村製糸を見に行こうと電話があり、急に出かけることになった。
何でも、維持管理などが大変で、今年中に取り壊すと、ニュースで言っていた。私はそれほど興味もなかったが、他の用事もありお昼前に出かける。北川村の隣の町奈半利町にある。子どもの頃夏になると蚕を飼っていた。養蚕部屋あるわけじゃなく、畳を上げてゴザを敷き、そこに棚を組んで飼育していた。
繭が出来上がると、藤村製糸に持って行くのだと、大人たちが話していたので、藤村製糸と言う名前は聞いて育ったが、一度も行った事はなかった。繭を出して終わったら、棚も外して、エビラや「まぶし」と言っていたと思う、(エサを食べるのをやめて冬眠に入る蚕をこの中に入れておくと、糸を吐き繭を作る)などを片付けるのだが、まゆを取り忘れたのがあり、春になると冬眠から目覚めた蛾が出てくる。薄茶色のたいして美しくはなかった記憶がある。
ニュースを聞いた人たちが、ぼつぼつ見学に訪れていた。
繭を持ち込んでいた方なのか、工場で働いていた方なのか、かなりの年配の方が、不自由な足を引きながら、感慨深げに中を見ていた。此処で美智子皇后さまの、結婚式の衣装の(糸?)準備をしたのだと、見学に訪れた男性の方が誇らしげに説明してくれた。
『中には居れませんろうねえ』と見終わって外にいた私たちに声をかけてきたので『入っていいようですよ、すぐ右の事務所に声をかけていけばいいと思います』と言いながら、熱心に見たり撮影したりしている仲間を待ちかねていたが、文句は言わないと言う条件で付いてきたので、怒るわけにはいかん。↓人のタイムカード押す人が居ったろうかねえ。と言いながら撮影。
帰りは、赤い綺麗な夕日が海の上に見られたが、雲が多くダルマにはならんねえと言いながら、車窓から綺麗な夕日を見ながら帰ってくる。
カメラの調子が悪く、撮影はあまりしてない。
11月里山散策の時、まだ咲き残っていたゲンノショウコ、花のそばでは果実が沢山見られた。この形がお神輿に似ていると言うところから『ミコシグサ』ともいうらしい。
↓そして早めに散策を切り上げて、先輩のお家でコーヒーをご馳走になっておしゃべりタイムの時、庭に出て撮影させて貰った。もうツバキが咲いて、落ちているのもあった。
もう日付が変わってしまった。今日もお出かけ予定なので、もう寝よう。
昔は繁盛していたんでしょうね。
八王子も桑都として有名で、絹の道なるものもあります。今は昔ですね。
あんな虫(蚕)から上質の絹を取り出す(作り出す?)ことを考えた人って凄いなと思います。
八王子も、蚕さん沢山飼っていたんですねえ。
県内でも、桑畑はないと思いますが、名残りのククワの木をときどき見かけることがあります。
かたや世界遺産を目指している最中なのに、高知の片田舎では保存すらできんがやねえ。
近代化遺産やいうて指定しておきながら資金援助せんというのがおかしいよねえ。
古くなったら壊してもよい・・指定解除はせんというのもどうかと思う。
取り壊しちゃうのですか?
もったいないような・・・。
我が町も昔は織物で栄えていたそうですが、今残っている工場だったのこぎり屋根の建物はパン屋さん、お菓子屋さん、美容院、アトリエ等に使われています。
急に寒くなりました。
お出かけ、気をつけてくださいね
まだ行ったことが無くて一度行ってみようと思っていたのに残念やね~。
こういった施設は後世まで残しちょかないかんけんど、維持管理にお金がかかるき、貧乏県では仕方がないねぇ。
藤村製糸が、近代産業遺産に登録されたと言うニュースは聞いてはいたけんど、それからあとがどんなことやったかは分かりませんが、維持管理が難しいとのことで、取り壊すとの話やったけんど、近代遺産登録したメリット等、どうやったろうねえ。
入場無料でしたが、その代わり説明など一切なく、いろんな機械を見ながら、想像するしかなかったです。工場全体に電気をつけると言うこともなく、寂しい風景でした。
今日は曇り空で今にも雨が降りそうです。
高知には製糸工場があッたんですね。
来年は取り壊す?そのまま保存すればいいのにね。歴史の残ると思うんだけど・・・
伊達市もむかしから養蚕が盛んで、それで食べてたみたいです。
今でも繭を育てているところがあります。
何年か前群馬の製糸工場を見学したことがあります。むかしからあんなすばらしい機械があったんですね。
風さんとこはイオンがあるんですね。
私の町にはありませんので、福島市まで出ないと行けないんですよ。
郊外にあるので運転出来ない私は不便です。
いろんな植物まだ咲いてるんですね。
心を和ませてくれますね。
いまからコーラスの仲間8人と食事会があり出かけてきます。
高知では、もう養蚕はしてないろうと思う(していたらごめんぜ)
段々と昔の物が消えていくと言うのは、さみしいことでもあるけど、それでは生活が成り立たんと言うか、需要が少なくなったりして、やめるしかないと言う状況やろうと思う。
農家には欠かせんかった、モンペの生地を織っていた、織物やさんもやめてしまいました。
ザ・タイガースの記事、毎○新聞凄いですねえ。記者さんも紹介したくなるhanaさんの気持ちわかります。年内もう一度ありますよね。
お山のドッグラン、いつもの風景がやってきましたねえ。質の良い落ち葉、腐葉土によさそうといつも思う。
こんな環境の中で、思いっきり走ることができる蔵之介君は幸せですね。
こういう施設の維持にどれだけのお金がかかるかは分からんけんど、結構広いき少ないお金ではできんと思うし、解放して見学してもらうと言うても、どうやろうねえと思うて見てきました。
機械など一部を移し、後は写真とか文章での記念館になるろうかねえ。
古いものを残すと言うことは、何をどこまで残すかという選択も難しいねえ。
こちらも晴れのち雨マークでしたが、雨も降らず、それほど寒くもない一日でしたが、昨夜県内東部の方で竜巻の被害があったとニュースで言っていました。
シルクは廃ることはないと言うか、需要は多いと思いますが、やはり中国などの安いのが入ってくると言う話を聞きました。広い土地で安い人件費だと、同じ繭でも値段が違ってくるのでしょうかねえ。
イオン割合近くです。高知でもあるのは高知市だけです。高知県人口も少なくイオンやデパートも(1店舗だけ)高知市以外には在りませんね。